【議論】多様な知のネットワークを活かす経営とは?
リクルートワークス研究所では、2021年7月に3日間のオンライン・シンポジウムを開催しました。以下に、7月9日に行った「DAY2 新たな人事施策「アルムナイ」と「職業コミュニティ」」のパネルディスカッションの動画とサマリーを公開します。
多様な知のネットワークを活かす経営とは?(パネルディスカッション)
リクルートワークス研究所、奥本英宏(以下、奥本):パネルディスカッションでは、求心力のあるコミュニティをどのように作るか、企業がコミュニティを活用するには何が必要か、そしてコミュニティにまつわるリスクをどう回避するかという、3つのテーマでお話をうかがいたいと思います。
ハッカズークの鈴木さんは、多くのアルムナイコミュニティ設立に関わっておられますが、活動を活性化させるためには何が必要だとお考えですか。
自由に思いを発信できる場に、同じ目的を持つ人が集まる
鈴木仁志氏(以下、鈴木):コミュニティは、全く動きがないか非常に活発かの両極端になりがちです。活発になりすぎてもコアメンバーが疲れてしまい、ほどほどの緩やかなつながりを保つのは、むしろ難しいと言えます。
どの程度活発に活動するか、フォローするだけの人も活動に含むのかコアメンバーに参加者を絞るか、といったことはアルムナイの本質に関わるので、立ち上げ時にきちんと設計する必要があります。
アルムナイへの求心力を高めるには、内部に多様な興味・関心に応じたサブグループを置き、参加を促すことが有効です。各サブグループにマネジャーを立て、企業側がマネジャーたちを支援すると、活動がうまく進みやすいと思います。
徳應和典氏(以下、徳應):アルムナイへのコミットの仕方は千差万別なので、参加を無理強いする空気を作らないようにしています。活動が責任や義務になった瞬間、楽しさが削がれてしまいますし、面白くなければイノベーションも生まれず、本末転倒になってしまいます。思うように協力を得られない、また十分に協力できないことにストレスを感じると、長続きもしません。
奥本:コミュニティが機能するのに適したコアメンバーの人数は何人か、という質問が出ています。徳應さん、おだしょーさん、いかがでしょう。
徳應:小規模なグループなら、3人程度がスピード感を維持できて相互依存も起きづらく、バランスがいいのでは。大規模な場合は、コアメンバーが「する側」フォロワーが「される側」として互いに向き合うのではなく、「イシュー」を明確化して全員がその方向を向いていると、葛藤が生じにくいです。この際、メンバーの共感がイシューから離れていないかを、常に確認することも必要です。
コミュニティの規模が大きくなるにつれ、いわば「放牧」感覚になり、管理・運営するという意識も薄れてきます。モトヤフ会という「器」のポリシーが確立していれば、運営者がいちいち具体的なものごとを決める必要はなくなりますから。
小田祥平(おだしょー)氏(以下、小田):コミュニティは毎月1回活動する、といった継続性が大事ですが、運営者が1人だと、その人の忙しさに活動が大きく左右されてしまいます。運営者の本業が忙しくて活動が滞るのを避けるためにも、徳應さんのおっしゃる通り、3人ぐらいで始め、カバーし合って継続性を保つのが望ましいと思います。
企業はコミュニティでの経験を評価し、参加者と良い関係を築く
奥本:次に、職業コミュニティのような外部の知を経営に生かすため、日本企業が何に取り組むべきかについて、お考えをお聞かせいただけますか。
小田:反面教師になりますが、私がコミュニティに関わったきっかけは、前職で入社5年目に「勤務時間の50%を好きなテーマに費やす」というプロジェクトに抜擢され、コミュニティをテーマに選んだことでした。それまで希望部署に配属されず腐っていた私は、コミュニティのメンバーがとても楽しそうに技術の話をするのに衝撃を受け、人生が変わりました。自分も情報を発信するようになり、人間関係も広がりました。
しかし会社に戻って、コミュニティで得た学びやビジネスへの活用策などを話しても、全く評価されませんでした。一方、社外では複数の外資系企業から勧誘を受け、今の会社に転職しました。このように外部の知を評価に反映せず、ビジネスにも生かせない企業は非常に多く、もったいないと思います。
リクルートワークス研究所 千野:企業がコミュニティの活用を考える際、評価も含めた人事システム全体の中で考える必要があるのですね。
奥本:ヤフーでは、退職者に対するカルチャーが変わったというお話がありましたが、何が変化のきっかけになったのでしょうか。
徳應:トップメッセージが大きな転機になりました。初期の社長は、社員を家族のように大切にする一方、退職者には一線を引いていました。しかし世代交代した新経営陣は、退職者とのつながりにチャンスとバリューがあるという考え方を打ち出したのです。
同時に人事の責任者も「会社と個人はイーブン」だという強力なメッセージを出しました。私はこの言葉に深く納得し、今も仕事の指針にしています。このように、社員は経営層の言葉が本当の意味で腹落ちすれば、そのカルチャーを強化する方向に、自ら動き始めます。退職者を受け入れる企業文化も、自走する社員がトップの言葉を肉付けし、次第に確立されたのだと思います。
奥本:「リストラや早期退職者を対象にアルムナイ組織を作ろうとしても、うまくいかないのでは」という質問が出ています。鈴木さん、いかがでしょうか。
鈴木:実際には早期退職の際、再就職支援と併せて、アルムナイとしてつながりを維持することに取り組む企業が現れています。退職がその人にとってポジティブな経験であれば、定年、転職、早期退職など退職の形態を問わず、良い関係を築けると思います。大事なのは「辞め方」で、後味悪く会社を去った人は、外に出て悪口を言うでしょうし、円満に退職した人は「エバンジェリスト(伝道者)」として、前職の良い面を語ってくれます。
また「定年まで働くのが当たり前」というカルチャーで育った人が、急に「社外に目を向けて」と言われたら、戸惑うのは当り前です。だからこそ、企業が職業別コミュニティやアルムナイといった、共助の場を提供し、同じ不安を抱える人が、自分の意思でつながることをサポートすべきです。
アルムナイと共有できない情報もある。協業では線引きを明確に
奥本:コミュニティに参加する際の技術流出やなりすまし、情報漏洩などのリスクに、企業はどう対応すべきでしょうか。
徳應:退職者でない人が紛れ込んで情報が漏洩するのを防ぐため、人事部門がデータベースと照合し、本人確認をしています。
また、つい最近まで同僚だった人と協業する場合、退職前と全く同じ情報を伝えるわけにはいきません。情報共有の境目があいまいにならないよう、越えてはいけない一線は明確にする必要があります。
当社の社員は、情報セキュリティについて頻繁にeラーニングを受けており、情報公開の社内手続きも厳重です。モトヤフの会員も現役時代に同じ経験をしているので共通理解があり、総じて節度を持って情報に接していると思います。
小田:技術者コミュニティでは、どの情報を開示するかの判断はかなり属人的です。勉強会や懇親会などで口を滑らせる人も、いないわけではありません。
ただ、メンバーは所属企業のタグを意識的に取り払って活動しているので、自社のセンシティブな情報を話題に持ち出すことは、敢えて避けようとする傾向が強いです。このため、リスクの高い発言が出にくい空気はあります。
鈴木:悪意ある情報の持ち出しは防ぎきれないので、退職者とポジティブな関係を築くという基本を押さえることが大事です。企業がアルムナイのガイドラインを作る際も、禁止事項を並べるより「こうしましょう」という前向きな内容にするのがお勧めです。
ちなみにアルムナイの再雇用を進めると、転職者が増えるのではという懸念を耳にします。しかし希望者が全員再入社できるわけでもないので、実際に転職が増えたという話は聞きません。
コミュニティは、楽しみながら自発的な行動を学べる場
奥本:最後に皆さんから、アルムナイや職業コミュニティの取り組みを広めたいと思っている人に対して、一言アドバイスをお願いします。
鈴木:コミュニティづくりは、スモールスタートで取り組むと成功しやすいと思います。ある人と小さなプロジェクトを一緒に始めたら、仕事がすごく進みやすい、実はその人はアルムナイだった、といった小さな気づきから、活動が少しずつ広がることを期待しています。
徳應:退職は「悪」ではないというのが、私の信念です。転職先での経験は将来前職に再入社した時の力になるし、戻らなくても社会に利益をもたらします。またコミュニティにおいては活動すること、つまり「to do」ばかりを追求するのではなく、あるべき姿である「to be」を発信しメンバーで共有することに、価値があるのではないかと思います。
小田:私はコミュニティに入り浸り、アウトプットを出す人たちをサポートしていますが、一番大事なのは、やっぱり「その場を楽しむ」ことだと思います。
私は本業でもコミュニティ活動に関わっていますが、仕事ではなく生きざまだと捉えています。私のように、活動を通じて自分の望む生き方を実現するというマインドを持ち、自発的に行動できる人間が増えれば、必ずビジネスにつながります。楽しむことを忘れず、自発性を育てることを意識しながら、活動に取り組んでほしいです。
執筆:有馬知子