世界経済フォーラム「ジョブリセットサミット」で示された、リスキリングのこれからの課題
包摂的で持続可能な社会への鍵としての「リスキリング」
2020年は、それまでの格差の拡大、テクノロジーによる仕事の自動化に重ねて、新型コロナウイルス感染症の流行が世界経済と雇用を大きく不安定化させた。こうしたなか、世界経済フォーラムは2020年10月に「ジョブ・リセット・サミット」を開催した。同サミットでは、世界的な危機が収束したあとに目指すべきはコロナ前の世界への復帰ではなく、もっと公平で持続可能な経済、組織、社会、職場であるべきだという問題意識のもと、人類の叡智、テクノロジー、革新的な政策、市場の力を総動員し、新しい社会を形成するためのアジェンダを見出すことが目指された。
このサミットの4つの議題の1つとされたのが、「教育、スキル、生涯学習」である。デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速により、労働市場で求められるスキルが急速に変わりつつあり、一時的なはずの失業が長期化するリスクが高まっている。このような状況を回避するために、本サミットではリスキリングやアップスキリングの機会をどうやって労働者に提供していくべきか、将来の労働者となる若者や子どものためにいかに教育コンテンツを見直し、届けていくのかについて広く議論された。
以下では、「教育、スキル、生涯学習」に関わるセッションの中でも、多様なステークホルダーが参集し「リスキル革命への動員」への参加報告を通じて、地球規模でリスキリングを実現していくために、何が課題とされているのかを紹介したい 。
図表 ジョブ・リセット・サミットの4つの議題
出所:ジョブ・リセット・サミットWEBサイト(https://www.weforum.org/events/the-jobs-reset-summit-2020/about)より筆者作成
政労使連携による失業者のリスキリング
デンマークの雇用大臣ピーター・フメルゴー氏は、パンデミックを受けた同国のリスキリングへの取り組みを紹介した。デンマークではコロナ禍により失業者が増加しているが、同国政府は仕事を失った人に対し、今後数年かけて、労働市場で必要とされるスキル形成に投資をしていく方針である。また同国では、パンデミック後に2つの野心的な政治的協定が締結され、これによりデンマークのすべての労働者、とりわけ低スキル労働者や新卒大学生、起業家を含む、すべての労働者に訓練を提供するための13のイニシアティブが開始されている。さらに、より多くの労働者が雇用吸収力のある産業に移行できるよう、低スキルの労働者や時代遅れのスキルを保有する失業者が、労働市場でニーズのあるスキルに関わる職業訓練を受講した場合に、失業給付を10%上乗せする措置を取っているという。
オンライン学習発展のための4つのポイント
アラブ世界のオンライン学習プラットフォームEdraak for Training&Social Developmentの最高経営責任者であるシャリーン・ヤコブ氏からは、オンライン学習の役割と一層の発展に向けた課題について説明があった。同氏によれば、オンライン学習はリスキリングのスピードを高める最もパワフルな手段であり、ロックダウン期間中の人々の学びを支える役割を果たしている。一方で、オンライン学習のさらなる発展には一層のテコ入れが必要であり、具体的には①官民、市民社会の協働によるリスキリング革命の実現に向けた投資、②オンライン学習プログラムの設計や実施のための世界的基準の確立、③Ed-tech領域へのさらなる投資、④基礎的なインターネット接続の「人権」としての位置づけが鍵であると述べた。さらに同氏は、労働者の学びやこの分野での起業、投資を促すためには、民間セクターがオンライン学習システムの提供する資格情報を承認することも重要であると指摘した。
強調された官民連携の必要性
PwCグローバルチェアマンのロバート E.モリッツ氏は、企業は100%の雇用保障をすることはできない半面、従業員にリスキリングを行う義務があること、そのために従業員に①学習時間、②学習コンテンツや機会、③スキルを使う場を提供する必要があると述べた。また、政府が資源配分においてリスキリングの優先度合を高く保つよう、ビジネスセクターやその他のステークホルダーが声を挙げ続ける必要があることや、官民連携(Public Private Partnership、以下PPP)により、人々のインターネット接続、ハードウェア環境の確保、学習すべき内容、教師の確保を手助けする必要があることなどを強調した。
デジタル・ディバイド解消の必要性
国連児童基金(ユニセフ)事務局長のヘンリエッタ H.フォア氏は、教育の課題を指摘した。発展途上国では良質な雇用機会が少なく、子どもたちの将来にとって、リーディング、算数、起業家スキル、職業スキル、デジタルスキルの習得が極めて重要であり、教育の中心にスキル形成を置く必要がある。また、情報機器にアクセス可能な人とそうでない人の間で生じる格差(デジタル・ディバイド)を解消するためには官民連携が極めて重要であるとして、ベトナムやバングラデシュなどでの事例を紹介した。このほか、デジタル・ディバイドの影響を受けやすい女性や女子のリスキリングを行うために、有給の育児休暇やファミリーフレンドリー政策、STEM領域でのキャリアを魅力的にする取り組みが必要であると説明した。
官民連携による訓練システムの構築
インドの全国技能開発公社(以下、NSDC)でマネージングディレクター兼最高経営責任者を務めるマニッシュ・クマール氏は、官民連携による質の高い訓練システムの構築への取り組みを紹介した。2008年に設立され、官民双方が出資するNSDCは、全国の約600の企業と訓練パートナーシップを結び、通常時は500万人にリスキリングを行っている。コロナ禍により2020年3月にサービスを停止したが、デジタル移行により平年の半分の人への研修を確保し、デジタルプラットフォーム上で国内外の12のパートナーと連携して5000コースを提供している。コロナ禍により、多くの人がオンライン学習を行うようになったものの、コロナ禍で事業継続が難しくなった訓練パートナーがおり、支援を行っているという。
進化する学びのプラットフォーム
オンライン学習のプラットフォームを提供するコーセラの最高経営責任者ジェフ・マッジョンカルダ氏によれば、同プラットフォームは150の大学と連携して講座を提供しているほか、IBM、AWS、Facebook、Salesforceなどの産業パートナーと提携し、仕事に直結するスキルを学べるプログラムを展開している。同氏によれば、リスキリングではスピード(Speed)、規模(Scale)、変化への機敏さ(Agility)が重要であり、最近の事例としてNY州における、新型コロナウイルスの感染経路のトラッキングスキルを学ぶ講座のケースを紹介した。この講座は、開講決定から4週間あまりでジョンズ・ホプキンス大学によって開発されたのち、コーセラ上で無償リリースされ、4週間で40万人が受講したという。
このほかにマッジョンカルダ氏は、オンライン学習環境の格差の問題にも言及した。米国の場合、学習スペースやインターネットへの接続、デスクトップPCを確保できない人も多いため、モバイル端末を利用し、オフラインで学習できることが極めて重要である。そのため、コーセラはZoomと提携し、ブロードバンドでなくてもアクセス可能な、サイズダウンしたバージョンの利用を推進しているという。
リスキリング革命の実現には、まだ多くの課題が残ることを示したセッション
世界経済フォーラムは2020年1月のダボス会議で、第四次産業革命に対応したスキルを身につけるために、2030年までに10億人に対し、より良い教育やスキル、仕事を提供する「リスキリング革命」を立ち上げた。その9カ月後、様々なステークホルダーが参集した本セッションでは、世界全体でリスキリングを進めていくために、依然として多くの課題が残されていることが指摘された。
本セッションで取り上げられたオンライン学習の一層の発展、企業による従業員のリスキリングの推進、官民のさらなる連携、デジタル・ディバイドの解消などの課題は、日本にとっても他人事ではなく、今後リスキリングに関わる政策や官民連携の形を考える上での、重要な論点となるだろう。
(執筆:後藤宗明、大嶋寧子)
(※1)2021年1月には、世界経済フォーラムのダボス・アジェンダでリスキリングに関わるセッションが設けられ、世界経済フォーラムとPwCとの共同研究レポートの報告や、世界の5,000万人にリスキリングを実施し、新しい仕事への移行支援を行う取り組み、スキルの共通言語化を構築する取り組みなどが紹介された。ただし今回は、リスキリングを巡る多様な課題が示された2020年10月のジョブ・リセット・サミットでの議論に注目し、そこでのポイントを紹介する。