働き方改革が問う、背中で教えるマネジメントのあり方 久米功一

2016年11月11日

生産性向上のカギを握る「働き方改革」

生産性の向上は、企業人事の究極目的の一つである。より革新的な製品・サービスを、より効率的に生み出すために、人事として何ができるか、その悩みは尽きることがない。この問いに対して、弊所では、「人事視点による持続的生産性向上モデル」を公表した(注1)。そこでは、労働生産性向上に寄与する4つの施策(プロフェッショナル人材育成、ダイバーシティ&インクルージョン、働き方改革、アサインメント改革)が提案されている。

では、どこから手をつけばよいか。その答えは、各社各様で、各社の競争優位の源泉に依存するというべきだろう(注2)。しかし、いずれの変革に着手するにしても、現状の働き方を前提としていては、大きな効果が生まれないことは間違いない。この意味において、「働き方改革」こそは、生産性向上の一丁目一番地といえよう。そこで、本稿では、日本企業の働き方改革におけるポイントについて、国際比較の観点を交えて論じたい。

上司も部下も長時間労働

働き方改革の議論において、長時間労働の是正が関心事となっている。図表1に、中国、タイ、インド、アメリカ、日本の課長とその部下の労働時間を示す。一見してわかるように、日本の長時間労働が顕著である。特に注目すべきは、課長本人だけでなく、部下の労働時間も長いことであり、米国との対比でみて明らかである。

図表1.五カ国のマネジャー(課長)とその部下の1日の平均労働時間

出所)リクルートワークス研究所(2015)「五カ国マネジャー調査」

率先垂範、背中で教える長時間労働

なぜ日本企業は上司も部下も長時間労働なのだろうか。プレイングマネジャー(マネジャー自身も個人としての業績目標をもつ)の存在、残業する部下に対する高い評価等、様々な答えがありうる。ここではマネジャーの理想像に注目したい。図表2によると、日本のマネジャーは「率先垂範、背中で教える」を挙げている。上司が「やってみせ」て、部下がそこから学ぶ。日本企業のどこでもみかける光景である。しかし、背中で教えるためには、上司と部下が職場で過ごす必要がある。これが長時間労働の一因を成していた可能性がある。

図表2.五カ国のマネジャーの理想像

出所)リクルートワークス研究所(2015)「五カ国マネジャー調査」

上司は背中でなにを伝えてきたのかを振り返る

上司は背中で何を伝えていたか。日本企業の競争力のひとつとして、現場の判断力・キャッチアップ力がある(注3)。つまり、経営の意思決定の遅れを現場で取り戻すことである。それができるのは、経営層から一社員まで経営方針を共有することにより、局面の判断を違えることがないからであり、それこそは同質的で相似形を成す働き方のなせる業なのである。上司の背中が意味するところはおそらくこういうことだろう。
しかし、これからは、働き手の多様化が進み、働き方の個別性も高まるだろう。仕事が複雑化・高度専門化して、上司が模範を示すこと自体できなくなる。上司・部下ともに、育児・介護等の制約により、職場で長時間過ごせない。もはや「背中」を共有することは物理的に困難であり、それが現場の判断力を損ねるおそれもある。長時間労働の是正は、背中をみせないマネジメントへの転換でもある。そこに踏み出す前に、上司の背中で何を伝えてきたのか、その合理性を振り返ることは、次の競争優位を築く上で不可欠なステップであると考えられる。

 

注1)リクルートワークス研究所(2016)「人事視点による持続的生産性向上モデル」
注2)リクルートワークス研究所(2016)「わかるできる 生産性向上人事」を参照されたい。
注3)先送り行動は必ずしも悪ではない。現場で遅れを取り戻すことができれば、不確実性をぎりぎりまで排除できる意味で、先送りは経済合理的な行動といえる。

久米 功一

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