早期離職の「大企業ボーナス」が消える日──古屋星斗

2020年12月22日

若年労働を語る際に必ず議論になる「早期離職率」。初職就業後3年以内の離職率を厚生労働省が毎年公表している。今回はこの早期離職率の直近の動向から、「大手企業の早期離職率だけが上がっている」ことを確認したうえで、離職後の状況を検証する。

大手企業の離職率だけが上がっている

図表1に大学卒者の早期離職率の推移を整理しているが、赤線の大手企業(1000人以上)への入職者の早期離職率が2009年卒から一貫して上昇していることがわかる。2009年卒では20.5%であったが、直近2017年卒は26.5%まで上昇している。比較のために、中堅企業(500~999人)も表記しているが、こちらはリーマンショック後の2011年卒以降はほぼ変化がない。全体の結果も同様である。
また、過去2004年卒で記録している最高水準と比較してもわかりやすい。赤線の大手企業(1000人以上)のみが過去の最高水準と並ぶ一方で、全体や500~999人では最高水準と比べ4%ポイント程度低い。

図表1:大学卒者の早期離職率の推移(※1)
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結果として、「大手企業」と「中堅企業」や「全体」との間にあった“早期離職率の差”が徐々に埋まりつつある。なお、全体との差については統計が存在している2003年卒以降で直近の2017年卒が最も小さく、その差は6.3%ポイントであった(図表2)(※2)。特にここ5・6年で急激に差が縮まっている。

図表2:「全体」-「1000人以上」の早期離職率
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元来大手企業では給与水準も高く、教育訓練機会も充実し、倒産等のリスクも低いため、定着率が高かったはずである。しかし現在の状況は、こうした新卒定着における「大企業ボーナス」が日本社会において消滅しつつあることを示唆している(※3)(※4)。
その背景には、人生100年時代の到来といった社会変化から、仕事に対する価値観の変容、いわゆる“ジョブ型”雇用・専門家志向の高まり、そして副業・兼業の容認や転職市場の確立まで、大小様々な要因があると考えられよう。

大手企業を離職した若者の14.1%が中小企業へ転職

では、大手企業を退職した若手はどのようなキャリアを歩もうとしているのだろうか。この点に注目したデータは少ないが、リクルートワークス研究所が2020年に実施した若手社会人向け調査を援用して分析した結果、図表3のような結果となった。
大手企業を退職した若手(ここでは29歳以下)のうち、実に20.3%が1000人未満の企業へと転職しており、また、14.1%は300人未満の中小企業に転職していることがわかる。およそ7人に1人が、一般に“有名・人気企業”と言われることも多い大手企業から、中小やベンチャーといった規模の小さな会社へ転じているということだ。

図表3:大手企業(1000人以上企業)退職後の若手の現職企業規模 (※5)
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また、年代で見た場合にも、若手の大手→中小企業横断の傾向が高まっている可能性がある(図表4)。近年就職した29歳以下の若手層とその上の30~39歳の層では、大手企業離職後の就職先の規模が異なっている。29歳以下の若手では実に62.3%が初職よりも小規模の企業に転職した、と回答している。30~39歳では42.8%である。もちろん、この「小規模の会社」は初職との比較での「小規模」であり、1万人を超える企業から5000人の企業へ転職した、というケースも含まれるだろう。また、若手が大手を退職する際にスキルや専門性が低いために小規模な会社にしか就職できない、といった理由もあるかもしれない。
しかしながら図表4の結果は、中小・ベンチャー企業へ転ずる、という「企業の規模にこだわらない」選択肢が広がりつつあることを示唆するものではないか。

図表4:転職後の企業規模間移動の状況(※6)
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「大企業ボーナス」が消滅するとき

3年以内の早期離職が本当に問題になるのは、離職後に失業したり、不安定な就業状況になる場合である。大手企業を3年以内に退職したとしても、自身のキャリアの方向性を確信し、これまでと違うフィールドに挑戦していく若手には何の問題もない。
他方で、「大企業ボーナス」を失うこととなる大手企業としては、どうすれば優秀な若手社員のコミットメントを上げることができるのか、という新たな問題に直面していくこととなる。これまでの“若手”に退職が少なかった理由は、これからの若い世代には通用しないのである。
新卒定着における「大企業ボーナス」は、日本型雇用慣行を背景としてこの数十年間にだけ生まれた偶然の産物であり、雇用制度の変化と共に、消滅していく可能性が高いだろう。

(※1)厚生労働省, 「新規学卒者の離職状況」より筆者作成、図表2も同様。比較を容易にする観点から縦軸を20%~38%として表記。
(※2)また、好景気下においても状況は異なり、2003年以来の景気回復が続いていた2007年大卒でも大手企業の早期離職率が22.4%であったことがあり、一概に「好景気下だと大手企業の早期離職率が上がる」という関係があるわけではない。
(※3)同様の傾向は、「高卒」、「短大等卒」においても見られており、別途検証が必要である。
(※4) なお、本稿では理由の検討には踏み込めていないが、大手企業における女性採用比率の向上が理由の一つにある可能性がある。近年は差が縮まりつつあるものの早期離職率に男女差があることは検証されているためである(2013年卒で10%ポイント前後)(小杉礼子,2017, 大卒者の仕事の変容,高等教育研究,2017年20巻p.71-92)。ただし、この「女性の早期離職率が高いこと」については、むしろ「女性の初職が規模の小さい企業が多い傾向があった」ことが理由である可能性もあり、検証が必要であろう。
(※5)リクルートワークス研究所,2020,「若手社会人のキャリア形成に関する実証調査」結果を筆者が集計したもの。調査は初職正規雇用者、29歳以下、大学・大学院卒、就業経験3年以上の個人が対象。サンプルサイズ2126。図表3の集計では、初職の企業規模が1000人以上の者のうち、転職経験があるものについて現職規模を集計したもの。現職が無職の者を除く。
(※6)リクルートワークス研究所,全国就業実態パネル調査2020より。最終学歴が大学卒の者のうち、初職の企業規模が1000人以上、過去転職回数が「1回」の者についてウェイトXA20を用いて集計。サンプルサイズ573。なおサンプルサイズが小さいため、差の検定(t検定)の結果、「小規模への移動」の割合の差は1%水準で有意であった。

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