女性活躍のために、介護制度の拡充急げ 茂木洋之

2019年01月23日

今後も増加が見込まれる介護需要

高齢化とそれに伴う要介護者の増加は先進国共通の課題であり、中でも日本は高齢化のスピードが速く、その対応に注目が集まっている。2000年に介護保険制度が導入されて以来、要介護(要支援)者の認定者数は継続して増加しており、今後も増加が予想される(図1)。特に団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2023年頃を境に、介護サービスへの需要は大きく増加する可能性が高い。

図1要介護(要支援)認定者数の推移item_works03_motegi02-2_190122_01.jpg

以前より介護の主な担い手は女性である。長男の妻が、親を介護するという図式が典型と言える。確かに介護保険制度の導入により、家族介護の負担は軽減した(Sugawara and Nakamura(2014)やFu et al. (2017) (※1))。例えばここ10年で家族介護の割合は若干の減少傾向にあると言える(図2)。とはいえ主な介護者のうち58.7%は同居人であり、そのうち配偶者は25.2%、子供や子供の配偶者は31.5%と、未だに家族内での介護は多い。更に同居していなくとも、要介護者の家の近くに住んで介護している場合もあるだろう。
少子高齢化や加速する人手不足のため、能力のある女性の労働市場での活躍はますます必要となっている。しかし離職の理由として介護を挙げる人は多い。2017年の就業構造基本調査によると、2012年10月以降に「介護・看護のため」前職を辞めた人は約49.8万人(男性12.5万人、女性37.3万人)いる。この人数は50歳以降の人に多い。働く意欲のある女性、または高齢者が、家族の介護のために仕事を辞めるという状況は極力防ぐ必要がある。家族介護と就業という選択は両立し得るだろうか。本コラムでは最新の研究をレビューすることで考えてみたい。

図2主な介護者が同居人の割合item_works03_motegi02-2_190123.jpg

介護の労働供給への因果推定は困難

普通に考えれば介護には時間がかかるため、働く量を減らすことになる(つまり完全な両立は難しい)。一方で労働時間を変化させることなく、余暇時間で対応することも考えられる。更に介護費用を捻出するためにより長時間働くという可能性もある。よく考えると介護が労働に与える影響は簡単には判断できない。
また介護により労働時間が減少するという結果が得られたとしても、それが本当に因果関係を表現しているかをデータからはっきりと読み解くのは意外と難しい。例えばもとから労働時間の少ない人が介護をしている可能性もある。(※2)仮に働く意欲のない人や、機会費用の低い人が介護しているだけならば、介護制度を拡充しても労働参加は望めないだろう(もちろん精神的な負担を軽くするなどのメリットは考えられる)。この場合は限られた政府予算を考えると、介護を家族に委ねるというのはある程度許容される。充実した介護制度には多大なコストがかかり、労働参加の促進というベネフィットとコストがつりあっているかを定量的に分析する必要がある。より良い介護保険制度などを設計する際に、介護の実施が労働供給にどのような影響を与えるのか、という視点は不可欠なのである。

この因果関係を厳密に推定するために、国内外を含めて多くの研究が生まれて来た。日本国内のデータを使用した論文のサーベイとして山田・酒井(2016)があり、興味がある方は参考にして頂きたい。結論としては、「①介護は労働供給を減少させる場合が多いが、研究によってインパクトの大きさはかなりばらつきがある。②要介護度によってインパクトは異なる。③男性よりも女性の方が介護の影響を受けやすい」というものとなっている。(※3) しかしここ1年程度でこれらの結論とは若干異なる論文が登場している。

労働供給への影響は軽微だが、楽観はできず
ここで最近出版された、Oshio and Usui (2018)を紹介しよう。この論文は従来の結果と若干異なるものとなっている。彼らは親の介護が娘の労働供給に与える影響を分析している。厚生労働省の中高年者縦断調査(2008〜2014)を用いて、また固定効果操作変数法といった計量経済学の手法を用いて推定している。サンプル数の多い大規模なパネルデータを使用し、堅実な計量手法を採用しているため、分析結果の信頼性は高いと言える。結果によると、「①家族介護により非就業となる確率は3.2%と従来の研究と比較して低い。②労働時間や労働日数に与える影響は観察できない。③介護は心理的負荷を介護者にかけるものの、それは就業との両立に感じているものではない」というものとなっている。 (※4)つまり家族介護は、家族への影響という視点からすると、従来の研究結果程は問題ではないと言える。(※5)

以上の結果から、介護は家族に委ねるべきというのは早急である。まず非就業確率は上昇するが、労働時間や日数は変化しないという結果は、女性が介護により柔軟に労働を調整できていない可能性が示唆される。つまり介護をしなくてはならない場合、会社をやめるか、続けるかという二択になっている可能性がある。介護休業を取得するハードルを下げるなどの企業努力も引き続き必要だ。
また彼らのデータからはそもそも日本の高齢者の女性は、労働時間が米国などと比較して短く、負担の少ない仕事に就いている場合が多いこともわかっている。日本は先進国の中で女性の社会進出が遅れ気味だが、そのような状況が反映された結果と言える。介護の必要性は50代になってから増加する。30、40代の女性の就業率は育児政策の充実などにより、日本でも上昇傾向にある。彼女らが50代となり親の介護が必要となったときに、よりよい介護政策を提言するためにも、今の内から充実したデータに基づいた高質な議論が望まれる。

※1)Fu et al. (2017) は2000年の介護保険制度が労働供給を促進させたことを示した。一方で2006年の改正で減少させたことを示した。
※2)計量経済学でいう「内生性」の問題である。
※3)山田・酒井(2016)では90年代のデータを含んだ研究も多いが、本コラムでは介護保険制度が導入された、2000年代以降のデータを含んだ研究を優先して考察している。
※4)より正確には、操作変数の第一段階推定が有意ではないため、固定効果法である。
※5)またNishimura and Oikawa (2017)でも同様の結果が報告されている。介護が労働参加、及び労働時間に与える影響は軽微である。彼らは操作変数に特別養護老人ホームの収容規模の地域差を使用しており、分析手法において、Oshio and Usui (2018)よりも信頼性が高い。一方でデータは「くらしと健康の調査」というデータを使用しているが、サンプル数や調査都市が限られており、データに関してはOshio and Usui (2018)に分があると言える。

参考文献
Rong Fu, Haruko Noguchi, Akira Kawamura, Hideto Takahashi, Nanako Tamiya (2017). "Spillover effect of Japanese long-term care insurance as an employment promotion policy for family caregivers" Journal of Health Economics (56), 103-112.
Nishimura Yoshinori and Oikawa Masato (2017). "Effects of Informal Elderly Care on Labor Supply: Exploitation of Government Intervention on the Labor Supply Side of Elderly Care Market" York Working Paper Series.
Oshio Takashi and Usui Emiko (2018). "How does informal caregiving affect daughters' employment and mental health in Japan?" Journal of Japanese and International Economies (49),1-7
Sugawara, S., Nakamura, J., (2014). "Can formal elderly care stimulate female labor supply? The Japanese experience." Journal of Japanese and International Economies. (34), 98-115.
山田篤裕・酒井正(2016)「要介護の親と中高齢者の労働供給制約・収入減少」経済分析第191号p183-212.

茂木洋之