世界が急ぐリスキリング、日本はどう追うべきか
技術的失業への世界的懸念
リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」を指す。とりわけ近年では、デジタル化と同時に生まれる新しい職業や、仕事の進め方が大幅に変わる職業に就くためのスキル習得を指すことが増えている。
2020年9月にリクルートワークス研究所がまとめた提言書(「リスキリング~デジタル時代の人材戦略~」)で指摘しているように、ここ数年、世界規模でリスキリングへの関心が高まっている。その背景の1つは、企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みを加速していることである。デジタル技術を使った戦略転換を実現するためには、その技術を使いながら価値を創造することができるよう、多くの従業員の能力やスキルを再開発することが欠かせない。AT&T、Amazon、Walmartなどの大企業を含む多くの企業がその課題を認識し、リスキリングに突き進んでいることも指摘したとおりだ。
もう1つは、テクノロジーの導入を通じて自動化が進む結果、個人の仕事が失われる「技術的失業(Technological Unemployment)」が現実味を増していることである。テクノロジーの導入により新しい仕事も生み出されるが、その仕事に就くためにはテクノロジーを駆使して新しい価値を生み出せるだけの知識やスキルを持っていることが必要である。そうしたスキルを持たない大量の失業者が発生することや、その結果として経済格差がこれまで以上に広がることを回避するために、リスキリングは国際機関や各国政府の関心事項となっている。
新型コロナウイルスの流行が、海外におけるリスキリング推進の機運を加速させた
新型コロナウイルス感染症の流行拡大は、リスキリングへの世界的な関心を一気に高めたといえる。企業が非対面型のサービスへの転換を急ぐなか、事業プロセスの見直しや事業戦略の刷新を担う人材として、デジタル領域の知識や経験を持つ人材の需要が増えている。その一方で、経済活動が制約を受けるなか、体力のない中小企業を中心とする倒産や解雇による失業も増加しており、職を失った人が安定した仕事に戻るために、デジタルスキルの構築を進める必要性が高まっている(ILO,2020 (※1))。Googleで「reskilling」と検索すると、2020年5月時点では世界で81万件ヒットしたのに対し、2021年1月1日時点では362万件と4倍以上に増えている。
オンライン上のコースでの学習者も爆発的に増えている。オンライン上の学習コースの検索エンジンおよびレビューサイトであるClassCentralが提供するデータによれば、オンライン学習プラットフォームの1つであるCoursera(コーセラ)の新規登録者は2019年の800万人から、2020年には3100万人に急増し、登録ユーザー数は7600万人を記録した(※2)。その他のオンライン学習プラットフォームへの登録者も急増しているという。
日本で遅れるリスキリングの認知
一方、リスキリングという言葉は、日本ではまだ浸透し始めたばかりだ。Googleで「リスキリング」と検索すると、2020年5月時点では約1500件ヒットしたのに対し、2021年1月1日時点では2500件であった。確かに日本でもリスキリングという言葉が広がり始めているものの、世界的な関心の高まりと比べると、そのテンポはかなり緩やかだ。
日本でリスキリングの認知が遅れている背景には、いくつかの要因がある。例えば、日本企業のDX、特に製造業や商業などの実業を行う企業(以下、事業会社)のDXが遅れてきたために、それを担う従業員のリスキリングも遅れてきたといえる。さらに、日本では事業会社のIT導入はシステムインテグレーターと呼ばれる外部企業に依存することが多いことから、事業企業において、社内でデジタル人材の本格的な育成に取り組むニーズが少なかったことも一因となっている可能性が高い (※3)。加えて新型コロナウイルスの流行前は人手不足感が高まるなかで売り手市場が続いていたため、転職や再就職の可能性を高める手段としてのリスキリングが、働く人の課題として認識されにくかったことも影響していると考えられる。
リスキリングを巡る新たな展開
だがこうしている間にも、海外では政府や企業による国民あるいは従業員のリスキリングへの取り組みが急速に進んでいる。世界経済フォーラムは、2020年1月に2030年までに10億人に新たなスキルや就業機会を提供するイニシアティブ(Reskilling Revolution)を立ち上げ、その後も課題抽出のための議論やリスキリングのための新たな取り組みを推進している。また米国ではトランプ政権の下で企業を巻き込んだリスキリング施策が推進されてきたが、近年は政府の諮問会議を受けて個人の学びやスキル習得、職務経験などのデータを証明し、一括して記録する技術の導入に向けた模索が行われている。
世界に学び、効果的なリスキリングを
厚生労働省の有識者会議が2020年10月6日にとりまとめた報告書(『今後の人材開発政策の在り方に関する研究会報告書』)は、社会全体のDXが今後進展することを視野に、第4次産業革命に対応したものづくり分野の職業訓練プログラムの開発と実施、同様の人材育成に取り組む企業への支援、主体的なキャリア形成に取り組む個人への支援、すべての働く人へのITリテラシーの付与などの政策を推進する必要を提言した。
■厚生労働省の提言の内容
・Society5.0の実現に向け、IoT、センシング、ビッグデータ、AI、ロボットなど第4次産業革命に対応できる人材を育成するため、国はこれに対応したものづくり分野の職業訓練プログラムの開発と実施を進め、それによりIT等デジタル技術を活用した課題解決、業務効率化や他の業務領域との協力・連携を行える人材の育成を推進していく必要がある。あわせて、そのような人材育成に取り組む企業を支援する方策を強化していく必要があるほか、労働者の主体的なキャリア形成・職業能力開発を推進するため、教育訓練給付の活用促進にも引き続き取り組む必要がある。
・ 社会全体のDXの加速化によりあらゆる産業分野におけるデジタル利活用人材のニーズの高まりが見込まれることから、全ての働く方々に必要とされるセキュリティや統計分析を始めとしたITリテラシーの付与を推進していく必要がある。
出典:厚生労働省『今後の人材開発政策の在り方に関する研究会報告書』より一部抜粋
具体的な取り組みを急ぐ諸外国と比べ、日本では国や企業としてのリスキリングは緒に就いたばかりであることは間違いない。しかし、世界の取り組みから謙虚に学ぶことができれば、日本版リスキリングをより効率的に、スピード感を持って実現することも可能だろう。その一助となるよう、このコラムでは、世界経済フォーラムや主要国の政策動向、リスキリングのためのサービスを提供するプラットフォーマーの動きなどを中心に、世界のリスキリング事情を紹介していきたい。
(執筆:大嶋寧子)
(※1)ILO, Guidelines on Rapid Assessment of reskilling and upskilling needs in response to the COVID-19 crisis, 2020
(※2)https://campustechnology.com/Articles/2021/01/05/MOOC-Enrollment-Explodes-in-2020.aspx
(※3)令和2年版経済財政白書』ではIT人材の7割程度がIT企業に勤務する一方、諸外国ではその割合が3割強から5割弱で、ユーザー側の企業にIT人材が広く分布していることが指摘されている。