人も人材も減る地方、都会の人材が企業の“救世主”に:いなばハウジング
いなばハウジング株式会社 代表取締役社長 山田真也氏
企業が副業者を受け入れるメリットとして、採用という形では出会い難い人材を活用し、変革やイノベーションのきっかけにすることができるということが挙げられる。鳥取市内の工務店を例に見ていこう。
SNSマーケティングのアドバイザー求む
― 御社の業務概要と、副業の受入れを行った背景について、お聞かせください。
山田 当社は鳥取市内で工務店を営んでおり、従業員が13名います。市内のなかでも西部、旧青谷(あおや)町地区にあって、商圏もほぼそこに重なっています。
副業者を受け入れようと思ったきっかけは、地方で長く商売をしていることによって形成された価値観や固定観念を打ち破ってくれるのではないか、という期待感からです。しかも、都会に住む、工務店以外の異業種の人とタッグを組めれば、新たな化学変化が社内に生まれるのではないか、という期待もありました。
実際に何をしていただこうか、と考えました。当社のお客様は既存のお客様からの紹介がメインです。加えて地方なものですから、過疎化、高齢化が進み、戸建て住宅を新規で建てるような若手のお客様へのアピールが不足しているという現状認識をもっていました。解決策として考えていたのが、SNSを使ったネットによる広告宣伝活動でした。でもそれができる人材は社内にはいない。そこで、SNSに詳しく、適切なアドバイスをしてくれる人を探すことにしました。
― どのくらいの応募があり、どのように選考していったのでしょうか。
山田 ありがたいことに、年齢や業種がさまざまな10名ほどの方から応募がありました。「書類を選考したうえで、近々面談させてください」というメールを全員に送ったものの、その次のアクションを起こすことが億劫になり、皆様には大変申し訳なかったのですが、2~3カ月、放っておいてしまったのです。
― なぜ億劫になってしまったのでしょうか。
億劫さを感じ、選びあぐねてしまう
山田 正社員採用は何度も経験がありますが、副業者の採用は初めてなので、どんな基準で選べばいいのか、迷ってしまったためです。しかも、月単位の業務委託契約を念頭に置いており、短ければ、1カ月で終了ということもあり得るわけですが、さすがに1カ月だけだとお互い気まずいのではないかと。なかにはピカピカの一流企業の社員もいました。いろいろ考えていて、選びあぐねてしまったというのが正直なところです。
といっても、決めないことには物事が進みません。実はこの副業受入れは鳥取県のプロジェクトであり、仲介役となる県のハローワークにも相談し、遅まきながら書類選考に入りました。10名のなかから、書類の段階で半分の5名に絞り、声がけしたところ、最終的に3名とオンラインで面談することになりました。
面談は、取締役でもある妻と私の2人で行いました。弊社の課題とSNSを始めてみたいこと、それに関するアドバイスをお願いしたいことをお伝えしました。
― どうでしたか。
山田 3名とも大都市で働いているビジネスパーソンの人たちで、素晴らしい方ばかりでした。当社のような地方の中小企業の副業案件になぜ応募いただいたのかをお聞きすると、とにかく地方に元気になってほしい、私の経験やスキルが少しでもお役に立てば、と異口同音におっしゃる。単なるお小遣い稼ぎの副業ではなく、社会貢献なんだと。都会で働き生活しながらも、地方のことを思っている人がいるんだと感動し、妻と、書類選考せずに10人全員と面談すればよかった、と話したくらいです。最初に感じた億劫さも、その時点で吹き飛んでいました。
― それで、3人から1人に絞られたと。
山田 はい。今も働いていただいているAさんに決めました。
― 決めたポイントはどこにあったのでしょうか。
山田 まず1人はSNSよりもホームページによるウェブ展開、ウェブ広告に強かったので、ちょっと違うと。あとの2人のうち、Aさんより若い人は「一緒に頑張っていきましょう」というイメージでした。対するAさんは「こういう観点から、こんなメッセージを展開したら、こんな風に認知度が上がります」と、プロフェッショナルとして上からぐんと引っ張ってくれる感じがしました。それでAさんに決めたんです。2020年11月から仕事をしてもらっています。
アドバイスを受け、順調に増えるフォロワー数
― そのAさんとは実際、どのように仕事をしているのでしょうか。
山田 Aさんを副業者として受け入れた際に社員を1人中途採用しました。普段からプライベートでSNSを楽しんでおり、妻とその社員がSNS担当となり、月に2回、平日の午前中に各2時間ほど、Aさんとオンラインでミーティングを行っています。業務委託料は月に3万円です。
何度か私も同席しましたが、TwitterやInstagramの仕組みから始まり、ハッシュタグの付け方、投稿内容、投稿時間、いい写真、悪い写真といったことまで、こと細かに学んでいるようです。
社員がそんなことをやらなくても、投稿を肩代わりしてくれる業者がいるからそこに任せたら、という人もいますが、そうやって完全外注してしまうと、経験知が社内に蓄積されません。やはり、社員が一から学んでいく今のやり方がベストだと思っています。
― そうやって、経験知やスキルが社内に蓄積されることのほかに、どのようなメリットがありましたでしょうか。
山田 TwitterもInstagramも、フォロワー数を順調に伸ばしており、Aさんからも「優秀ですよ」とお墨つきをもらっています。新しく加わった担当社員もすごく前向きに取り組んでおり、これも喜ばしい。
以前、私こそがやらなければ、という義務感に駆られ、仕事の合間に何かつぶやけばいいんだろうと、チャレンジしたことがありました。結果は散々で、三日坊主にもならない一日坊主(笑)。やはり、担当者をつけないと駄目ですね。かといって既存の社員は今の仕事で手一杯でしたので、新人を担当とし、Aさんにその補佐役になってもらうという今のやり方がとてもよかったと思います。
SNSによる受注獲得がゴール
― AさんはSNSに詳しいというだけで、いわゆるプロではありません。そこで、プロに頼むというのは考えませんでしたか。
山田 プロに依頼すると、委託料が跳ね上がってしまうでしょう。どこまでやればどんな効果が望めるのか、よくわからないものに、何十万円もかけられません。こういったら何ですが、それよりも気軽に、手軽に始めるには、副業者の活用という今のやり方がベストではなかったかと。
Aさんと最初に話をして、Twitter、Instagramのフォロワー数それぞれ1000名獲得を目標にスタートしたところ、1年もかからずに達成しました。Aさんからは、「そろそろ(業務委託終了で)いいでしょうか」という申し出もあったのですが、「もう少しお願いします」と。というのも、ちょうど自社のホームページのリニューアルをかけているところでして、市内の広告代理店にその業務をお願いしているところです。都度、上がってくる途中経過の案に対し、Aさんからさまざまなアドバイスも伺うことにしました。
さらに私としては、SNS発信強化のゴールは、1000や2000といったフォロワー数獲得ではなく、それをきっかけにして受注につなげたいと考えています。
― ここで情報漏洩といったリスク管理について教えてください。企業が副業者の活用をためらう理由の一つとして挙がってくるのが、まさにそこなんです。御社は、その問題にどのように対応しているのでしょうか。
山田 Aさんにお願いしているのは、もっぱらSNSやホームページに関する仕事なので、経営の細かい数字や機密情報の提供は行っていません。機密保持契約も簡単なものしか交わしていません。逆にいえば、弊社のように、企業経営の根幹というよりは周辺の、あるいは新規の業務に関してまずは副業者を活用してみるというアプローチのほうがハードルが下がって、いいのかもしれません。
弊社がAさんとお仕事してとても助かっているものですから、県が進めているこの副業人材プロジェクトの存在を知り合いの工務店に教えたところ、2社が始めました。感想を聞いたら、2社ともやっぱりよかったと。私たちのところのような地方では住人がどんどん減っていますが、仕事のできる人材も不足している。そこに、都会の人材が、副業という形で関わってくれると、大いに助かります。
企業と副業者のベクトル合わせが重要
― ここまでのお話で、この2年あまり、Aさんという副業者が御社に大きなメリットをもたらしていることがよくわかりました。そのうえであえてお聞きしますが、デメリットのようなものを感じたことはありますでしょうか。
山田 直接的なデメリットはまったくありません。これから副業者を活用したいという企業に対するメッセージにもなるかと思いますが、副業者と企業が互いのベクトルをしっかり合わせていく必要があると思っています。うちはそれがうまくいったんです。
― 具体的に教えてください。
山田 先ほどお話ししたように、社会貢献という意識によって副業を志す人もいれば、コロナ禍で残業が減ったから収入補填のために副業を始める人もいます。企業側も、私たちのように新規業務のアドバイス役として副業者を必要とする企業もあれば、本業の中枢業務で、新たな革新を求めるために、外部の専門家を副業者として迎え入れたいという企業もあるでしょう。最初の面談のときに、お互いきちんと話をして、しっかりすり合わせていく必要がある。そのプロセスを経ないまま進んでいくと、お互いのメリットがない不幸な関係になってしまうのだと思います。
聞き手:千野翔平
執筆:荻野進介