第2回 何が「助け合い・支え合い」の輪の広がりに貢献するか:個人要因編(前編)
助け合い・支え合いの輪の広がりに貢献する個人要因とは
前回のコラムでは、本業における助け合い・支え合いが本業以外の助け合い・支え合い活動に広がっている可能性が見られることを紹介した。今回のコラムからは複数回にわたり、何がそうした助け合い・支え合いを促進しているかといった点について、個人要因および組織要因の観点から見ていきたい。
本調査で測定した個人要因は、「感謝」「心理的負債感」「トータル・リワード」「仕事の負担感」の4つである。本コラムでは「感謝」と「心理的負債感」の2つに焦点を当てたい(図表1)。なお、次回のコラムで焦点を当てる2つは本業(会社・職場)における個人の要因(特徴)に注目している一方で、今回の2つは一般的な個人の要因(特徴)に注目している点に違いがある。
図表1:助け合い・支え合いを促す要因として着目したもの
そもそも人はなぜ誰かの助けになろうとするのか
ここで一旦、人はなぜ向社会性を持ったり、利他行動をしたりするのかという点について触れておきたい。こうした態度や行動は、一見、自己利益を追求するという観点からは不利益となるものである。それにもかかわらず、人がなぜこうした態度や行動を取るのか、この点について、社会生物学や進化心理学の分野を中心に研究が進められてきた(白木,2018)。こうした研究の中で、その原理の一つとして説明されているのが「互恵性」である。これは、ある社会的関係性の中でお互いが他者の行為に対して何らかの形で報いることと定義されるものであり、社会規範の中でも最重要なものの一つであるとされている(Gouldner,1960)。
互恵性は、図表2に示すとおり、大きく「直接互恵性」と「間接互恵性」に分けられる。前者は、利他行動の受け手(図中のAさん)が、利他行動の送り手(図中のBさん)に対して、直接的に返報する二者間の互恵性と定義されるものである。後者は、利他行動の送り手と、その行為が返報される相手とが異なる場合の互恵性と定義されるものである(Nowak & Sigmund,2005)。間接互恵性は、いわゆる「情けは人の為ならず」と呼ばれるものである。
さらに間接互恵性は「Downstream互恵性」と「Upstream互恵性」に細分される。前者は利他行動の送り手(図中のAさん)が他者(図中のCさん)に利他行動を示した後に、別の他者(図中のBさん)から利他行動を受けるプロセスである。他者からの評判がこのプロセスを駆動することから「評判型」の間接互恵性とも呼ばれる。後者は、他者(図中Bさん)からの利他行動の受け手(図中のAさん)が、別の他者(図中のCさん)に利他行動を提供するプロセスである。こちらはいわゆる“pay it forward”と呼ばれるものであり、「恩送り型」の間接互恵性とも呼ばれる。助け合い・支え合いの輪の広がり方について考える場合、特に間接互恵性が大切になるのではないか。
図表2:直接互恵性と間接互恵性の概念図
「感謝」「心理的負債感」とは
本コラムで着目する「感謝」と「心理的負債感」といった概念について説明しておきたい。これらは人が援助を受けた際に抱く感情であり、その後の返報行動に繋がるとされているものである。いずれも間接互恵性との関係性が指摘されている主たる要因の一つとなっている。
心理学的に、感謝は「個人が、ポジティブな経験や結果をもたらした他者の慈善に対し感謝の感情を抱いたり、気付いたりする一般的な傾向」と定義されている(*1)。感謝はUpstream(恩送り型の)互恵性を促進することが分かっている(Bartlett & DeSteno, 2006)。なお、感謝の測定にあたっては、白木・五十嵐(2014)により作成された尺度を使用している。本尺度は、「私が今までに感謝したことのすべてを数えようとしたら、きりがないだろう」「私の人生には感謝すべきことが多い」といった設問から構成される。
一方の心理的負債感(*2)は、「行為を与えてくれた他者に対してお返しをしなければならないという義務感」(Greenberg,1980)と定義されている。後者が利他的な行動への返報に繋がるのは、人はこうした負債感を解消しようとするからと説明されている。また、感謝と負債感の関係性については、文化的な影響を受けるとされている。北米のような相互独立的な文化においては負の相関が見られ、日本のような相互協調的な文化においては正の相関が見られることが分かっている(白木・五十嵐,2014)。なお、心理的負債感の測定にあたっては、相川・吉森(1995)により作成された尺度を使用している。本尺度は、「私は人に何か物をもらうと、お返しのことが気になる」「私は見知らぬ人から助けてもらった時には、お返しをする必要はないと思う(逆質問)」といった設問から構成される。
「感謝」「心理的負債感」と本業以外での助け合い・支え合いとの関係
これらの個人的要因と本業以外での助け合い・支え合い活動との関係を見たものが図表3である(*3)。ここでは、本業以外での助け合い・支え合い活動の参加の有無で、各要因の得点の平均値を比較した。
図表3:感謝/心理的負債感と本業以外での助け合い・支え合い活動との関係
全体的に見て、感謝の方が助け合い・支え合い活動に影響していることが確認できる。本業以外での助け合い・支え合い活動への参加の有無に着目した場合、そうした活動に参加している者は、そうでない者と比較した際、「感謝」「心理的負債感」のいずれのスコアにも差があることが分かる(*4)。感謝の方がややその差が大きくなっており、感謝の思いを抱きやすい傾向にある人の方が、本業以外での助け合い・支え合い活動に参加している可能性が見て取れる。
「感謝」「心理的負債感」の本業/本業以外での助け合い・支え合いとの関係
上記の関係に加えて、本業の助け合い・支え合い活動との関係について併せて見たものが図表4である。なお、ここでは本業の助け合い・支え合いはソーシャル・サポートの提供側面(以下「提供ソーシャル・サポート」)に着目した。前述の先行研究などから、それぞれの要因が相互に関連していることが判明しているため、ここでは2つの要因を説明変数、提供ソーシャル・サポートを被説明変数として、重回帰分析を行った。また、ここでは本業以外での助け合い・支え合い活動への参加の有無で、これらの関係性に違いがあるかという点、すなわち、本業以外での助け合い・支え合いが本業のそれにどう影響しているかという点についても併せて確認している(*5)。
図表4:感謝/心理的負債と提供ソーシャル・サポートとの関係
その結果、いずれの要因も提供ソーシャル・サポートに対して正の関係があることが分かる(*6)。感謝の思いや心理的負債感を抱きやすい傾向にある人ほど、本業での助け合い・支え合い活動に参加しているのである。また、本業以外での助け合い・支え合い活動への参加が、本業でのそれを促していることもこの結果から読み取ることができ、前回コラムでは逆方向の関係が示唆されたことも踏まえると、本業と本業以外での助け合い・支え合いは相互にスピルオーバー(伝播)している可能性がある。
助け合い・支え合いの原点である「感謝」の思いを育むには
今回行ったそれぞれの分析から、助け合い・支え合いの輪の広がりを考えるにあたり、感謝の果たす役割は大きいことが分かる。なお、感謝(という思い)はさまざまな方法で高められることが分かっており、心理学の世界では感謝介入(Gratitude interventions)と呼ばれている(Wood et al, 2010)。具体的には、日記をつけるなどして、感謝していることをリストアップして文書化することが最も効果的であることが分かっている(例えば、Emmons & McCullough,2003)。とても手軽な方法であり、こうしたところから始めてみることも助け合い・支え合いの輪を広げるきっかけとなるかもしれない。
今回のコラムでは、本業および本業以外の助け合い・支え合いを促す個人要因のうち、「感謝」と「心理的負債感」について見てきた。次回は残る個人要因について見ていきたい。
執筆:筒井健太郎(研究員)
(*1)厳密にいうとここで挙げた感謝は「特性感謝」と定義されるものであり、ある人が感謝の思いを抱きやすい特徴を持っているかに注目したものである。その他に、「他者のおかげで望ましい状況の獲得もしくは悪い状況の回避がなされたと認知することで生じる肯定的反応」である「感謝感情」がある。
(*2)負債感についても感謝と同様に、ある人がそうした思いを抱きやすい特徴を持っているかに注目したものとなっている。
(*3)感謝および負債感のいずれの尺度についても、因子負荷の高い項目を中心に選択したうえで、本調査の目的にかなう項目表現にして使用している。感謝については全3問、負債感については全6問としており、「あてはまらない」から「あてはまる」の5件法で測定した。
(*4)t検定を通じて1%有意水準であることを確認した。
(*5)実際の分析にあたっては、説明変数として、本業以外での助け合い・支え合い活動への参加の有無(ボランティア活動・地域コミュニティ活動への参加あり)をダミー変数として投入している。
(*6) 前述の先行研究では、日本では「感謝」と「心理的負債感」に正の相関が見られることが分かっているが、本モデルにおいて要因間の多重共線性を確認したところ、それぞれのVIF値は1.5以下となっており、相関はそれほど見られなかった。
【参考文献】
Bartlett, M. Y. and DeSteno, D. (2006) Gratitude and prosocial behavior: Helping when it costs you. Psychological science, 17 (4), 319-325.
Emmons, R. A. and McCullough, M. E. (2003) Counting blessings versus burdens: An experimental investigation of gratitude and subjective well-being in daily life. Journal of Personality and Social Psychology, 84 (2), 377-389.
Gouldner, A. W. (1960) The norm of reciprocity: A preliminary statement. American Sociological Review, 25 (2), 161-178.
Greenberg, M. S. (1980). A theory of indebtedness. In K. Gergen, M. S. Greenberg, & Wills (Ed.), Social Exchange: Advances in theory and research, 3-26. New York: Plenum Press.
相川充・吉森護(1995)「心理的負債感尺度の作成の試み」『社会心理学研究』,第11巻,第1号,63-72.
Nowak, Martin A., and Sigmund, K. (2005) Evolution of Indirect Reciprocity. Nature, 437 (7063), 1291-98.
Seligman, M. E. P. (2005). Positive interventions. Paper presented at the 4th international positive psychology summit, Washington, DC.
白木優馬・五十嵐祐(2014)「感謝特性尺度邦訳版の信頼性および妥当性の検討」『対人社会心理学研究』,14,27-33
白木優馬(2018)「感謝による恩送りを支える心理的メカニズムの解明」博士論文,名古屋大学.
Wood, A, M., Froh, J, J. and Geraghty, A, W. A. (2010) Gratitude and well-being: A review and theoretical integration. Clinical Psychological Review, 30 (7), 890-905.