リスキリングの新しい潮流、「アウトスキリング」
明らかになった、アウトプレースメントサービスの限界
コロナ禍を受けて、米国では飲食や小売、運輸などを中心に大手企業の倒産やレイオフが相次いでいる。多くの企業がダウンサイジングを選択しなければならない状況で、企業向けの新たなサービスとして新たに注目が高まっているのが、アウトスキリングだ。アウトスキリングは、レイオフまたはその危険性が高い従業員に、デジタル分野などの成長産業への就職に役に立つスキル教育を実施し、新しいキャリアの形成を支援することを指す。具体的には、労働市場で需要の高いスキルのトレーニングと認定、コーチング、職業紹介などを組み合わせて提供されることが多い。
アウトスキリングへの関心は、コロナ禍が始まる前、2019年頃より徐々に高まる様子を見せていた。背景には、デジタル化の進展による自動化により、大量の人をレイオフしなければならない場面が想定される状況で、これまでのようなアウトプレースメントサービスでは、仕事を失う労働者、企業の双方にとって不十分という認識が高まってきたことがある。通常のアウトプレースメントサービスでは、面談や履歴書のレビュー、職業紹介などが行われるものの、労働者のスキル開発は行われない。そのため、労働者が労働市場で需要が低いスキルしか持っていない場合、ふたたび良い仕事に就くことが難しかった。さらに、レイオフする企業にとっても、会社に残る人の士気が下がる、地元での評判が低下するなどのダメージが生じる懸念があった。
個人にも企業にもメリットをもたらすアウトスキリング
これに対してアウトスキリングでは、対象となる労働者が労働市場で競争力のあるスキルを習得する機会が提供されるため、労働者はレイオフされても、代わりに新しいキャリアをスタートする機会を手にすることができる(※1) 。会社もまた、地元の消費者や採用候補者の評判を維持し、会社を離れる人との関係も良好な形で継続することで、再雇用のためのタレントプールを形成できる(※2) 。
企業のアウトスキリングへの関心も高い。学生及び社会人向けにオンライン教育を提供するペンフォスター(Penn Foster社)が、2020年1月に経営者に対して行った意識調査(※3) によれば、80%のCHROがアウトスキリングを組織にとって望ましい取り組みと評価しており、40%の企業が実際にアウトスキリングプログラムを運営していた。
Amazonのアウトスキリングプログラム
アウトスキリングの先駆的な取り組みとして知られているのが米Amazonの「キャリアチョイス」だ(※4)。キャリアチョイスは、社外でのキャリアを検討する配送センターの従業員向けのスキルアップ支援として2012年より提供されている。要件を満たす従業員は、労働市場で需要が高い仕事に就くために役立つ訓練を受講することができ、その受講料のうち年間最大95%が支給される。同社のWEBサイトによれば、対象者が参加しやすいよう、多くの講座が、アマゾン施設の専用教室で開催されており、コンピューターサポートスペシャリスト、WEB開発者、看護師、航空機整備士、商用トラック運転手、パラリーガル/リーガルアシスタント、ITセキュリティアシスタント、ネットワーク技術者などのキャリアパスに関わるコースが提供されている(※5)。キャリアアセスメント後、スキル分析や本人希望をもとにコースを選択し、電話相談なども受けながらスキル習得を行うことができ、ペンフォスター社が運営を担っている。
EdTechのユニコーン企業が立ち上げたアウトスキリングのプラットフォーム
米国で、アウトスキリングサービスのプラットフォームを提供し、EdTech分野のユニコーン企業として注目を集めているのがギルド・エデュケーション(Guild Education)だ。2015年に設立された同社は、学生集めに高いコストをかけてきた大学から手数料を徴収し、企業の福利厚生ツールとして大学の質の高いオンライン教育を提供するビジネスモデル(※6)を通じて、学位や資格を持たない人の学習機会を創出してきた。例えばWalmart社は、ギルド・エデュケーションと提携し、従業員が働きながら、1日1ドルでコーチングを受けながら大学学位、熟練工の卒業証書、専門資格、高校の卒業証書を取得できるプログラムを提供している (※7)。
同社は2020年5月8日に、企業を解雇された人に対してリスキリングの機会を提供し、新たな就業先につなぐプラットフォームとしての「ネクストチャプター(Next Chapter)」を立ち上げた。ネクストチャプターでは、さまざまな学術機関やトレーニング提供者と連携して、①マッチングアルゴリズムとコーチングを通じたキャリアアセスメントとナビゲーション、②訓練プログラムの提供、③サポートサービス、④キャリアサービス(職業紹介、履歴書作成や面接指導)など、仕事を失う人が次のキャリアに移行するための包括的な支援を提供している。
AIがアウトスキリングの効率性を高める
レイオフされた労働者やその危険性の高い労働者に対してアウトスキリングを行う場合、労働者に身につけてもらうスキルは、賃金上昇や次のキャリアに確実に結びつくものである必要がある。そのためアウトスキリングに関わる主要なサービスでは、労働市場で需要の高いスキルの特定や、個人のスキルの評価などで幅広くAIが活用されている。
例えばカナダのFuture Fit AI社は、「キャリアのGPSを提供する」という標語を掲げ、AIを活用したさまざまなキャリア支援を提供している。なかでもアウトスキリングに関しては、何百万もの履歴書と求人情報のデータを解析し、レイオフされた労働者が次のキャリアで成功するために必要なリソースを確実に持てるよう、包括的なサポートを提供している。そのなかには、AIが履歴書を解析し、労働者の性格、価値観、個人の関心に基づくキャリアパスを提示するサービスや、需要の高いスキルや自動化予測など労働市場の「今」に関わる情報の提供、新たなキャリアへの移行に役立つ学習プログラムやリソースの提供などが含まれている。
図表 Future Fit AI社のアウトスキリングサービス(Future Fit AI社WEBサイトより)
レイオフを前向きな経験に転換する
本稿執筆時点でもコロナ禍は各国に大きな経済的損失をもたらしている。さらにコロナ禍により、企業のデジタル・トランスフォーメーション(DX)が加速しており、労働市場で仕事を得ていくために、何らかのデジタルスキルが必要とされる傾向は強まっていくと考えられる。
アウトスキリングにあらためて注目が集まる背景には、今後も、大量のレイオフが発生しかねない状況で、そのレイオフをより前向きな経験へと転換する具体的な手段を提供する必要性が高まっていることがあるといえるだろう。もちろんそれは簡単ではないが、AIの活用や多様な学習プラットフォームの存在が、その実現可能性を高めていることも事実だ。アウトスキリングが、これまでのアウトソーシングに代わるサービスとして定着していくのか、そのサービスは日本でどのような形で採用されうるのかが注目される。
(執筆|後藤宗明、大嶋寧子)
(※1) Allison Dulin Salisbury, “The Rise Of Outskilling: Why Are A Growing Number Of Employers Preparing Workers For Their Next Job?”,Forbs https://www.forbes.com/sites/allisondulinsalisbury/2019/11/18/the-rise-of-outskilling-why-are-a-growing-number-of-employers-preparing-workers-for-their-next-job/?sh=2c262f06eb60,
(※2) “The rise of outskilling: a new lifeline for the post-COVID economy” , May 18, 2020,Chied Lerning Officer https://www.chieflearningofficer.com/2020/05/18/the-rise-of-outskilling-a-new-lifeline-for-the-post-covid-economy/
(※3) https://www.whiteboardadvisors.com/sites/default/files/Employer%20Perspectives%20on%20Outskilling.pdf
(※4)キャリアチョイスの内容はAmazonウェブサイトによる。
(※5)https://www.aboutamazon.com/news/operations/turning-jobs-into-careers-and-creating-even-more-opportunities
(※6) FORBES JAPAN「エドテックのユニコーン、成功の秘訣は「学校にお金を払わせる」」 https://forbesjapan.com/articles/detail/33058
(※7)https://corporate.walmart.com/newsroom/2019/06/04/three-inspiring-stories-of-associates-in-walmarts-1-a-day-college-program-live-better-u