「就活ルール廃止」を、心から歓迎したい。 豊田義博

2018年12月11日

「就活ルール」は、いったいいつから出来上がったのだろう。3月広報活動開始、6月選考活動開始、という現行ルールもそうだが、そもそも、いつルールになったのだろう。

経団連・中西会長が「おかしい」と発言したことから、一気に火が付いたように見える就活ルールの問題だか、この問題は、ずいぶん前から議論され、変更を重ねてきた問題だ。時計の針を少しずつ巻き戻しながら、今に至る経緯を確認していこう。

5年で3回ものルール変更

この就活ルールの根拠となっているのは、経団連が掲げている「採用活動に関する指針」の以下の一文である。

◎採用選考活動開始時期

学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため、採用選考活動については、以下で示す開始時期より早期に行うことは厳に慎む。

広報活動 : 卒業・修了年度に入る直前の3月1日以降
選考活動 : 卒業・修了年度の6月1日以降

では、現行の「3月広報活動開始、6月選考活動開始」というルールは、いつ定められたものかというと、2016年度からである。たかだか三年目のルールにすぎない。その前年、2015年度は、「3月広報活動開始、8月選考活動開始」であった。おまけに、そのルールは、たった一年間で改訂されている。

その前は、というと「12月広報活動開始、4月選考活動開始」だった。しかし、このルールもまた、2013年度、2014年度の二か年しか適応されていない。

その前のルールはというと、「10月広報活動開始、4月選考活動開始」であった。では、このルールはいつ制定されたのか。ここが問題だ。実は、経団連は、4月選考活動開始とは決めていないのだ。

倫理憲章に書き加えられた文言

「採用活動に関する指針」の前身である「新規学卒者の採用・選考に関する倫理憲章」の当時の文面は、以下のようなものである。

◎選考活動早期開始の自粛

卒業・修了学年の学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため、選考活動の早期開始は自粛する。まして卒業・修了学年に達しない学生に対して、面接など実質的な選考活動を行うことは厳に慎む。

この条文の中には、具体的な日程は記載されていない。しかし、実態は、ほとんどの企業が4月から採用選考活動を行っていた。正確にいうと、上記のような文言が制定されてからものの5年で、過半数の企業が4月から採用選考活動を行うようになった。

この文言が制定されたのは、2004年のことだ。就職協定が1997年に廃止され、倫理憲章が制定され、7年ほど経過した時のことである。では、1997年から2003年までの間、倫理憲章にはどのような文言が掲載されていたのか。それは、以下のようなものだった。

◎選考活動早期開始の自粛

卒業・修了学年の学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため、選考活動の早期開始は自粛する。

つまり、「まして卒業・修了学年に達しない学生に対して、面接など実質的な選考活動を行うことは厳に慎む。」という文言が、2004年に付け加えられた、ということだ。

このような経緯から、多くのひとはこう考えるだろう。

「就職協定が廃止されてから2003年までの間に、多くの企業が3年生に対して選考活動を行うなど、相当の早期化が進んだのだろう。その歯止めをかけるために、『最終学年に達するまでは、選考活動をしないこと』と表記したのだろう」

確かに、就職協定が廃止されたことで、一部の企業は、大学3年生に対して実質的な就職活動を行っていた。今と同じように、インターンシップという名を使いながら実質的な採用活動をしていた企業もある。しかし、それはごく一部の企業にすぎない。実は、就職協定が廃止され、完全自由化された2003年当時、8割の学生は、廃止された就職協定が定めていた夏以降に内定を獲得していたのだ。

日本生産性本部が毎年実施している新入社員意識調査。例年、どの時期に入社した企業への内定を獲得したかを問うている。以下のグラフは、2003年から2010年までの推移を表わしている。4年生の春に内定を獲得していた新入社員は、2003年時点では、20.3%強。夏に内定を獲得した人は36.5%、秋以降に獲得した人は43.2%となっている。

しかるに、倫理協定に「まして卒業・修了学年に達しない学生に対して、面接など実質的な選考活動を行うことは厳に慎む」という一文が付け加えられてから、この趨勢は一変する。2010年には、春に内定を獲得している人が過半数を占めるようになっている。

内定獲得時期の推移item_works03_toyoda04_toyoda04.jpg出所:日本生産性本部「新入社員意識調査」

時期規制が生んだ逆効果

このデータは、極めて雄弁に、事のなりゆきを表わしている。

就職協定が廃止され、完全自由化となり、企業がいつ学生にアプローチしてもいい状態になった1997年以降、一部の企業は、採用活動の早期化を図り、積極的に学生にアプローチし、早期からの内定出しを行った。

しかし、日本企業の多くは、そのような行動はとらなかった。就職協定で定められていた時期と同じ時期に採用活動を行う企業が主流であった。

その結果、就職協定が廃止されて五、六年たち、新卒採用の時期は分散化された。かつてのように皆が同じ時期に集団お見合いをするような活動ではなく、企業、学生ともに、自身の意志で活動時期を考え、決定するという自由恋愛のような市場が形成されつつあったのだ。

しかし、一部の企業の早期化は、社会的に問題視された。大学界からの働きかけもあり、経団連は、倫理憲章に「まして卒業・修了学年に達しない学生に対して、面接など実質的な選考活動を行うことは厳に慎む」という一文を付け加えた。

この一文は、多くの企業にとって、錦の御旗のような効用を表わした。「ということは、最終学年になったら、選考活動してもいいということだ」という理解がなされた。それまで夏に選考活動してきた企業が、春に選考時期を切り替え始めた。「右へ倣え」という極めて日本らしい潮流も生まれ、気が付くと多くの企業は、4月から採用選考活動を始めるようになった。学生と企業の関係は、また、集団お見合いに戻ってしまった。

経団連は、2000年代には就活ルールは作ってはいなかった。「早期から採用活動をするな」という警鐘を鳴らしていたにとどまっていた。しかし、その警鐘は逆効果を生んだ。どの企業も同じ時期に採用選考活動をするようになってしまったのだ。そして、そうなってしまった善後策として、採用選考時期を明記せざるを得なくなったのだ。世間の批判に対応するために、そのような対処を余儀なくされたのだ。そしてその間、極めて残念なことに、時代の変化に合わせて、新卒採用のありようを見直す、ということはなおざりになったままであった。

今回の就活ルール廃止を、心から歓迎したい。本質的な議論の機会を生み出したという一点において。この千載一遇の機会を活かして、産業界、大学界が、自身の便益や利得を超えて、社会全体の最適化を目指して、新卒採用、就職活動のあり方をつくり変えてほしい。「人生100年時代」にふさわしい、職業と教育の接続モデルを創り上げてほしい。

豊田義博

[関連するコンテンツ]