第11回 「モチベーション」 枝川義邦 氏

自分のニーズが、ここに行けば満たされるという状態

2019年10月25日

【プロフィール】
枝川義邦(えだがわ・よしくに)早稲田大学リサーチイノベーションセンター研究戦略部門教授、博士(薬学)、経営学修士(MBA)。1998年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。2007年早稲田大学ビジネススクール修了。早稲田大学高等研究所准教授などを経て現職。早稲田大学ビジネススクール兼担講師も務める。主な著書に『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(2015)、『「覚えられる」が習慣になる!記憶力ドリル』(2016)など。

探求領域

ビジネスの意思決定やモチベーションを、脳活動から見る

脳科学は1990年代までは、専ら神経科学分野の研究領域でした。臓器を動かしているのは神経。その一つである脳の神経ネットワークを研究していましたが、ビジネススクールで経営学を学ぶ機会に恵まれ、日常生活に比べて複雑で動きの速い経営活動、マーケティングや経営者の意思決定、コミュニケーションなどにおいて、脳はどのような活動をするのかに興味を持つようになりました。

「コミットメント」には、否定的な認知もあれば主体的な認知もある

経営学において、生産性を高める重要な要素に、関与、約束、委任などを意味する「コミットメント」があります。「コミットさせた」や「コミットさせられた」など、やらせる・やらされる印象も強い言葉です。これが、脳においてどう認知・情報処理され、モチベーションへとつながるのかを、ビジネススクールで学ぶ社会人を対象に調査・分析したことがあります。そこでわかったのは、コミットメントの認知には8つの因子があること。「コミットメントという言葉はうさんくさい(情緒)」「プレッシャーを感じる(受動)」「会社/他人に利用されてしまう(距離)」「体調や気分によってはコミットできない(不定)」などネガティブな因子がある一方、「本来自分からするもの(能動)」「モチベーションが高まる(功利)」「最後までやり遂げる(完遂)」「不可能とわかっていることについてでも、コミットすることがある(没入)」など、主体的な因子も確認されました。これらが補完し合いながら共存しているのが、コミットメントの本質と言えるでしょう。

報酬を意識すると、受動的なコミットメントが能動的に変化し得る

コミットメントが、どうモチベーションを高めるのか。通常イメージされるコミットメントでは、言われてやっている受動的な状態が多く、自分がやりたいと考えていることとは違いが生じてジレンマを抱えやすい。それを乗り越えられるのは、そこに報酬があるからです。実は脳におけるモチベーションが高まるメカニズムでも、報酬系神経ネットワークの働きの影響が大きいのです。ここでいう報酬はお金に限らず、自分が望む環境が得られたり自主目標などでもいい。一部であっても能動的になれる部分を見つければ、心理学的にも人は自分の選択に肯定的な印象を持つので、主体的コミットメントへ移行してモチベーションを高めることにつながることは、十分にあり得ます。

探求領域×「生き生き働く」

ここに行くと自分のニーズが満たされる、という状態が「生き生き働く」に

しかし主体的にコミットするのは、やりたくない気持ちを抱えながらでも可能ですから、「生き生き働く」なら、本質的にやりたいことがそこに含まれていなくてはならないでしょう。心理学者・マズローが唱える欲求階層性の説で掲げられる「生理欲求」「安全欲求」「所属欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」は、脳の機能とも連関していますが、成長段階によって欲求が変化するように、その時々の自分のニーズに応じて、ここに行けばそれが満たされるという状態にあることが、生き生き働ける秘訣なのだと思います。

神経ネットワークは、成功確率50%のときに一番活動性が高まる

もう一つ、モチベーションを高める脳科学的な仕組みには、目前のタスクの成功確率が関係しています。報酬系の神経ネットワークは、成功確率が50%のときに最も活動性が高く、成功確率が高くても低くても活動性は下がってしまう。そして、モチベーションもこの活動性に連動して変化すると考えられます。極度に集中して高いパフォーマンスが現れるとき、よくゾーンに入るとかフロー状態と言いますが、このときにはモチベーションも高まっているもの。ゾーンやフロー状態は、スキルレベルとタスクの難易度がちょうどバランスの取れている状態、つまり50%ラインが実現しているときに入りやすいのです。
しかし、真のニーズは他人からは見えづらい。ニーズの多様性だけではなくタスクの難易度も人それぞれに違います。このようなことが、人事のインセンティブ設計を難しくしているのでしょう。

「生き生き働く」ヒント

プロジェクトにコミットして明るい将来を予測する

人は将来を予測する動物です。将来が今よりも悪くなるかもしれないという不安は強いストレスになります。逆に、プロジェクトにコミットしたとしても、1年後には明るい将来が待っていると予測できるようにすることはいいことです。そして目標設定は、あえて目の前に、すぐ跳べるような小さなハードルを置き、次々と高くし続けるのが望ましい。上司がそこまで部下のスキルレベルをわかっていればいいのですが、なかなか難しいものです。そのときは、MBO(目標管理)を活用するのも有効でしょう。

日本人は遺伝子的に不安を感じやすい

日本人が持っている遺伝子は不安を感じやすい傾向にあります。精神の安定に関わっているセロトニンの情報が脳内で伝わりにくいことが原因ですが、その最たる例はうつ病です。そもそも、哺乳類の心理構造はネガティブ優位。これは進化の過程を考えればわかります。森から草原へ出ていった時代に、ひとり手ぶらで歩くような楽観的なヒトより、守り主体で集団から外に出ないようなヒトの遺伝子の方が生き残る確率が高いことから、ネガティブで守りに入りやすいメンタリティが受けつがれてきたのでしょう。日本人には、こうした特性がなんらかの因果で強く残ったものと考えられ、現在でも、組織・人材開発のデザインに影響するものと考えられます。プロモーションをアピールして競争を促すのか、居心地の良さをアピールするのか、どちらが適すか考えてみることも大切です。

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事業の立ち上げ期などは、どんなにストレスフルでも、
モチベーションが上がりやすい状態です。
その後も高いモチベーションを保つには、脳内でドーパミンが出るようにするとよいのですが、出なくなりやすいのが難点。
モチベーションの継続には、居心地の良さなど
安心感優先の組織や人間関係を作ることも有効です。

――枝川義邦

執筆/荻原美佳(ウィズ・インク)
※所属・肩書きは取材当時のものです。