第1回 デジタルトランスフォーメーションの時代
現代はデジタル・トランスフォーメーション(以下DX)の時代だといわれる。経済産業省が発表した「DX 推進指標」によれば、DXの定義は「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」である。
“トランスフォーメーション”という言葉に込められているのは、単なる改良や改善を超えて、根本から作り変えること、非連続ともいえる進化をすること、という意味合いだろう。
DXが内包する範囲は広く、段階がある
情報処理推進機構(以下IPA)は毎年『IT人材白書』を刊行している。企業およびIT人材への独自調査をベースにしたものだが、近年は企業向け調査のなかで、「現在取り組んでいるDXの内容」を尋ねている。その選択肢を見ると、DXといわれているものにも、対象やレベルには差があり、非常に幅広い取り組みを包括して“DX”と呼んでいる現状がわかるだろう(図表)。
なお、すべての選択肢には、“デジタル技術を活用した”という暗黙の前提があると考えるとわかりやすい。
「業務の効率化による生産性の向上」といったプロセスレベルでのDX から、「既存製品・サービスの高付加価値化」「新製品・サービスの創出」と難度が上がっていき、4つ目が「現在のビジネスモデルの根本的な変革」となる。5つ目の「企業文化や組織マインドの根本的な変革」までをDXの目指すところとおくかどうかは意見の分かれるところだろうから、DXの真骨頂は、選択肢の4つ目、「現在のビジネスモデルの根本的な変革」という点にあるといえる。
DXの本質は、企業のビジネスモデルや事業戦略そのものを変えていくこと
デジタル技術が進化したことによってまず、さまざまなアナログ情報が、デジタルな形、すなわちデータとして蓄積できるようになった。収集されたデータ自体に再度デジタル技術を掛け合わせることによって、複雑な分析、シミュレーション、仮説検証などが迅速にできるようになっている。さらに、モノやサービスの生成もしくは提供のプロセスもまた、デジタル技術を埋め込んでいくことにより大きく変化している。そして、デジタル技術は社会のなかに新しいつながりやネットワークをもたらし、それらを駆使すればこれまでと異なる新製品や新サービスを提供することもできる。
たとえば、これまでは顧客に“自動車”を提供していた自動車メーカーが、これからは“スマート・モビリティ(より自由自在に、スマートに移動する能力)”を提供するのだ、と自らの提供する価値のシフトを表明したように、DXが進展すれば、企業が顧客に提供する価値自体が変わる可能性すらある。DXは、どんな資源を使ってどんな価値を顧客に提供するのか、という、企業のビジネスモデルや事業戦略そのものを変化させる活動なのである。
まったく異質な競合がある日突然出現する?
どの企業にとっても、DXは、自社もしくは自社の属する産業には縁遠い“対岸の火事”では、決してない。デジタル技術は、これまではアナログでしかできなかったことをどんどん代替できるようになりつつある。その新技術は、誰にとっても開かれているため、これまで存在しなかった新進企業や、まったく異業種だったはずの企業が、ある日突然、自社のビジネス領域に圧倒的な存在感で参入してくることが起こり得る。これは、自動車メーカーでも、小売業でも、タクシー業界でも、旅館・宿泊業でも、現実に起こっていることだ。日本のすべての産業、すべての企業が否応なしに巻き込まれることになるのがDXなのである。
2020年、DXは待ったなしへ
日本においてはこれまで、DXの重要性は広く認識されてはいるものの、その進展は遅々としている、とさまざまな形で指摘されてきた。だが、2020年に世界を襲った新型コロナウイルス感染症の危機は、さまざまなビジネスのありように大きな変化を迫っている。特に、対面でモノやサービスを受け渡すことが困難になった以上、クラウド上でのサービス提供、人が介在しない形でのモノの受け渡し、移動しなくても目的を達せられるオンライン完結の価値提供といったことができるかどうかが、先延ばしにできない命題として多くの企業に突きつけられている。これらを解決するためにもデジタル技術でビジネスを変革するDXは必然である。いまが、「DX、待ったなし」のターニングポイントであることを改めて正しく認識したい。
本記事は「リスキリング ~デジタル時代の人材戦略~」4-5ページから作成しています。