第3回 世界が急ぐリスキリング
社会全体でのリスキリングを訴えた世界経済フォーラム
世界では、数年前からリスキリングへの注目が高まっている。世界経済フォーラム(World EconomicForum、以下WEF)は、社会全体でリスキリングに取り組む必要性を2018年から訴えている。
WEF発行のレポート、「Towards a Reskilling Revolution」の試算によると、デジタル化の進展で仕事が大きく変化しても、組織的にリスキリングに取り組めば、失職する恐れのある人々の95%が新しいキャリアに就けるという。一方、何もしなければその数字は2%に留まる。
これを受ける形で、2020年1月のWEF年次総会では、「2030年までに世界で10億人をリスキルする」ことを目標に、「リスキル革命プラットフォーム」の構築が宣言された。政府、ビジネス界、教育界の垣根を越えてさまざまな国の政策実験や企業の取り組みを連携させるという。
米国大統領は国家会議を設置
WEFがリスキリングに取り組み始めたのと同じころ、米国でも政府が国民のリスキリングのために動き始めている。2018年7月、トランプ大統領は、「National Council for the American Worker( 米国労働者のための国家会議、以下国家会議)」を新設した。労働省、保健福祉省、教育省、国立科学財団など14の連邦政府機関が構成する会議体である。国家会議の任務はリスキリングと職業能力教育に関する戦略の策定だ。
同時に、国家会議に助言および提言を行うための、「American Workforce Policy Advisory Board(米国労働力政策諮問委員会、以下委員会)」も設置された。委員には民間企業、教育機関、州政府機関や団体の代表者が就任しており、多様なセクターが協力している。
米国では430社以上がリスキリングに着手
また、大統領は民間企業に向けて“Pledge to America's Workers( 労働者への誓約)”を提唱し、2025年までに従業員にリスキリングやアップスキリングの機会を提供するよう、企業の賛同と署名を呼び掛けている。2020年8月時点で430以上の企業がこれに署名した。各社はリスキリング機会を提供する人数を表明しており、これらを合計すると1600万人になる。署名企業にはApple、FedEx、Ford、HP、IBM、Mastercard、Walmartなどの米国企業のみならず、Canon、Samsung、Shell、Toyotaなど海外企業の米国法人も含まれる。
リスキリングの責任は企業にある
WEF年次総会で米国政府代表としてスピーチをしたイヴァンカ・トランプ大統領補佐官は、「AIによってなくなる仕事と生まれる仕事があるといわれるが、数年後にどの仕事がなくなり、どんな仕事が生まれるのかを知っているのは、事業戦略を立てる企業だ。だからこそ、新たな職業に必要なスキルを人々に習得させる責任は、企業にある」と主張した。同氏は、国家会議では共同議長を、委員会では共同委員長を務めている。
国家会議は、リスキリングの前提として、職務で必要なスキルの棚卸しとスキル重視の人材登用を唱えている。学歴社会の米国では、就職の前提条件として何の学位を取得しているかが重視されることが多い。しかし、学位とスキルは必ずしも直結しない。また、教育機関のカリキュラムに新しい領域を組み込むまでには時間がかかる。そこで2020年6月、大統領は連邦政府機関に向けた大統領令を発し、政府関連職の応募資格を見直し、学位ではなくスキル重視の採用を行うよう命じた。
新しく生まれる職務に必要なスキルは、大学よりも実務を通じて学ぶほうが的確に素早く習得できるという観点から、「見習い制度(apprenticeship)」が見直されてもいる。米国労働省は、見習い制度のないサイバーセキュリティやテクノロジーサポート業界、医療業界での同制度の構築に向けて、3億ドルの財政的支援を約束している。
企業が頼るプラットフォーマー
リスキリングには、新しい職務で必要となるスキルの可視化と、それらのスキルを短期間で習得できるプログラムが必要だ。このニーズに向けて、すでにさまざまなプラットフォーマーがサービスを提供している。
前者にかかわるプラットフォーマーには、SkyHiveやpymetricsがある。彼らは、労働市場で需要が高まっている職務とそれに必要とされるスキルをリアルな労働市場データから明確化し、一方で、顧客企業の従業員が持つスキルセットの分析もする。そして、新しい職務に移行しやすい人材や、その人が新しい職務に就くために習得すべきスキルを特定する。
後者については、オンライン学習プラットフォーム“Trailhead”を運営するSalesforce をはじめ、LinkedIn、EdCast、公開オンライン講座MOOCを展開するUdacity、Courseraなどがあり、短期間でスキルを習得できる実践的なプログラムを提供している。
欧州はリスキリングに向けて一致団結
欧州でもデジタル人材不足は課題視されており、EUを中心に労働者のリスキリングに取り組んでいる。2016年より、読解、筆記、計算、コンピュータの基礎的スキルがない成人に、既存能力のアセスメントと実情に即したスキル習得機会を提供する取り組みが始まっている。そして2021年1月には、“Digital Europe Programme”がスタートする。同プログラムの一環として、2027年までに、最新のテクノロジー職に就ける人材を約26万人増やすことを目指すという。6億ユーロの予算を注いで、学生と社会人向けの短期トレーニングコースのほか、長期的な訓練や修士課程を整備し、高度なデジタル技術を持つ企業や研究機関でのOJTおよびインターンシップも支援する。
本記事は「リスキリング ~デジタル時代の人材戦略~」10-11ページから作成しています。