第19回 「人生の意味」 浦田 悠 氏

人生の意味。仕事の意味。時に向き合い、広く感じてみる

2020年01月24日

【プロフィール】
浦田 悠(うらた・ゆう)大阪大学全学教育推進機構特任講師。大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程修了、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了、2011年に博士(教育学)。京都大学、立命館大学などを経て、2014年より現職。研究分野は生涯発達心理学、ポジティブ心理学。日本質的心理学会「質的心理学研究」の査読委員も務める。主な著書に『自己心理学の最先端』(2011)、『人生の意味の心理学-実存的な問いを生むこころ』(2013)などがある。

探求領域

哲学と心理学を結び付けた「人生の意味」研究

「人生の意味とは何か」。人類が古来飽くことなく追求してきた問いです。これは、一見すると哲学的な問いと思われるかもしれませんが、実は、哲学では長らく素人的な問いとして受け止められ、直球で分析されることは少なかったのです。他方、心理学では、哲学的な問いとして敬遠されてきたため、この概念を正面から扱った研究は一部を除いてあまり見られませんでした。しかし近年、その状況が変わりつつあります。「人生の意味」が分析哲学やポジティブ心理学などのテーマの一つとして取り上げられ、研究されることが増えてきたのです。
現在、心理学では、人生の意味を経験したり探したりすることが、心理的な健康とどのように関連しているかについての研究とともに、人生の意味の源(sources of meaning)についての研究も多く行われています。どの国でも例外なく重要視される源は人との関係性ですが、成人では、仕事(ライフワーク)も必ず出てくる意味の源です。その他、自分自身の喜びや快楽、自己実現、社会貢献、欧米では宗教的信念などといった源もよく見られます。現在までの私の研究テーマは、こういった心理学による知見と、哲学の人生の意味についての概念分類を“結び付ける”ことです。

人生観を可視化するという試み

その試みとして進めてきたのが「人生の意味のモデル構成」で、現在はこれを使ったワークも開発・実践しています。このワークは、自らの人生の意味をあらためて捉え直して、半ば暗黙に抱いている人生観の可視化を目指すものです。ワークでは、分析哲学の理論的枠組みと心理学の研究を基にした「個人的意味」「関係的意味」「社会的/普遍的意味」「宗教的/霊的意味」の4つの意味を、同心円状に配置したモデル図を用います。そして、各自にとって重要な意味の源をランキングした上で、このモデル図の中にマッピングしていき、それぞれのつながりを検討するという方法です。この方法によって、どのような意味がその人の核になっているか、また、仕事と人生の意味がどのような関係にあるかを図示化することができます。

探求領域×「生き生き働く」

仕事に意味を見出している人は、生き生き働ける

2000年前後から、意味ある仕事(meaningful work)に関しての研究が増えています。意味ある仕事とは、最も広い定義で言えば「個人にとって重要でポジティブな価値がある仕事」。これは、ワーク・エンゲイジメントや内発的動機付け、コーリング(天職、使命)、そして人生の意味とも深く関連していますが、それらとは独立した概念として捉えられています。生き生き働いている状態とは、単に楽しみが多く、苦しみが少ない状態だけではないと思います(もちろん、やりがい搾取にならないことが前提ですが)。時に仕事上で困難な課題を抱えたとしても、社会への貢献や自分の成長につながるなどの意味を見出していれば、それも生き生き働く原動力になるでしょう。これが、生き生き働くことを仕事の意味という観点から捉え直す「意味マインドセット(meaning mindset)」と呼ばれるものです。これまでの研究において、自分の仕事にポジティブな意味を見出している人は、より熱心に仕事に取り組み、自分の仕事への満足感も高く、人生全体にも意味を見出していることが明らかになっています。

さまざまなレベルから働く意味を捉える

このような意味ある仕事についての研究はまだ始まったばかりで、断片的な知見が多い状態です。しかし、最新の研究ではそれらの研究を統合し、仕事の意味を「個人」「仕事」「組織」「社会」の4つの次元から包括的に捉えることが提唱されています(※1)。確かに、外向性や誠実さなどの個人のパーソナリティは、仕事の意味とポジティブに関連していますが、それだけでは十分ではありません。安心できる職場や適切な給与、仕事と得意分野の一致など、職場環境や仕事内容も少なからず仕事の意味と関連していることがわかっています。おそらく、働く環境や待遇が良いことが、その人が組織の中で意味や価値のある存在として認められているというメッセージになっているからでしょう。そのため組織としては、自分の仕事が会社にとって、また社会にとってどのような意味や価値があるのかを一貫したストーリーで示すことができるリーダーシップが必要です。最近の研究では、仕事の意味を具体的かつ明確に従業員に伝える変革型リーダーシップや倫理的なリーダーシップ、およびCSR(企業の社会的責任)が企業の戦略や活動に組み込まれていることの重要性が明らかになっています。

「生き生き働く」ヒント

仕事の意味の「幅」を広げる

人は本来、仕事によってさまざまな意味を経験しているはずです。また、意味の源や生きがいの対象が複数あると、人生の満足度が高く、精神的ストレスが低いことが日本や欧米の研究でも示されていますので、多くの意味の源を持っていることは重要だと思います。試しに、「自分の人生を意味あるものにしているモノやコト」について10枚ほど写真を撮って、それらがどのように人生の意味や仕事の意味と関連しているのかを考えてみてください。「フォトジャーナリストのワーク」と呼ばれるもので、このワークをしてみると、あまり意識していなかった意味や意味同士の新たなつながりが見えてくるかもしれません。

「生き生き働く」を過度に目指さない

とはいえ、「生き生き働く」を過度に目指すことは、しばしば生き生き働いている人と自分を比較することにつながります。そのような社会的比較自体、抑うつと関連していることがわかっていますので、これを目的とするのではなく、結果として生き生き働けるようなマインドセットや職場環境を個人のレベルから組織のレベルまで一貫した形で作っていくことが大事だと思います。
最近は、企業でも生産性やモチベーションを上げることを目指してマインドフルネスが盛んに実施されていますが、本来、マインドフルな状態とは、何かを目指したり意味・無意味にとらわれたりせずに、今、この瞬間を味わい楽しむことだと思うのです。逆説的ではありますが、そのような状態においてこそ、特定の意味にとらわれないがゆえに、働くことに多様な意味を見出して、意味深く、生き生きと仕事ができるのではないかと考えています。


※1 Lysova, E. I., Allan, B. A., Dik, B. J., Duffy, R. D., & Steger, M. F. (2019). Fostering meaningful work in organizations: A multi-level review and integration. Journal of Vocational Behavior, 110, 374-389.

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フルタイムで働く人は、
リタイアするまでにおよそ8万時間働きます。
その中で、多くの人が「仕事や人生に何の意味があるのか」
という実存的な問いを抱くことがあると思います。
この問いを「仕事から、人生から何が問われているのか」
(フランクル)と転換すると、
どのような答えが見えてくるでしょうか?

――浦田 悠