週休3日制はフレンチ・スタンダードになりうるのか

2023年05月24日

イントロダクション

先日来英国で世界最大規模で週休3日制が試験導入されたことが話題になっているが、フランスでは第2都市であるリヨン市が試験導入を正式に決定するなど、フレキシブル・ワークへの取り組みがますます進展しており、週休3日制への注目が高まっている。フランスでは、コロナ危機の状況が落ち着き始めてから、週休3日制のフィジビリティを問うために試験導入する企業や、実際に制度を導入する企業が400社を超えた。そして、賃下げなし・労働時間延長なしに労働生産性を改善することで週休3日制を実現する「フレンチ・スタンダード」に、世界の注目が集まっている。本コラムでは、フランスにおける週休3日制に関する状況をレポートする。

時代は「ニューノーマル」へ

現代⼈は明らかにワークホリックである。⼈⽣の⼤半を労働に注ぎ「墓場を⽴てるために働いている」と例えられているほどだ。2019年のQapaの調査(※1)によると、休暇が多いことで知られるフランスでさえ、フランス⼈の67%は「休暇中も仕事のことを考えている」、また63%は「休暇中もメールに対応したことがある」と回答している。

コロナ危機以降、テレワークが一般化されたことで、従業員側は自主的に仕事に取り組むようになり、管理職側はそのような従業員を信頼するといった変化が起こった。オフィスにおけるプレゼンスよりも生産性や結果が重視されるようになった。仕事にどれだけ時間を費やしたかではなく、効率性を重視する「ニューノーマル」な働き方がスタンダードとなった。一方、従業員側はコロナ危機を経験してから、従来の働き方を見直し、ワーク・ライフ・バランスを向上したいと考えるようになった。従業員はテレワークの回数を増やし、オフィス出勤を最低限に留める、また労働時間のウェイトを減らし、趣味や家族との時間を充実させる傾向が顕著になるというパラダイムシフトが起こった。

フランスでは、週休3⽇制は「ニューノーマル」時代の働くリズムを緩和し、ワーク・ライフ・バランスの両⽴を改善し、労働市場全体の底上げに貢献することが可能とされている。こうした観点から、週休3⽇制が現在の週休2⽇制に取って代わる⽇も近いと考える人が増えた。

最初の週休3日制導入は1996年にさかのぼる

時短政策のパイオニアであるフランスで週休3日制が最初に導入されたのは、1996年に施行されたロビアン法が発端である。当初、ロビアン法は深刻化する失業問題に背中を押される形で導入された。既存の社員が働く時間を減らし、不足した労働⼒は新たな雇⽤でまかなうというもので、10%以上の新規雇⽤を実施した企業に対して、社会保険料を8%軽減するという内容であった。

この法制度によって150万〜200万の雇用創出が期待されたが、その後左派が政権を奪還し、2000年にオブリー法(週35時間制)を差し替え導入されたことでロビアン法は廃止となる。政策が廃止されるまで約400の企業(労働者数では28万人)が時短制度を利用したとされる。しかし、オブリー法が導入されなかったとしても、当時の週休3日制は一般化することはなかったという考えが主流だ。

1990年代はまだ週休3⽇制に対する社会の認知も薄く、社員の職場におけるウェルビーイングに関する議論も進んでいなかった。なにより、多くの会社経営者にとって時短政策は「反成⻑」を意味する。

週休3日制は現代の処方薬

左派政権による35時間法導入で週休3日制を巡る議論は霞んだとみられていたが、2020年以降のコロナ危機によって議論が再び活発となった。人材系シンクタンクの「Welcome to the Jungle」が、賃下げなし・労働時間延長なしで週休3日制導入を成功させたことは大きな転機であった。5カ月にわたるテスト期間中に、10分単位で全ての作業を緻密に分析し、作業における時間配分を確認することで、多くの作業に無駄な時間が割かれていることに気づくことができた。こうして劇的に労働生産性を上昇させることに成功した。さらには、社員への精神的インパクトを「脳神経科学」の観点から科学的に証明するという世界初の試みも同時に行い、メディアが大きく取り上げた。制度導入の効果については、「雇用創出」「ワーク・ライフ・バランスの改善」など、硬直化した労働市場の流動性を促す救世主であるという。

ロバート・ハーフが2022年11月に実施した調査「2023年に候補者が望むこと(※2)」によると、43%の従業員が「週休3日制の実施に賛成している」という。同社の「給与ガイド2023年(※3)」では、300人の雇用主に対し週休3日制に関する考えを聞いたところ、22%が「賃下げなしの制度導入に賛同」しており、35%が「12カ月以内に制度の導入を考えている」と回答している。時期を境に週休3日制を試験的に導入する企業が次々と現れ、現在は資材リサイクルのYprema、ハイテクのLDLC、不動産資産管理のAcorus、ITのIT Partnerなど、中小企業を中心に、約400社が正式に導入しているという(※4)。

※フランスでは、マクロン大統領による2017年のオルドナンス発令によって、企業内労使間交渉の役割が強化されたことから、週休3日制などの特殊な制度であっても、法令化を待たずに企業レベルで導入することができる。

導入を阻む壁は「プレゼンティズム」

中小企業と比べると大企業では、週休3日制を導入する企業が少ない。

フランスはヨーロッパではプレゼンティズム(心身の健康上の問題を抱えながら働く)の比率が⾼い国と言われている。大企業でも特に体質の古い企業では、フランス特有の「プレゼンティズム」が今もなお根強い。評価については、成果やパフォーマンスではなく、どれだけ従業員が仕事にコミットメントしたかで判断される旧来の⾵潮が残っている。成果主義による評価の基盤ができていないため、週休3⽇制の導入は反対に社員のバーンアウトを招く可能性も高い。

週休3⽇制を導入することで「プレゼンティズム」を解決した乳製品加⼯業のマミー・ノバの例を挙げたい。マミー・ノバでは長いこと社員の「プレゼンティズム」が問題となっていた。管理職が、週休3⽇制のパイオニアであるYpremaがその導入により「プレゼンティズム」や社員のターンオーバーなどの問題を解決したケースをメディアで知り、数カ月の検討の末、従業員全員のコンセンサスを得て、週休3⽇制を導⼊した。

当時は⼯業セクターでの導⼊は稀であり、リスクが多いと⾔われたが、給料レベルはそのままで、製造コストを⼀切上げることなく週休3⽇制の導⼊に成功した。導⼊6カ⽉後にすでに「プレゼンティズム」が⼤幅に改善され、以降15年間、週休3⽇制は問題なく稼働している。現在のマミー・ノバでは、週休3⽇制が社員の⾃⽴性の成⻑に⼤きく貢献したという。製造⼯場では⼯場⻑も週3⽇制であるが、⼯場⻑がいないときは⼯員が団結して物事を決めている。これが、⼯員たちのやる気をアップさせる⼤きな要因となった。制度導⼊から3年後には、マミー・ノバの労働医が「アブセンティズム」はほぼ皆無とするレポートを提出し、ワーク・ライフ・バランスの⼤幅改善もみられたと太⿎判を押した。

地球環境保護の観点から

⼀部の国や企業は、週休3⽇制が環境への対策として有効であると認識している。フランスでは、ヨーロッパ・エコロジー=緑の党が週休3⽇制を⽤いた環境政策を全⾯的に打ち出している。1970〜2007年にOECDに加盟する29カ国を対象にした調査で、2012年に公表された結果(※5)によるとによると、⼆酸化炭素排出量に関して、働く時間を10%短縮すると、エコロジカルフットプリントは12.1%、カーボンフットプリントは14.6%、⼆酸化炭素排出量は4.2%を削減できることから人と環境のための政策の1つとして注目されている。

 

(※1)オンライン派遣のQapaが、13万5000人以上の社会人と450万人以上の求職者にアンケート調査を実施
(※2)https://www.roberthalf.fr/publications/ce-que-veulent-les-candidats-enquete-robert-half
(※3)https://www.roberthalf.fr/grille-salaire/home
(※4)ラ・デペッシュ紙の週休3日制に関するオンライン版記事:https://www.ladepeche.fr/2023/02/13/semaine-de-quatre-jours-une-solution-pour-embaucher-que-le-medef-etudie-de-pres-10986798.php
(※5)調査結果は以下リンクからダウンロードが可能:https://econpapers.repec.org/bookchap/elgeechap/14843_5f12.htm

TEXT=田中美紀(客員研究員)

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