Lyft エヴァン・イントレイター氏(前ソフトウエアエンジニア採用リーダー)
事前ガイダンスを行い、“シリコンバレー流”に不慣れな人材を適切に評価
Lyftが拠点とするシリコンバレーのIT企業の多くには、特有の採用プロセスがある。LyftではITのバックグラウンドがなく採用プロセスに不慣れな候補者に、試験や面接に役立つツールを与え、2~3週間の事前準備をしてもらい、面接で実力を発揮できるようガイダンスを行っている。2021年末まで同社でソフトウエアエンジニアの採用を率いていたエヴァン・イントレイター氏に、スキルベース採用のプロセスと、選考中の候補者をサポートする背景を聞いた。
【Lyft】2012年設立、本社所在地はカリフォルニア州サンフランシスコ。配車サービスアプリをはじめ、自転車や電動スクーターのシェアサービス、レンタカーなど交通手段に関わる事業を展開する。2022年からは、医療機関への往復時の介助付き送迎サービスを開始した。従業員数約4500名。
――書類選考の段階では、ソフトウエア開発に関連する学歴や職務経歴を持たない候補者を、どのように選考しているのでしょうか。
書類審査で重要なことは、採用担当者が履歴書の内容を分解して理解し、優れた人材なのかを見極めることです。HadoopやMapReduceなどのプログラミングツールが使えるといったテクニカルスキルだけでは判断が難しいため、潜在能力のシグナルを探します。たとえば、社内でキャリアアップしたことは、候補者が目標を達成し続けそれが評価されたということで、大きな指標の1つとなります。これからエンジニアの職域に踏み込む人は、そのような向上心や学習意欲が必要です。反対に、勤務先が一流企業であっても、転職によって役職が上がってきた人材は慎重に判断します。
人による技術スキル評価で、実力とソフトスキルを見極める
――書類審査の後は、どのように選考するのでしょうか。
オンラインでスキルアセスメントを行います。職務によって方法が異なり、CoderPadやCodeSignalのアセスメントを受験する方法と、社内のエンジニアが1対1で候補者の技術スキルを評価する方法があります。アセスメントツールは、候補者のバックグラウンドに関係なく評価をするため、バイアスがかかりにくいのですが、エンジニアが実際に仕事で直面する内容ではないことがあります。また、制限時間内に問題を解けなければ自動的に終了となり、候補者は不合格となります。
私は、スキルベース採用は、人が技術スキルを評価することが適していると考えます。たとえ制限時間に間に合わなくても、あと1分あれば解けるのか、どの程度正解に近かったのかがわかります。また、候補者の思考プロセスやアドバイスを聞き入れる姿勢など、スキルアセスメントツールでは把握できないソフトスキルも含めて、多面的な評価をすることで面接へと進める人材を選考することができます。
――面接では、ソフトスキルをどのように確認しますか。
技術面接では、業務で起こりうるシチュエーションを与えて、候補者に問題を解いてもらうシミュレーション演習を行います。具体的には、当社のコーディングの基準やパラメーター、発生している問題、事業部責任者と技術系責任者それぞれの要望などのシナリオを候補者に伝えます。実際に起きる問題は学んできた知識や経験だけでは解決できないため、候補者が行き詰まると、面接担当者がヒントを与えます。それを手掛かりにして先に進むことができれば、他人からのフィードバックを受け入れる、エンジニアとしての適性がある人材だと判断します。
一方、ヒントを断って、自分の力だけで解こうとする場合は、危険信号です。それがヒントだと気付かない場合にはより深刻で、エンジニアに求められる思考を持ち合わせていないと判断します。ソフトウエアエンジニアは、チームメンバーと協力してフィードバックし合いながら、論理的なプロセスで業務を進めていく仕事です。Lyftでは、エンジニアとしての経験がなくてもこのような資質がある候補者を、面接担当者が特定できるよう訓練しています。最終選考では、会社のバリューとの適合性や候補者の価値観を知るための面接を行い、内定を出します。
候補者にガイダンスを行い、試験や面接の準備期間を与える
――スキルベース採用で工夫していることはありますか。
Lyftが本社を置くシリコンバレーには、先進的なテクノロジー企業が集積しており、デジタル職特有の選考方法が行われています。面接でユニークな質問をすることはよく知られています。このような、シリコンバレー流の選考プロセスの経験がない人材は不利なため、Lyftでは、多くの人にチャンスをつかんでいただくために、候補者が力を発揮できるようにサポートしています。たとえば、採用担当者や現場のマネジャーが、技術面接の対策に活用できるツールや練習問題が記載してあるリンク、来社したときの流れなどの情報を候補者に提供します。2~3週間の準備期間を与えて、万全な状態で選考試験や面接に臨んでもらいます。なぜなら、彼らは決してITの学位やエンジニアの経験を持つ人材に劣っているわけではなく、選考プロセスに不慣れなだけだからです。
また、採用活動の労力や投資を無駄にしないために、オンボーディングにも力を入れて、採用者を成功に導くサポートをすることも重要です。Lyftにはオンボーディング専門のチームがあり、新入社員が配属部署での業務を開始する前に、3日間のオンボーディングクラスを実施しています。事業内容や仕事の進め方などをくまなく知ってもらい、その後2~3週間はどんなことでも相談できるメンターをつけます。
――デジタル分野の経歴を持たない人材がデジタル職に就くために、できることは何でしょうか。
IT関連の学位や職務経歴を持たない人材にとって、デジタル分野に参入するハードルは確かに高いでしょう。学位取得者は、この領域に関心を持ってから、長期間数学や分析を学習しています。また、FAANG(Facebook、Amazon、Apple、Netflix、Google)のような大手IT企業での経験も、エンジニアのスキルを示す指標の1つであることは確かです。コーディングやエンジニアリングのスキルを後から身につけた人材が、何年もかけて勉強と経験を積んできた人たちと同じポジションを争うのは非常に難しいため、インターンシップやアプレンティスシップ(※)などの制度を活用して、まずデジタル領域に一歩足を踏み出すことを推奨しています。社内で学んで成長して、自分のスキルをアピールする機会を得ることが有効だと思います。
重要なのは企業側の努力です。多くの企業が、テクノロジーや高等教育にアクセスできなかった人たちの採用を増やそうと、マイノリティ人材が所属する団体と提携して求人への応募を促していますが、それだけでは不十分です。Lyftでは、従来とは異なる経歴の人材にこそ、時間とリソースを投入することが重要だと考えています。
インタビュアー=デビッド・クリールマン(Creelman Research) TEXT=石川ルチア
- デジタル職に初めて応募する人材は、シリコンバレー特有の採用プロセスに慣れておらず、能力が高くても不利な状況にある。Lyftでは事前準備の期間と試験や面接に役立つリソースを与えて、合格率を高める手助けをしている。
- ソフトウエアエンジニアには、向上心やフィードバックを受容する力が必要とされる。候補者が社内でキャリアアップし続けてきたか、技術的な問題で面接担当者のヒントを取り入れて先に進めるかどうか、ソフトスキルを判断する。
- デジタル職に入職する人材は、インターンシップなどの職業体験制度を活用してテクノロジー企業に入り、社内で学びスキルをアピールするのがよいだろう。
(※)職業実習訓練制度。実習生は企業で賃金を得ながら業務経験を積む。近年ではテクノロジー業界でも実施する企業が増加している。