今、求められる人事の「ゆらぎ」 奥本英宏
最近、「リクルート創業期の人・組織マネジメントの特徴」を調査する機会を得た。1960年の会社設立から20年ほどを創業期として、当時のボードメンバーが社内外に発信してきたコメントを収集し、リクルートを形作ったマネジメント思想を明らかにする取組みだ。
「週リク」と言われる社内報、周年誌、社外記事など、多くの情報が集まった中で、とりわけ「不均衡」「ゆらぎ」といった組織活性化のメッセージに強く興味を引かれた。
組織は「ゆらぎ」ながら変わっていく
「あいまいそのものを経営ポリシーにしている。企業はイノベーションのために絶えず現状をひっくり返すことが重要で、不均衡、不安定状態の創造こそが活性化の第一歩になる」。
経営ボードの一人、大沢武志が日経産業新聞の取材で語っていた言葉だ。普段は当事者意識を高める人材マネジメントに注目いただくことの多いリクルートだが、当時の経営ボードの発言からは、個人の主体的な取組みを組織の活性化へとつなぐ仕掛けを重視していたことがよく分かる。その鍵となるのが組織の中にあえて不均衡を生み出す、不均衡増幅のマネジメントだった。
散逸構造論でノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジンは、こうした不均衡やゆらぎによって引き起こされる秩序形成が、システムの自己組織化を促すことを発見した。企業経営の視点で考えれば、自己組織化は変化の激しい事業環境への適応を高める一つのプロセスと言うこともできる。所属する組織にゆらぎや不均衡が起きると、混乱から新たな秩序を確立しようと、メンバーは自立的・主体的に活動し始める。そこでは、組織が長年培ってきた既成の規範や価値観が揺り動かされ、自己革新へとつながっていく。均衡状態を崩すカオスの演出は、組織の活性化とアンラーニングを促し、新しい環境への適応を促進する。
組織の自己革新力を高める人事
現在の人・組織マネジメントを取り巻く状況を見渡せば、働き方改革、雇用改革、処遇制度改革など多くの改革テーマが溢れている。時間から付加価値の管理へとパラダイムを転換し、雇用の垣根を崩して人材を活かす新たな取組みが求められる。しかし、その一方で、コンプライアンスやメンタルヘルス対応の整備など、組織の不明瞭さや輻湊・混乱を低減しようとする慣性が強まっていることも事実だ。日常のマネジメントでは、事前にルールと対策を整えて、組織の混乱を最小限に留めることが重要事項となる。また、現場で問題が発生すれば、すぐに専門スタッフを投入してリカバリーの手を打ちたくなる。常に円滑に組織が運営されることは良いことではあるが、それだけでは現場の自己革新力は育まれない。ゆらぎは行き過ぎれば組織が崩壊してしまい、そのバランスを取っていくことは難しい。しかし、この変化の時代、整然と秩序だった組織マネジメントを確立することだけが人事の役割ではない。
ゆらぐ人事が組織を変える
環境への適応を重視する企業では、組織にゆらぎと不均衡を生み出すHRMの仕掛けが求められる。前述の大沢は、著書『心理学的経営』の中で、戦略的活性化のポイントを「一に採用、二に人事異動、三に教育、四に小集団活動、五にイベント」とした。そして、これらに共通するのは「カオスの演出だ」と語っている。異質・異能の採用や大胆な配属が組織の価値観にゆらぎを生み出していく。この採用・配属をとっても、今日では人事が戦略的に活用できる、多くのオプションが生まれている。シニア、外国人の採用や中核業務へのフリーランスの活用、社内副業や出戻り社員の積極的な受け入れなど、生まれつつある新たな潮流を活かさない手はない。人事のゆらぎが組織を変える。大きな改革が求められている昨今、変化への受け身を取るだけではなく、組織革新の機会として臨みたい。既成の規範や価値観をゆらがせる人事部門の取組みを応援していきたいと思う。
参考文献
田坂広志(2010)『まず、世界観を変えよ――複雑系のマネジメント』英治出版
涌田宏昭編著(1999)『複雑系の経営学―創造と崩壊から生まれる経営』税務経理協会
大沢武志(1993)『心理学的経営―個をあるがままに生かす』PHP研究所
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