DX通じた産業振興を、人口流出防止の「切り札」に。佐賀県の取り組み

2022年01月19日

佐賀県は全国に先駆けて、自治体として地元企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)支援に取り組んでいる。県内外の先進企業と、DXに取り組もうとする企業とのマッチングや、プログラミング言語セミナーなどを通じた人材育成が活動の柱だ。同県DX・スタートアップ推進室で、支援の現場に立つ石橋一樹係長に、DX支援に力を入れる理由や、今後の課題などを聞いた。

石黒一樹

小規模な自治体だからこそ、できることがある。地方格差はかなり解消

―――佐賀県は全国有数の予算を割き、企業のDX支援を推し進めています。自治体としてDXに着眼した理由は何でしょう。

人口流出に対する危機感が、最も大きな起爆剤です。企業のDXを進めることで産業を活性化し、雇用の受け皿を広げて流出に歯止めを掛けようとしているのです。またITに関心を持つ企業は多いのですが、社内に理解できる人材がいないことへの不安も強いため、人材育成も事業の柱となっています。
支援する側としては「佐賀であっても」ではなく「佐賀だからこそ」を意識しています。今や地方にいてもネットを通じて情報を得られますし、ソフト開発にあたって複雑なソースコードが不要な手法も出てきて、地域間のデジタル格差はかなり解消しました。むしろ、解像度の高い情報が取得できることや、人同士のつながりの強さや小回りが利くことなど、小規模な自治体ならではの強みをいかして、企業同士や関係機関とのパイプづくりをサポートしようとしています。

―――これまでの取り組みを教えてください。

「産業スマート化センター」と人材育成の講座「SAGA Smart Samurai」

事業を始めるにあたって、県内の企業からヒアリングを重ね、ニーズや課題を掘り起こしていきました。現在は「産業スマート化センター」と、人材育成の講座「SAGA Smart Samurai」が、活動の二本柱です。
スマート化センターは2018年10月に設立され、IT導入を目指す企業の相談対応とコンサルティング、課題解決に協力する「サポート企業」とのマッチングを実施しています。サポート企業は県内外約200社に上り、毎月5~6社のペースで増えています。
さらにスマートレジやドローン、観光系の翻訳アプリやスマートロックといった、約30社の先進的な製品を展示し、訪れた人がこれらの技術を体験できるようにしています。
センターの2020年度の利用者は月平均約200人、企業の相談件数は143件に上ります。コロナ禍以降、相談件数は増加傾向です。

―――人材育成については、どのような活動をしていますか。

DXやAIの基礎的なセミナーを、スマート化センターの主催で月に1~2回程度開いています。また、それとは別に昨年度、プログラミング言語「Python」の習得講座を始めたところ、100名の定員に対して717名もの応募がありました。今年度は定員を200名に倍増しましたが、応募者も862名に増え、スキル習得に対するニーズの高さを肌で感じました。この講座は4カ月間で、「AIとは」「IoTとは」といった基礎知識を学んだ後、コードを書くなどの実践的な内容に進みます。IT人材を採用したいという企業も多いため、求職者と企業をつなげる場も設けています。昨年度の講座卒業生の中には地元IT企業への就職を実現させた方も多くいらっしゃいます。

危機意識薄い企業は「どうしたらいいか分からない」

―――DXやデジタル技術の活用について、地元の企業はどのような意識を持っているのでしょうか。

デジタル技術を導入しなければ生き残れない、という危機意識を抱く企業と、関心が薄かったり、関心はあるが二の足を踏んでいたりする企業とに二極化し、後者が大半だと感じます。このため最も多いのが、後者の企業経営者からの「どうしたらいいか分からない」「何から手を付けていいのか分からない」という声です。
業種による差も大きく、例えば飲食や運送業、建設業など人手不足が深刻な業界は、DXに非常に熱心ですが、そうでない業種には消極的な企業が多いようです。経営者と従業員の年齢層によっても、濃淡があります。他の自治体も、同じ悩みをお持ちではないでしょうか。

―――DXに取り組む企業は、具体的にどのような困りごとを解決しようとしていますか。

コロナ禍で経営不振に陥るなか、事業構造を転換し「攻め」に転じたいというニーズと、経理などのバックヤードを効率化し経費を抑えたいという「守り」のニーズとに二分されます。
またITツールなどを導入する際に「知識不足からベンダーの提案を鵜呑みにしてしまい、ツールを入れても課題が解決しなかった」とか「ベンダーから高額な料金を提示されても適正価格か判断できない」といった悩みも聞かれます。こうした企業は、ITに関する知識を身につけることで、自社の開発力だけでなくベンダーのマネジメント力や、価格交渉力を身につけようとしています。

「様子見層」「無関心層」へのアプローチが課題 アウトリーチも検討

――デジタル化に取り組む企業と先進的な企業をマッチングすることで、どのような効果があるのでしょうか。

スマート化センターでは、相談に訪れた経営者の困りごとを、サポート企業全社に共有します。情報を見たサポート企業から、課題解決につながる具体的なプランや金額を募り、相談者のニーズや予算と合致したらマッチングに至ります。
例えば県内の建設会社では、女性の事務スタッフ4人のうち1人が産休、もう1人が配偶者の転勤に伴う転居で、人手不足の危機に陥りました。しかしサポート企業の力を借りてリモートワークのシステムを導入した結果、女性の1人が転居先から仕事を続け、減員を1人に抑えられ、さらに業務の効率化にも成功し月に2.5日かかっていた給与計算が月1時間で済むようになったそうです。サポート企業にはIT専業の会社が多いですが、画像認識技術を活用して検品の自動化システムを開発した製造メーカーなど、DXに成功した「先輩」格の企業もあります。

―――県内中小企業のDX推進で、最も大きな課題は何でしょう。

世界的にもDXが重要な経営課題となるなかでも、地方の企業では様子見や無関心といった層も多く、それらの層にどうアプローチするかが課題です。新聞などの媒体を使ったり、商工団体を通じて情報提供するなどしてきましたが、当然ながら隅々まで伝わるというものではありません。こうした企業の経営者は、「ITは難しそう」という先入観があったり、「始めたら相当な費用がかかるのではないか」といった警戒感があったりすることも多いので、まずはそうした先入観や警戒感の払拭に取り組む必要があります。
このため来年度はアウトリーチ部隊を作り、企業を訪問することを検討しています。「DXって何?」「どんな役に立つの?」など、大前提となる知識やスマート化センターの存在などをこちらから提供することで、経営者の抵抗感が和らぎ、従業員にもデジタルの利点を伝えやすくなると思います。
また各業界になるべく多くの好事例を作り、ウェブサイトやセミナーなどを通じて発信しようとしています。身近な同業者が、デジタル技術を活用して事業効率化や売り上げ拡大を実現する様子を目の当たりにすれば、様子見層、無関心層の経営者にも響くのではと考えています。

―――中小企業庁が各都道府県に設置した相談機関「よろず支援拠点」や、商工団体とのすみ分けはありますか。

よろず支援拠点の外観

当県の場合、よろず支援拠点にもITやマーケティング、生産管理に詳しいコーディネーターが配置されており、企業からの相談にも対応しています。ただ、よろず支援拠点の場合、それ以外の経営相談などにも数多く対応していることから、IT関連にフォーカスしてきめ細かくある程度継続的に支援していくのはリソース的に限界もあります。他方、商工団体の場合は、企業のデジタル化を支援するスタッフや事務局のメンバーにITやDXに関する知識があまりなく、担当企業に説得力のある説明ができない、という悩みをよく耳にします。
このため、よろず支援拠点の支援員の手に余る場合、スマート化センターに相談者を連れてきてもらって引き継ぐ、逆にセンターのセミナー情報の周知をご協力いただくなど、適宜連携しています。また、商工会主催のセミナー等で講演をさせていただくなど、まさに横のつながりで地元企業の応援・支援をしています。

経営者の自発的な学び合いが生まれた 若い世代の熱意も起爆剤に

―――佐賀県はなぜ、全国の自治体に先駆けた取り組みができたのだと思いますか。

人口流出への危機感が最大の要因ですが、県知事が先進的な取り組みに非常に積極的な点も、恵まれていたと思います。県の厳しい財政状況のなか、福祉などの既存分野にDX支援の予算を「上乗せ」するのは正直負担も大きいので、国から地方創生事業の1つに採択され、財政支援を受けていることも、後押しになっています。
予算に対するKPIを明確化したい、という思いもあるのですが、マッチング件数などの数値目標はあえて設定していません。数字が先走ると、支援の中身が疎かになりかねない面もありますから。

―――DX支援を始めてから、地元企業に変化は表れていますか。

地元向けのITフェアの様子

佐賀県鹿島市で今年5月、民間企業の経営者数名が、独自のDX研究会を立ち上げられました。当初は「地域のために何かしたい」という50~60代の方が中心でしたが、今では30名ほどが研究会に参加をされ、定期的な意見交換会では20代の若者が地元への熱い想いを語っていました。具体的な動きがどんどん進む様子を、私も目の当たりにし、先日の10月10日の「デジタルの日」には地元向けのITフェアを開催されるなど、意欲的な活動をされています。県の施策とは別に、経営者同士の自発的な学び合いが生まれつつあるのは嬉しいですし、私たちもぜひ後押ししていきたいです。また、大学や研究機関などとも連携できたらいいですね。

聞き手:大嶋寧子
執筆:有馬知子

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