非デジタル人材がリスキリングを始める時の道筋とは
リスキリングは、企業が自社のDX戦略に基づいて、従業員に獲得してほしいデジタルスキルを明示し、学習環境を定義することが基本である。とはいえ現実には、社員のリスキリング施策を検討している人事担当者や、自社のDXに伴うリスクを予め検討したいガバナンス部門担当者、あるいは、企業全体のDX戦略が固まる前に、自分の部署でデジタル技術を活用した業務プロセスの改善を提案したい担当者など、自分でリスキリングをしなければならない、あるいは、自分でリスキリングをしたい人は少なからずいるだろう。
その時、これまでデジタル領域の知識や経験がないビジネスパーソンは、どのように学び始めればいいのだろうか。「DX時代のリスキリング」研究プロジェクトのメンバーでもある後藤宗明氏は、実は10年前に一念発起してテクノロジーの世界へキャリアチェンジし、デジタル事業の領域の知識やスキルをゼロから身につけた経験がある。現在は海外のテクノロジー企業の日本代表などを務めつつ、日本でリスキリング推進の活動を行う後藤氏に、ビジネスパーソンが自分でリスキリングする時に意識したいことを聞いた。
最優先はデジタル・リテラシーの獲得
―DX時代に、ビジネスパーソンはどのような役割を求められるようになるでしょうか
日本企業の多くは、ITサービス事業者に委託し、自社のIT化やデジタル化を進めてきました。そのため、海外と比べると、デジタルスキルを保有する人材が上記の事業者に集中する傾向がみられます。また、製造業や商業などの実業を行う企業で働く人の多くは、デジタルスキルを身につける必要に迫られてきませんでした。
しかしこれからは、あらゆる企業がデジタル技術を活用し、新たな顧客価値を創造することを求められます。そのためには、単なる業務プロセスの改善ではなく、事業構造の変革が必要であり、情報システム部門やITサービス事業者の担当者まかせでは実現できません。事業を推進する立場にあるビジネスパーソンには、デジタル技術を用いた自社の変革について提案できることや、投資判断できることが求められるようになると考えます。
―それでは、デジタルスキルの学習はどこから始めるべきでしょうか
デジタルスキルというと、プログラミングやウェブデザインなどの具体的なスキルをイメージする人が多いようです。しかし私は、やみくもにこれらの学習に手をつけることは得策ではないと考えています。そのスキルが組織において求められるものか、あるいは自分の長期的なキャリアに役に立つかどうかは、最初の時点ではわからないからです。
最初に行うべきは、テクノロジーを使って、今何が実現できるようになっているのか、その技術は自社のサービスにどう生かせるのかを理解するための「デジタル・リテラシー」を身につけることです。例えば、AI、IoT、VR・AR、ブロックチェーンなどのおおまかな内容を把握することに加え、現在提供されているデジタルサービスやソフトウェアの潮流についての知識、その活用イメージを持つことが大切です。
後者については、たとえば2021年4月現在、企業のDXを推進する際には、マイクロソフトやAmazon、Googleなど、大手ITサービス事業者が提供するクラウドサービス(ネットワーク経由でITリソースを利用できるサービス、以下クラウド)を活用すること、あるいはそれとオンプレミス(社内に保有するサーバーやソフトウェアなどのシステムを、自社設備で運用すること)を組み合わせるハイブリッド型として運用することが大きなトレンドとなっています。クラウドを利用することで、インフラ構築や運用のコストを節約でき、柔軟なサービスの拡張や縮小などが可能になるためです。
以上のような状況を踏まえれば、現時点では、おおまかにでもそれぞれのサービス事業者からどのようなサービスが提供されており、それらを活用することでビジネスにおいて何ができるのかを知ることが必要です。各社ごとに強みや弱みもありますのでその内容を知り、自社で業務プロセスの変革や新たなビジネスモデルを作るときに、どのサービスが適切かを判断できるようになることも、自分をリスキリングする大事なプロセスだと思います。それが理解できて初めて、適切な事業者とサービスの選定、そして投資決定ができるからです。
デジタルスキルを学ぶ機会は身近にある
―おっしゃるような「デジタル・リテラシー」の習得は、大変むずかしそうに思えます
そうした機会は今、とても手にしやすくなっています。無料または安価な価格でデジタルスキルを学べる講座が増えているためです。たとえば、Googleは企業、地方自治体、そして個人向けに多様なデジタルスキルを学習できる無料のオンラインコースを提供しています。その他にもLinkedInラーニング、Udemy、コーセラといったオンライン学習コンテンツを提供するプラットフォームが、デジタルに関わる多様な講座を提供しています。その中に、DX(デジタル・トランスフォーメーション)やAI、IoTの基礎など入門編のコースがありますので、これらのコースを利用してデジタル・リテラシーを身につけることは、リスキリングの第一歩だといえます。さらにクラウドを提供する会社も、自社のサービスの種類や特徴を学ぶ講座を提供しています。それらを受講することで、各社のサービスの全体像を知ることもできます。
―その上でより専門的なスキルを身につけたいと思ったとき、どうしたらいいのでしょうか
自分のこれまでの経験やこれからの希望に照らして、どのようなデジタルスキルを身につけると、これからのキャリアの強みになるのかを考える必要があります。たとえば、最近は、プログラム言語を使ったコーディングを全く必要とせず、直感的にアプリケーションを開発できるローコード・ノーコード環境が整いつつあります。エンジニアになりたいとか、エンジニアと協働するために彼らのツールを把握しておきたいなどの目的があるのなら、目的に合ったプログラミング言語の習得は必要でしょう。しかし、その必要がないなら多様なプログラミング言語の特徴を把握しておく程度でいいかもしれません。
企業で経営企画や管理部門の立場にいる人であれば、プログラミング言語よりもまず業務の効率化、自動化をもたらすデジタルツール、SaaSサービスなどを提供会社ごとに比較し、実際に導入して使ってみるのがおすすめです。それだけでデジタル分野のスキルを習得し、やりたいことをやるためにどの程度のコストがかかるのかという予算感を持ついい機会になります。また、営業や事業開発を推進する立場であれば、インサイドセールスやデジタルマーケティング、データ活用・分析業務について学び、導入を企画してみることが考えられます。
―より実践的なデジタルスキルを身につける方法はありますか
私自身は、デジタル系のスキルを必要とする仕事に身をおきながら、仕事を通じて出合ったわからない言葉やツールを一つひとつ調べたり、専門分野の同僚たちに教えてもらったりしながら、自分をリスキリングしてきました。たとえば、外国人エンジニアが出席するミーティングでは、通訳を買って出ることでチームに貢献する代わりに、デジタル分野のディスカッションに参加し、新たな知識や技術に触れるチャンスをもらいました。また、クライアントへの訪問に同行させてもらい、議事録を自分が作ることで同僚の業務負担を減らす代わりに、デジタル分野のセールストークやプレゼンを学ぶ機会を獲得しました。専門知識のある人とお互い様の関係のもとで新たな知識を学ばせてもらえば、リスキリングのスピードは速くなります。
自分でデジタルスキルを学ぼうと思うと、大金を投じて学校に通うようなイメージを持つ人もいるかもしれませが、先に話したように、オンライン上でも安価で多くのコースが提供されています。まず、自分が興味を持つことができる分野を選び、自分が身につけるべきデジタルスキルは何かを考え、少しずつ知識や経験を積んでいくことが、遠回りのように見えて実は近道なのだと思います。
(執筆:大嶋寧子)
後藤宗明氏
2020年7月より特任リサーチャーとしてリクルートワークス研究所に参画。
日本および海外におけるデジタル分野と人事分野の事業経営の経験から、主にリスキリングの海外動向リサーチを担当。前職はアクセンチュア株式会社にてTalent Acquisition Leadとして採用戦略立案、人事領域のデジタルトランスフォーメーション推進を担当。