日々進化するリスキリング、担い手は多様なステークホルダー
動き出した日本企業のリスキリング
2020年以降、日本でもデジタルトランスフォーメーション(DX)に、本気で取り組み始める企業が増えてきた。DXとは、大量のデータやデジタル技術を活用し、企業がビジネスモデルや事業戦略を大きく転換することを指し、その過程ではビジネスプロセス、バリューチェーンのプロセスのすべてが変化する。リクルートワークス研究所は、このようなDXの成功には、プログラミングやデータサイエンティストなどの専門人材、デジタル技術を用いた新たな事業戦略を描く人だけでなく、価値創造の全プロセスを担う人たちすべてに対して必要なデジタルスキルを習得させること、すなわち「リスキリング」が必要になると指摘してきた。
実際、DX推進に不可欠の投資として、従業員への大規模なリスキリングに取り組む日本企業も現れている。例えば、日立製作所は、国内グループ企業の全社員約16万人を対象に、DX基礎教育を実施する計画を進めている。また複数の大手商社が、これまでデジタル系の知識や経験のない従業員向けに、デジタルスキル習得のプログラムを実施するというニュースも報道されている(※1)。今後各社がDXをより本格的に推進するようになれば、企業主導のリスキリングはより大きな潮流となるだろう。
リスキリングにはさらに多様な側面がある
一方、リスキリングには、企業以外にも多様なステークホルダーがおり、それぞれ進化を続けている。リスキリングを深く知るためには、視野を広げて、リスキリングの多様な側面を知ることが重要だ。
リスキリングに関わる主要なステークホルダーの1つが、学習プラットフォーマーだ。米国では、2010年代に入って以降、トップクラスの大学と連携し、質の高い講座をオンラインで提供する教育プラットフォーム(MOOCs)が普及してきた。日本でもJMOOC、gacco、Coursera、Udemyなどの学習プラットフォームが、無料または手頃な価格で、さまざまな講座を提供しており、そのなかにはデジタル系のスキルに関わる講座も少なくない。
また、近年は、巨大IT企業が社外に広くリスキリングの機会を提供する動きが強まっており、これら企業のリスキリングの担い手としての存在感が大いに増している。例えば、GoogleはGrow with Googleと呼ばれるプロジェクトのもとで、地方自治体や中小企業などと連携し、無料のデジタルスキルトレーニングを提供している。またコロナ禍で多くの労働者に深刻な影響が及んだことを受け、2020年6月にはマイクロソフト社が傘下のLinkedIn、GitHubとともに就労支援に向けたデジタルスキル習得イニシアティブ(Global Skill Initiative)を公表しており、2020年12月から日本でも実施されている。
新たな学習支援サービス事業者も台頭している。これまでも企業に対し、受講者の登録や講座の提供、学びの進捗を管理する学習管理サービス(Learning Management Service)が提供されてきたが、近年は、従業員と研修のマッチング(不足するスキルの特定、必要な研修とのマッチング)、従業員への組織内キャリアガイダンス(社内ポジションや必要なスキル、希望のポジションに就くためのガイダンス)、要員計画ツールなどをまとめて提供する統合型の学習管理サービスを提供する新興企業が登場しており、海外ではこうした企業が政府とタイアップし、失業者向けのプログラムを提供するケースも登場している。
さらに目線を高くし、社会全体のリスキリングという視点でみると、国やNPO、そして広く国民もステークホルダーだ。ここ数年、海外ではリスキリングへの関心が高まってきたが、その背景には、企業のDXの担い手不足という問題以上に、テクノロジーによる自動化で、大量の失業が発生する「技術的失業」への懸念があった。技術的失業による社会の分断や社会不安を防ぐためには、社会のさまざまなグループにあまねくリスキリングの機会が提供される必要があるが、そのためには多様なステークホルダーの連携、とりわけ官民やNPOなどの連携が不可欠と指摘されている。
さらに、社会全体のリスキリングが進むためには、働く個人一人ひとりが、リスキリングの重要性に気づくことも欠かせない。勤め先からリスキリングの機会が適切なタイミングで提供されるとも、自分が希望するキャリアとマッチしたものが提供されるとも限らない。自分自身でデジタルへの変化に対応していくという意識を持ち、継続的な学習とスキル更新の習慣を獲得することが、将来的な技術的失業の脅威を乗り越えていくために必要である。
以上のように、リスキリングには視界に入れておくべき多様な側面がある。次回以降、有識者や企業へのインタビューを通じて、さまざまな角度からリスキリングについて考えていく。
(※1)2020年9月22日付日本経済新聞「投資、設備から人材へ 三井住友海上、営業にデータ分析教育、日立、16万人にDX研修」、2020年10月20日付日本経済新聞「商社『文系社員』をDX、AI研修で底上げ 住商、全社員に基礎教育、丸紅は実践テーマで解析」