Celanese ジム・ダミコ氏(グローバル人材獲得リーダー)
採用対象校の拡大や従業員の意識改革で、ダイバーシティ採用を強化
Celaneseは、パンデミック以前から人材獲得競争の渦中にあったが、以降は候補者へのアプローチ戦略を見直し、候補者一人ひとりとのエンゲージメントを深めるために長期的な働きかけを行った。また、新卒採用の対象校の拡大、従業員の意識改革、匿名によるスクリーニングツールの活用、プレイブックの作成などを行い、ダイバーシティ人材の採用を強化している。同社のグローバル人材獲得(TA)リーダーで、TAプロフェッショナル協会(Association of Talent Acquisition Professionals)前会長(現理事)のダミコ氏に、同社の取り組みについて話を伺った。なお、インタビューを実施した3月以降、採用環境に変化が見られたため、文末に最近の状況を付け加えた。
インタビュアー=クリス・ホイト TEXT=杉田真樹
【Celanese】1918年に設立された化学品メーカー。自動車、電子機器、医療機器、および装飾用に使用される特殊熱可塑性プラスチック等の製造。従業員数は7700人。2019年の純売上高は63億ドル。フォーチュン500企業。
――2021年の採用人数を教えてください。2020年と比べて変化はありましたか。
需要と買収の増加により、採用数は2020年よりも大幅に増加しました。Celaneseでは製薬業界向け化学品の製造事業が成長しており、またアセテートなど持続可能な原料を使ったプラスチック事業にも注力しています。電気自動車や5Gの領域でも独自のポジションを確立しているなど各部門の業績は好調で、パンデミックによる影響はあまり受けていません。Celaneseでは採用人数の目標は設けず、常時優秀な人材を採用します。多様性の観点から、人種、性別、特定の部門、地域やグループに配慮しています。
――パンデミックは、採用にどのような影響や変化をもたらしましたか。
以前は、トップ人材の獲得競争が過熱しており、Celaneseは人材確保のために様々な努力を行っていました。しかしパンデミックで、自社の候補者が先の状況を予測できなかったことから採用決定は一旦保留にして、候補者との関係構築に時間をかけ、互いに採用に対する確度を高めることに注力しました。候補者に対するアプローチを、「引き寄せる(attraction)」から「誘惑する(seduction)」方法に切り替えました。候補者と何回もやり取りをして、Celaneseが転職先として相応しいことをわかってもらうために、たとえば経済は減速していてもCelaneseには潤沢なフリーキャッシュがあることなどを伝え、候補者が安心して転職できるように丁寧に働きかけました。成長企業であるという点だけでなく、環境を共有しながら安全に働くことができる会社であることも強調しました。プロセスをより重視するようになったことで、採用の質が大きく向上しました。今では時間をかけて採用した従業員が、Celaneseへの入社を決めたその判断が正しいものであったと広めてくれる支援者となりました。パンデミックの収束後も、このアプローチを継続すると思います。ワークフローについては、以前から合理化を進めているので大きな変化はありません。
他社のインターンシップが取り消された学生も受け入れ
――採用部門もオフィスに出社しているのですか。
Celaneseには製造工場があり、工場だけでなく、本社の従業員もオフィスに出社しています。会社の成長スピードを維持するために、コラボレーションを極めて重視しています。私のオフィスと、製造部門を統括するエンジニアリング担当バイスプレジデントのオフィスは約5メートルの距離で、休憩時間などに対話ができるため、スピーディに対応できます。採用チームでも、ブエノスアイレスを拠点とする2人のリクルーター以外は全員がCelaneseの施設内で勤務しています。従業員が会社に溶け込み、事業についての理解を深めてほしいと考えています。
――新卒採用への影響はありましたか。
Celaneseは、高校や大学のSTEM(科学、テクノロジー、エンジニアリング、数学)プログラムなどを通じて、人材と早期からエンゲージメントを深めることに注力しています。Celaneseのインターンの半数以上が多様なバックグラウンドを持っていますが、今年はより多くの伝統的黒人大学(HBCU)や伝統的ラテンアメリカ系大学でエンジニアリングプログラム(学部)を持つ大学に採用のアプローチをしたいと考えています。これらの学生は非常に優秀です。
昨年3月以降、大学キャンパスへの訪問はできなくなりましたが、バーチャルイベントなどに切り替えて、指定校以外の大学の新規開拓につながりました。今年の秋の採用活動については、ハイブリッド型で行う予定です。
また、大学4年生を対象とするインターンシップへの影響もありました。従業員はオフィスに出社していましたが、感染対策上の理由から社外の人がオフィスに入室できなくなり、インターン全員を受け入れることが難しくなりました。そこで、新たにオンラインでのメンターシッププログラムをつくり、採用マネジャーがメンターとなって、週1日のラーニングセッションを実施しました。最終的には、バーチャルジョブフェアを開催するまでになりました。大学から頼まれ、他社でのインターンシップが取り消された学生の参加も受け入れました。
今年は、インターンの人材供給パイプラインとして、メンターシッププログラムを継続することが決まりました。次世代リーダーのポテンシャルが高い3年生と2年生をインターン準備生として受け入れることで、翌年のインターンシップの対象者の詳細情報を集めることができます。これまでは主に製造部がインターンを受け入れてきましたが、この取り組みによって本社の商業部なども受け入れを検討するようになりました。学生にも好評で、今年は、欧州とアジアでも導入する予定です。
多様性についての意識改革を促進
――環境変化に対応して、採用部門の組織体制を変更しましたか。
組織を拡大し、多様性推進の中核的役割を担うポジションを増設しました。採用業務ではなく、TAチーム内で採用に多様性の観点が含まれるかを管理します。これにより、チーム全体がダイバーシティ採用のスキルアップをすることができました。また、ダイバーシティ採用のプレイブックを作成し、ジョブディスクリプションに基づいて何をすべきかについて、厳格な標準化をしました。
リクルーターはこれまで会社の戦略を担う役職や、定型業務が多い職種など、採用対象のポジションや職種別に担当が分かれていましたが、会社の事業戦略に沿った人材アドバイザーとして機能させるように役割を見直し、組織を改革しています。
――ソーシングや採用経路において変化はありますか。
この1年で大きく変化しました。採用経路は、LinkedInへの依存度が低くなり、ダイレクトソーシングが増えたため、採用計画を見直したのですが、好調です。また、多様性の推進団体との交流も始めました。この団体には、新卒採用と管理職向けのネットワーク構築をサポートしてもらっています。
――採用テクノロジーについては何か変更しましたか。
効果が高かったテクノロジーは、採用動画プラットフォームのAltru(現ICIMS Video Studio)です。ATS(応募者追跡システム)には以前からiCIMSを利用していますが、Altruの導入後に、iCIMSがAltruを買収したことで両者のシステム連携がスムーズに行えるようになりました。また、ショートメッセージ(SMS)も積極的に活用しています。SMSや動画の活用に力を入れる理由は、パンデミックへの対応だけでなく、Z世代の労働市場への参入に備えるためです。
現在は、iCIMSとMicrosoft Teamsのシステム連携に取り組んでいます。ほかには、動画の文字起こし機能を持つ動画面接プラットフォームBrightHireなども検討しています。そしてCelaneseの人材供給パイプラインの効率性や公平性を高めるために、Career.Placeの試験運用も始めました。これは多様性に特化した匿名での候補者スクリーニングプラットフォームです。これらのツールは非常に役に立つと思います。
経済活動の再開とともに、人材獲得競争が激化する
――2021年の後半はどのようになると予測していますか。
景気は上向くでしょう。様々な予測がありますが、そのほとんどは、前回のリセッション時よりも、今回はかなり速いスピードでの回復を見込んでいます。他社のTAリーダーたちと話した結果も同様でした。多くの企業が採用を再開し、人材獲得競争はかなり激化するでしょう。しかし、人材の需給ギャップが生じています。私たちは、従業員の地域移動や報酬の改定など、市場の変化に俊敏に対応しなければなりません。今年の夏はかなり忙しくなるでしょう。夏季休暇を取る暇はありません。
- 候補者へのアプローチにおけるスタンスを変え、時間をかけて候補者に動機づけをした
- STEM分野の高校生や大学生を対象に、早期から人材とのエンゲージメントに取り組んでいる
- ダイバーシティに配慮した採用対象校の拡大を行い、採用の質を向上させた。採用にあたり、リクルーターの意識改革のためのポジションを増設した
- リアル参加できなくなったインターンを対象としたオンラインメンターシッププログラムを導入した。他社のインターンシップが取り消された学生も受け入れた。
- カスタマーからの急激な需要増に対応するため、人員をさらに増強している。競争の激しい地域で認知度を上げるため、ラジオやビルボードによる広告を開始した。給与額、キャリア形成の機会、コミュニティといった他社との違いについて、慎重にアピールしている
- SMSを使った採用マーケティングも、さらに積極的に行っている
- 採用プロセスにおけるさまざまな障壁を取り除き、採用にかかる時間を短縮した。時給制の労働者の採用に大きな効果をもたらしている