【事例紹介】技術者コミュニティを運営する理由、集う理由

2021年10月21日

リクルートワークス研究所では、2021年7月に3日間のオンライン・シンポジウムを開催しました。以下に、7月9日に行った「DAY2 新たな人事施策「アルムナイ」と「職業コミュニティ」」の事例紹介の動画とサマリーを公開します。

技術者コミュニティを運営する理由、集う理由(事例紹介)
外資IT企業 コミュニティマーケティング責任者 小田祥平(おだしょー)氏


「関心軸」に集う技術者たち 情報発信で大きな影響力を獲得

私は外資系IT企業に勤めるかたわら、技術者コミュニティの運営に関わっています。
技術者コミュニティは、特定の技術に興味がある人、勉強したい人、情報提供をしたい人などが共通のテーマのもと、企業の垣根を越えて集まる場です。基本的には完全にボランタリーな形で運営され、大きな会議などを開く場合は協賛企業を募る場合もあります。
共通のテーマは「関心軸」という言葉で表現されることが多く、大きくはアマゾンウェブサービス(AWS)やグーグルクラウドプラットフォーム(GCP)など製品・サービスへの関心、C言語やHTML、JavaScriptなどプログラム言語への関心、さらに地域ごとの集まりという、3つのカテゴリーに分かれます。1日に30~40のコミュニティが開かれており、私もほぼ毎晩、どこかの会に関わっています。

情報処理推進機構(IPA)の「IT人材白書2020」によると、データサイエンスやAIなどに関わる先端IT従事者でも、コミュニティに参加しているのは25%程度、先端IT以外の人は12%程度と少数派です。
しかし技術者たちが参考にする書籍や雑誌、ウェブ記事などの制作者は、大半が何らかのコミュニティに関わっているので、直接の参加者以外にも、かなり多くの人に影響を与えています。私も、自分の参加するコミュニティのメンバー4人と共著で本を出版しました。またアメリカやEU諸国、ブラジルなど世界中から開発者、技術者が集まる会議を開くこともあります。

このようにコミュニティには、勤め先もカルチャーもマインドセットも異なる人たちが、1つのプロジェクトを達成する力があるのです。
転職など企業にとってセンシティブなテーマのイベントでも、参加者が勤め先にタグ付けされていないので、建て前だけでない生々しい話を聞けることもあります。
ツイッターへの投稿でも、「独学で学ぶことに不安を覚えるので、コミュニティ参加の重要性を感じる」など、ポジティブに評価する意見が多数見られ、コミュニティが自らのキャリアに役立つという認識が、多くの技術者に広まっていることが分かります。


仲間づくりにソフトスキルの向上、自発性を養う……数多い参加のメリット

コミュニティへの参加・運営を通じて、多くの学びも得られます。情報共有や学習はもちろん、所属企業と関係のない仲間を作れるのも、大きなメリットです。会社を離れた「外」の物差しを持てるようになり、自分のスキルの足りない部分や、所属企業の業界内での立ち位置なども把握できるようになります。
イベントでのプレゼンテーション力やブログ・書籍の執筆を通じた文書作成能力、運営に関わればマネジメント能力など、技術以外のスキルも高まります。

また、仕事では自発的に行動できない人も、自分の意思で自由時間を割いて参加しているコミュニティでは自ずと意欲が高まり、自分から動こうとする気概が生まれます。
活動を通じて、登壇やブログの執筆などのアウトプットが増えるため、自分の知見や技術の「見える化」もできます。アウトプットの蓄積を見れば、その人の得意分野や手持ちのスキルが一目瞭然で、転職やコラボレーションの際も話が早いのです。大手IT企業などが、優れたコミュニティ活動を展開する技術者への賞を設けており、受賞すればキャリアに箔も付きます。
英語の説明を翻訳するなど、製品に貢献することで、製造元からフィードバックを求められるといったコミュニケーションが生まれることもあります。


「楽しいだけ」「単なる飲み会」の誤解 コミュニティ参加者は会社の「戦力」

職場の管理職や経営者の中には、技術者コミュニティを「現場の技術者にだけ価値がある」「楽しいだけでビジネスにはつながらない」「単なる飲み会」と誤解する人もいます。しかしたとえ飲み会であっても、自由なアイデアを語り合う中からビジネスが始まったり、お酒の席ならではのカジュアルな情報を得られたりするのです。

管理職側にとって、部下がコミュニティに参加するメリットの一つは、部下の技術が可視化されることです。管理職はプロジェクトを立ち上げる時、部下のスキルが見えづらいと、適当に手が空いた人を配置しがちです。コミュニティでのアウトプットを通じて、部下の側から強みをアピールしてくれれば、適した仕事を割り振りやすくなります。
社員が客観性を得られることも重要です。協業などは、社内でしか通用しない尺度や論理にとらわれず、相手と共通言語を使って話す機会となります。コミュニティメンバーの得意分野や専門性といったデータも持っているので、協業パートナーも見つけやすくなります。

社員が先ほどお話ししたIT企業の賞などを獲れば、企業のブランド力も高まりますし、製品への貢献を通じて製造元とつながれば、顧客の声を製品開発に反映できるようになり、他社に対する優位性も生まれます。企業に代わってプレゼンや文書作成などをすることで、ソフトスキルの形成も担ってくれます。コミュニティに参加する人材は、会社にとっても大きな戦力となっていくのです。
私を含め、コミュニティで人生が一変した技術者はたくさんいます。私は今、以前の勤め先でスキル向上施策を作るお手伝いをしていますが、こうしたボランタリーの精神も、コミュニティで培われました。


経営者もコミュニティに参加を ビジネスも加速させる

では、管理職や経営者が、ビジネスにコミュニティ活動を生かすには、どうすればいいでしょうか。まずコミュニティ関連のKPIを設定し、業務に入れ込むことが挙げられます。コミュニティで学んだことをレポートで報告する、あるいは社内でコミュニティへの勧誘活動をするといったことを、評価に反映させるのです。
先ほどお話ししたように、技術者の適性や意欲に応じたプロジェクトにアサインすることで、成果も出やすくなります。本人が仕事で得た学びをアウトプットできれば、さらに良いサイクルが回り始めます。

最後に管理職や経営者には、部下の報告を聞いただけで分かった気にならず、ぜひ自らコミュニティに参加していただきたいです。言語化できない部分も含めたメリットを、実感することができると思います。

執筆:有馬知子