人生を豊かにするバカンスの取り方(年に25日の有給休暇取得はもはや義務)
有給休暇消化率100%
毎年7月初めに学校が夏季休暇に入ると同時に、フランスでは恒例のバカンスラッシュが始まる。パリの夏は、バカンスで郊外、国外に行くパリジャンに代わって世界中の観光客がカフェのテラスを陣取っている。
フランスでは最低でも年間25日の有給休暇が法律で保障されており、2019年からは雇用主が従業員に有給休暇を取得させる義務が生じている。以前から有給休暇消化率は高かったが、義務化によって消化率は100%となった。法定有給休暇以外にも祝日が11日あり、合わせると年間36日の休日があり、EU圏でもトップクラスだ。最近では、どれだけうまく従業員を効率よく休ませて、同時に社内業務を回していくかを問うバカンス・マネジメントという用語がHRの間で話題になるほど、バカンスがフランス企業に与える影響は大きい。
フランスで有給休暇が始まったのは、1853年11月9日。ナポレオン3世が発布した勅令により、公務員に初めて2週間の有給休暇が与えられた。全国的な有給休暇導入のきっかけとなったのは、1920年代に急進派社会主義者で労働大臣だったデュラフール氏が、労働者の休養と労働生産性の関係性を初めて明確に表明したことである。
「生理休暇」「有休取り放題」へと制度は進化
フランスには25日の有給休暇のほかに、RTT休暇(週35時間労働代休)、サバティカル休暇、起業休暇、結婚休暇、引っ越し休暇、ボランティア休暇などがあり、必要な休暇が取得できる。たとえば、職業研修休暇では、国内外の研修機関における研修に最長で6年間、分割して休暇を申請することができるため、国外の大学のMBA取得のために利用する人もいる。また、病欠時には社会保険事務所と雇用主からの補償があるため、有休を消化する必要はない。
ヨーロッパでは馴染みのなかった「生理休暇」だが、2023年にスペインがヨーロッパで初めて導入したことに触発され、パリ北郊外にあるサントゥアン市でもフランスで初めて「生理休暇」および生理に関連した「労働時間の短縮制度」を導入した。現在、国会では子宮内膜症や生理痛に悩む働く女性に対し、年間13日間の生理休暇を労働法典内に規定付けるための議論が行われている。流通大手のカルフールなどでは企業内合意で導入が決定されるなど、自主的に導入する企業もある。
また、テレワークを活用し、リゾートなど普段の職場とは異なる場所で余暇を楽しみつつ仕事を行う「ワーケーション(※1)」の需要が増えている。リテンション効果、クリエイティビティと労働生産性向上を背景に、特に35歳以下の層で需要が顕著に高くなっている。こうした需要拡大を受け、宿泊施設では、セキュリティの高いWi-Fiや仕事用のデスクを設置し、長期滞在が可能な割安プランなどの提供を行っている。観光局ではワーケーションが可能な宿泊施設の紹介などを積極的に進めている。
より革新的な企業では「有給休暇取り放題(※2)」を導入するケースもみられる。現在はテレワークが浸透し、成果主義が確立しており、いつ働きいつ休むかは従業員の裁量に任せるべき、という考えが浸透しつつある。
サバティカル休暇制度
フランスの長期休暇制度では、1960年に導入されたサバティカル休暇がよく利用されている。サバティカル休暇は使途に制限がなく、期間は基本的に6〜11カ月で、企業内合意によっては1〜2年と企業により異なる。雇用契約が一時中断されるため、無給が基本だが、雇用契約を保持し、有給(※3)とする企業もある。休暇取得にあたっては、申請時に勤務する企業における勤務年数が3年以上、かつ過去の勤務先を含めた通算の勤務年数が6年以上であり、また当該企業で過去6年間に長期休暇を利用していないことが条件となっている。
企業は休暇の申請を拒否することは可能だが(※4)、二度拒否することは稀である。また、休暇期間中に、別の職業活動を試し、起業のために利用することも可能である。スキルアップを目的としたサバティカル休暇の申請が増えたことを背景に、リカレント教育(学びなおし)の一環として、サバティカル休暇を従業員に勧める企業が増えている。毎年、全従業員の1.5%が休暇を取得している。
サバティカル休暇の利点は、復帰時に元の職場または同様の業務に戻ることができる点だ。起業ブームを背景に、サバティカル休暇を利用して起業を試みる従業員が増えている。もし起業に失敗しても、元の職場に戻れるのは大きな安心材料となるだろう。企業のデメリットは、人材が流出するリスクだが、取得期間が1年以内の場合のリスクはほぼ皆無である。
フランス人の95%がサバティカル休暇の取得を希望しているが、その理由は「仕事のストレスから解放されたい(49%)」である。最近では、退社を申し出る従業員にはまずサバティカル休暇が提案されるようになった。世代を超えて認知度の高い制度であり、人材流出対策としても有効であるようだ。
フランス人は働かない!?
フランスでビジネスをする際、取引先の担当者がいつ「バカンス」で不在となるのかという不安要素は常にある。休暇の告知も、引き継ぎもなく突然1カ月休むことは日常茶飯事である。「バカンス」となれば全てが許される、そんな風潮がフランスにはあるようだ。パリに15年住み、それなりにいろいろ受け入れてきたつもりの筆者も、これだけは未だに理解ができない。リスクヘッジのため、初夏に入る6月頃から、引き取り先への「バカンス探り」が重要なタスクとなる。
さまざまな休暇を合わせると1年に2カ月以上の有休を取得するフランス人も多い。7月から約2カ月の長い夏休みの後、9月にはストライキ・シーズン、11月後半からはクリスマス・シーズンに入り、フランス社会全体がスローダウンする。1〜2月は2週間のスキー休暇、4月はイースター休暇、また、5月は祝日が最も多い。
国を牽引する5%の労働者
長期のバカンスに加えて、ストライキ、それに残業もしないとなると、フランス経済はどうやって回っているのか疑問に思う方も多いだろう。それは人口の5%にあたる、管理職の働きざまに答えがある。フランスは労働人口の大半を占める「非管理職(ノン・カードル)」と、「管理職(カードル)」に大別される。管理職は成果主義で働くため、給料にも大きな差がある。業績がキャリアアップや昇給に直接つながるため、場合によって残業も惜しまない。より良い待遇を求めて転職をしながらキャリアを構築するため、終身雇用という考えも持たない。バカンスは取得するが、目標達成のため、自ら週末や休暇中に仕事をする。
フランスではよくこの「5%の管理職がフランス経済を引っ張っている」と表現される。管理職と非管理職、両者の働き方は対極にあり、フランスの労働市場でアンビバレンス(両面価値的)な現象を引き起こしている。そのため、フランス人を「働かない怠け者」と一括りに表現することはできない。
そもそもフランス人はオン・オフのメリハリがはっきりしている。残業をする人は「能力がない人」とみなされるため、与えられた仕事が時間内に終わらない場合はマネジャーにボリュームダウンを依頼することもためらわない。残業を避けるために仕事の効率性をどのように上げるかを考えているので、経済協力開発機構(OECD)によると、フランスの労働生産性はOECD加盟国の中でも高いレベルを誇っている。
生きるために働くのではなく、休むために働くフランス人の「休み方」は人生を豊かにするヒントが隠されているかもしれない。
(※1)フランス語で « tracances »(仕事の"travail"とバカンスの « vacances »を合わせて)
(※2)https://www.works-i.com/column/france/detail003.html
(※3)一定額(10~30%)が支払われるケースもある
(※4)従業員300人未満の会社では、雇用主は、休暇が生産や会社の円滑な運営に悪影響を及ぼすと判断した場合、休暇を拒否することもできる。そのためには、雇用主は社会経済委員会(CSE)の意見を求める必要がある
TEXT=田中美紀(客員研究員)