「第2次PISAショック」来る。PISAの結果を我々はどう使いこなすべきか──古屋星斗

2020年01月27日

OECDが実施するPISA調査。15歳の中等教育終了段階にある者(日本では高校1年生が対象)に対する国際的な学習到達度調査として2000年より開始され、直近のPISA2018で8回実施されている。そのPISA2018の結果は昨年末に公表されたが、日本の順位の低下、特に読解力の順位低下を危惧する論調であふれかえったことは記憶に新しい。15年前に起こった“PISAショック”にちなんで、さっそく「PISAショックふたたび」と報じるメディアもあったほどである。

さて、私は3年に一度、PISAの結果が出たときには各国の受け止めも同時に確認するようにしている。“PISAショック”の本場であるドイツ、PISAでその教育メソッドが見直されたフィンランド、近年急激に順位を上げている中国。受け止めは多様である。その中で、アメリカは実はPISAのスコアは芳しくない。PISAのスコアはOECD加盟国生徒の平均得点が500点となるよう換算されているが、読解力は500点前後(日本は498~538点とムラがある)、数学的リテラシーは470~490点前後(日本は530点程度)、科学的リテラシーはおおよそ490~500台である(日本は530~550点程度)。

今回のPISA2018の結果を受けアメリカの主要紙において、「PISAが世界に幻想を売っている」とする記事が出ていて興味深く読んだ(※1)。アメリカはPISAスコアが停滞しているが、そもそもPISAスコアは経済社会的に裏付けのないスコアであり、一面的な能力観の押し付けであり幻想であるという主張である。この主張の論拠として「PISAスコアは経済成長になんの関係性も見いだせない」という節があった。本当だろうか。今回はこの点について、確認することで、PISAの見方を少し深く考えてみたい。

PISAスコアと経済成長

PISAスコアと経済成長を比較するためには時差を取る必要がある。高校1年生が社会人となり、その後経済社会に参入し寄与するためには年数がかかるためである。今回は便宜的に、OECD加盟国についてPISA2000とPISA2003の3分野結果の平均スコア(※2)と、2005年に対する2018年の経済成長率(※3)を比較した(※4)(図表1)。
こう整理するといくつか判明することがある。

第一に、両者には関係性が見いだせないということだ。相関係数は0.059であり有意な相関はない。見た目にもバラつきが大きな分布図になっている。スコアが高く経済成長している国(オーストラリア、韓国、ニュージーランド等)も、スコアが低く経済成長している国(ルクセンブルク、ポーランド、アメリカ等)もあるということだ。
第二に、両方とも低いという左下の集団には一時期広く“PIGS”と呼ばれた4カ国(ポルトガル、イタリア、ギリシャ)が入っていることがわかる。この4カ国だけを見ると、PISAスコアには一定の説得力があるようにも思える。
第三に、我々にとって最も重要なことだが、日本のポジションの特異性である。PISAスコアは高いが経済成長率は低い。

図表1:PISA2000・2003スコアの平均値(横軸)と2005年→2018年の経済成長率(縦軸)001.jpg

同様に、PISAのスコアと労働生産性(※5)の伸び率(2005年→2018年)について比較をしてみよう(図表2)。こちらも分布の見た目からバラつきが大きく、その相関係数は0.0079と係数は図表1の場合より更に低下し、両者に有意な関係性は見出すことができない。
また、各国のポジションから見れば、日本の位置は図表1同様に右下に位置しており、これは「PISAスコアが高かったが、労働生産性の伸び率が低い」ということを示している。

図表2:PISA2000・2003スコアの平均値(横軸)と2005年→2018年の労働生産性伸び率(縦軸)002.jpg

なお、当然のことであるが、人口はその国の経済成長に大きな影響を与える。人口の要素を導入した簡単な重回帰分析によりPISAスコアの影響を見てみよう。

図表3 経済成長率(2005年→2018年)を被説明変数にした重回帰分析の結果(※6) 003.jpgやはり、PISAスコアとの関係性は確認できなかった。人口増加率は1%水準で有意な正の結果となっており、高い関係性が伺われる。経済成長率との相関係数も0.59と高い相関があることがわかる。

「PISAランキング」から我々は何を受け取るべきか

最後に、PISAそのものが調査しようとしているものについて触れたい。PISAは読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーという3つの分野について実際に調査をしている。しかしPISAは単なる“国際比較できる学力テスト”として3つの分野を調査しているわけではない。単なる知識や技能の高低といった学習の指標に留まらず、自身の能力を使いこなせるか動機づけができるか、といったこれからの社会で生きていくのに必要な力、「コンピテンシー」がPISAの概念的な枠組みとして存在している(※8)。

OECDは20世紀末に実施されたプロジェクトグループ「DeSeCo」において「コンピテンシー」の議論を深め、その中でも特に重要なものを「キー・コンピテンシー」として整理した。
①社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する力
②多様な社会グループにおける人間関係形成能力
③自立的に行動する能力
PISAはこのうちの①のキー・コンピテンシーについて計測するものとされている(※9)。順位やスコアがつくために勘違いされがちであるがPISAは単なる偏差値型の学力テストではなく、これからの社会で必要な能力の検証のための装置であるということは留意する必要があるだろう。他方で、同時に注意するべきは、OECDのPISAやその概念的背景となるキー・コンピテンシーについては、“経済上・社会上のアウトカムとの関係についての検証を元に設定された尺度ではない”ということである。

本稿の結果からは経済成長率や労働生産性の伸びというアウトカム指標との関係がなかったことを確認できたとおり、PISAは冒頭のアメリカ主要紙の報道の通り「幻想」である可能性もある。もちろん、その背景にあるキー・コンピテンシーの概念自体は策定からおよそ20年の時を経てその説得力はいまだ全く色あせていない。つまり重要なのは、PISAランキングやスコアが上がった・落ちた、ということではなく、自国の子どもたちが新たな社会で生きる力を身に着けているのかを多角的な視点から確認し、自国の政策を見直すことである。

そうした多角的な視点のひとつとしてPISAは見るべきであるし、何らのアウトカム指標との関係も立証できていない以上PISAのランキングや点数が下がったこと自体を嘆くのは無意味でもある。PISA調査では3つの分野のテスト以外に、学習動機やICT活用、家庭環境などといった多数の項目の調査も行っている。日本において、低かった者と高かった者の差は何が原因なのか、動機はどう生まれているのか、そして日本の特徴でもある「レベル5(最も習熟度が高い)の生徒が少ない」傾向は何故起こっているのか。PISA調査で蓄積された多くのデータを学校現場の知見と合わせ、より良い教育の在り方を模索していく使い方こそが求められているのではないだろうか。

 

(※1)ワシントンポスト,“Expert: How PISA created an illusion of education quality and marketed it to the world”,2019年12月4日付
(※2)文部科学省,国立教育政策研究所の結果概要より作成。平均は読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーの3分野を2年分加算し6で除して算出。
(※3)当該期間の経済成長率はIMF統計値の名目GDPについて2018年の2005年対比で算出。
(※4)OECD加盟国でPISA2000・2003双方に有効な結果を持つ26カ国を対象とする。
(※5)日本生産性本部,『労働生産性の国際比較』より。1人あたり労働生産性について2018年の結果と2005年の結果(購買力平価換算、USドルベース)を比較し算出している。
(※6)OECD加盟国でPISA2000・2003双方に有効な結果を持つ26カ国を対象とする。
(※7) 当該期間の人口増加率はIMF統計値の2018年の人口の2005年対比で算出。
(※8)中央教育審議会答申(平成20年)には、「主要能力(キー・コンピテンシー)は、OECDが2000年から開始したPISA調査の概念的な枠組みとして定義付けられた。PISA調査で測っているのは『単なる知識や技能だけではなく、技能や態度を含む様々な心理的・社会的なリソースを活用して、特定の文脈の中で複雑な課題に対応することができる力』であり、具体的には、①社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する力、②多様な社会グループにおける人間関係形成能力、③自立的に行動する能力、という3つのカテゴリーで構成されている」と記載がある。
(※9)当該関係については以下の論稿に詳しい。松下佳代,2011,“〈新しい能力〉による教育の変容-DeSeCoキー・コンピテンシーとPISAリテラシーの検討”,日本労働研究雑誌,614号。

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