HR テクノロジー コンファレンス&エキスポ参加報告(後編)

人事業務の9割をテクノロジー化し業績アップへ

2019年02月12日

前編では、ジョン・サムザー氏(HRExaminer主幹アナリスト)が作成したHRの5つの領域(図1)に沿って、コンファレンスからまず「採用」に関するテクノロジーと専門家の見識を紹介した。後編では、残りの3領域について紹介する。なお、退職支援に関するサービスはほとんど見かけなかったので、ここでは省く。

HRの5つの領域 2.人材(管理・育成)

従来、欧米企業は即戦力を求めた採用が主で、離職率が高いこともあり人材育成には消極的だった。しかし、近年は深刻な採用難に陥り、従業員の離職防止およびスキルアップに対する意欲が高まっている。従業員に快適な職場体験を与えて能力育成を助ける、人材管理・育成にあたるテクノロジーを提供するスタートアップ企業は次の3社があった。

Jane
社内問い合わせ対応専用のチャットボット。経理や総務、法務などあらゆる社内手続きに関して、クラウドやウェブサイトから学び、HRの代わりにボットが従業員の質問に回答する。

Butterfly
マネジメントスキルを向上させるための自己学習ツール。マネジャーとメンバー間のメールでのやり取りを分析し、フィードバックの与え方とタイミングをアドバイスする。新規採用者や既存従業員にアンケートを取り、AIがマネジャーの弱みをコーチングする。AIが毎日ウェブサイトをクローリングし、ユーザーに適したコンテンツ(ブログや動画など)を提案する。

Zeal
チャットボットのAvaが従業員に匿名アンケートを実施、モラールや定着率、エンゲージメント(仕事への意欲や会社への愛着心)、企業風土を客観的に測る。年に一度の人事考課でなく、日常的にフィードバックを得やすくする。

エンゲージメントはテクノロジーで解決できない

エンゲージメントは、最近のHRにおいて大きなキーワードである。業績とエンゲージメントが相関関係にあることから(※)、人材管理や育成を含めたエンゲージメント向上テクノロジーが多数出現している。たとえば、同僚の良い仕事を称えるとか、手助けに感謝するといった、ポジティブな評価を収集するソフトウェア。ほかには、研修をゲーム化して従業員同士でスコアを競わせるツールなどがある。

ジョシュ・バーシン氏

ジョシュ・バーシン氏(Bersin by Deloitteの創設者、業界アナリスト)は、「エンゲージメントはHRが意図的に生み出せるものではないし、短期間で変えられるものでもない。"働きがいのある会社"として上位に入る企業は、特別にハイテクな企業ではない。テクノロジーありきではなく、従業員の仕事をやりやすく、意義のあるものに変えることでエンゲージメントが高まる」と、エンゲージメント商品に異議を唱えた。

セシル・アルパー=ルルー氏(Ultimate SoftwareのHCMイノベーション担当副社長)も、「エンゲージメントは遅行指標であり、まずは従業員を深く理解することが必要だ」と言う。同社は2017年に、数字だけでなく人の感情も分析するAIエンジンのXanderを発表した。Xanderは自然言語処理と機械学習により、従業員の入力する文章から言葉の裏にある感情を理解するという。

「私たちは、従業員の直接的な情報にばかり注目しがちである。昇給の頻度や、人事考課の結果入力を期限までに行っているか、持っているスキル、作業にかかっている時間など。しかし、従業員が自分の仕事に対して感じていることや、同じ作業に昨日よりも時間がかかった理由などを理解できれば、離職しそうな人や今後の業績を予測でき、従業員のモチベーションを高める方法、より能力を発揮させられる方法が見えてくる」と説明した。

Xanderは、HR Technology Conference & Expoの「2018年のトップHR商品」に選出され、そのイノベーション度、HR部門へ与える価値、ユーザーが感覚的に操作できるといった点が評価されている。Xanderのようなテクノロジーを使えば、人が単純な仕事をする時間が減る。アルパー=ルルー氏は、「HRは業務時間の60%を基礎的な作業に費やしている。さらに、今後はHRの仕事の90%は外部委託かテクノロジーに任せられる」と予測する。したがって、「HRはほかに任せられるものは任せて、従業員に意義のある経験を提供し、個人を発展させることに尽力すべきだ」と述べた。

HRの5つの領域 3.データ(プロフィール、追跡、アナリティクス、スケジューリング)

企業では、採用選考や勤務シフト作成において煩雑なスケジューリングが発生する。また、HRは従業員に関するさまざまなデータを保有しており、それを採用や要員計画に活用したアナリティクスが注目されている。データ追跡ならびに分析の機能はあらゆる領域のテクノロジーに搭載されており、切り離すことは難しいが、スタートアップ企業ではBioGrp Technology、Colleago 、Alyss Analyticsなどがある。

BioGrp Technology
顔認証技術により、従業員がデバイスの前を通り過ぎることで勤怠管理ができる台湾発のツール。

Colleago
シフト制の勤務スケジュールを作成するオーストラリア発プラットフォーム。あらかじめ従業員の勤務可能日と時間を登録して、欠員が出た際に代替可能な従業員へ一斉通知を送り、即座に代理を確保できる。

Alyss Analytics
動画面接からソフトスキルを判断するAIアナリティクス。候補者の面接動画をアップロードすると、AIが表情、言葉や声のトーンを分析して明瞭さ、雄弁さ、自信、元気さを評価し採点する。

HRの5つの領域 4.労務(給与計算、福利厚生、安全、健康)

DailyPayのCEO兼共同創設者ジェイソン・リー氏

「給与の即時払いや前払いを希望する従業員が増えている。給料支払日を増やすと、税金の計算が容易ではない。給与計算テクノロジーは旬な市場になるだろう」とバーシン氏は予測する。「次の素晴らしいHRテクノロジー企業の発掘」に登壇したDaily Payは、予期せぬ出費への備えがない従業員へ、給料の一部前払いを可能にするツールを開発した。企業にとっては実装費用や準備資金が不要で、ATM手数料程度の資金移動費で済むため、同サービスを導入しやすい。

テクノロジーの進展とともに重要度を増すヒューマンスキル

Sierra-Cedarによる"2018-2019 HR Systems Survey"では、企業が従業員一人当たりにかけるHRテクノロジー関連の支出は増加傾向にあり、対前年で平均して29%増額したという。

職場でデジタル化が進むほど、人間の重要度は増す。2017年の「HRで最も尊敬される会社」ランキング上位5社(Johnson & Johnson、The Walt Disney Company、accenture、Delta AirLinesとBlackRock)のHRリーダーによるパネルディスカッションでは、デジタル化が実現する人間味のあるHRへの期待を寄せた。

accentureのエリン・シュック氏(最高リーダーシップ&人事責任者)は、「世界がデジタルになるほど、人間同士の交流が重要に、また盛んになる。ビデオや3Dホログラムでの会議参加が示すように、人間同士のリアルな交流は求め続けられる」と話し、マット・ブライトフェルダー氏(BlackRockマネージングディレクター兼最高タレント責任者)は「データアナリティクスが、私たちをより人間らしくしてくれる。データによれば、リベラルアーツ専攻の人の方が優れた投資家になれるという。投資経験を持つ人よりも潜在力が強いということだ」と語った。

数年後のHR Technology Conference & Expoでは、テクノロジーと労働者の協働がどこまで進展しているだろうか。AIが発達して誰もが複雑な計算や分析をマシーンでできるようになれば、高度なテクノロジーを理解する人材はごく一部で充足できる。すると、対人コミュニケーション力や交渉力、倫理観を持つ人材の需要が高まる。デジタル変革によって、どこまで人の仕事が変化していくのかを引き続き注視していきたい。

 

※ Harvard Business Review (2013) The Impact of Employee Engagement on Performanceをはじめ、多数調査されている。従業員のエンゲージメント度と顧客満足度の相関関係を見る方法が一般的。