アメリカにおける採用の変化:シリコンバレーの現状 碇 邦生

2016年09月14日

"You are fired! (お前はクビだ!)"上司が解雇を通告し、すぐに新しい人材を社外から調達する。解雇のしやすさと社外からの人材調達の容易さが、日本では長らくアメリカにおける採用の特徴として考えられてきた。たしかに、アメリカにおける平均勤続年数は4.6年(米国労働省、2014年)と11.9年の日本(厚生労働省、2014年)と比べて短く、転職市場が盛んであると言える。

しかし、UCLAのジャコビー教授は、近年、アメリカの採用事情は変化の途上にあると述べる。社外からの人材調達を重視してきたアメリカ企業が、社内からの人材登用を重視するように変化してきたというのだ。本コラムでは、シリコンバレーにおけるタレント・アクイジション(タレント獲得)マネージャーとリクルーター10名のインタビューを基に、アメリカにおける採用の変化について探索する。

社外よりも社内からの人材調達を重視

インタビューでは、システムエンジニアやデータ・アナリスト等の採用ニーズの高い人材を獲得することが如何に難しいのか、オフィスに足を踏み入れた瞬間に思い知らされた。広々として洗練されたオフィス、無料のコーヒーや軽食に、トレーニング・ルームやゲーム・コーナーなど、至れり尽くせりの職場環境が、優秀な人材を惹き付けるために用意されていた。あるベンチャー企業のインタビューでは、人材の獲得競争は激しくなる一方で、自分たちのような規模の小さなベンチャー企業であっても、Googleのような有名企業と競合して人材を獲得しなくては生き残っていくことができず、福利厚生や給与などの契約条件は上昇し続けているという厳しい現状が語られた。

一方、人材獲得の戦略上、社外の労働市場よりも社内からの内部登用(人事異動や内部昇格、空きポストへの優先的な配置など)をまずは重視しているという企業がほとんどであった。このことには2つの背景がある。

1つ目の背景は、リテンションである。採用コストが非常に高いため、従業員が退職してしまうと、そのポストを充足することが難しい。そのため、まずは社内の人材を登用し、辞めて欲しくはない人材に優先的にキャリアの機会を与えることによって、離職対策としていた。「会社に入るのも出るのも個人の自由です。なので、社内のキャリアに魅力がないと思ったらすぐに出ていってしまいます。」大手情報セキュリティ企業でのインタビューではそのように語られた。

2つ目の背景は、事業戦略実現に必要な人材が社内外共にいないため、ジュニア層から育成していかなくてはならないことである。例えば、データ・アナリストやAI等の先端技術のスキルを持つ人材は人数が少なく、獲得競争も激しい。そのため、新規学卒者やジュニア層の採用を通して、事業戦略にとって重要な人材を育成していこうという動きが見られた。新規学卒者の採用が重要だと語ったのは大手企業だけではなく、従業員数100名前後のゲーム会社であってもそうだ。企業規模に関係なく、ジュニア層から育成して行くことの重要性が語られた。

残って欲しい企業、出ていきたい個人

インタビューでは、多くの企業が従業員に残ってもらい、社内にいる人材を活用していこうという方針をとっていた。このことは、今の職場ではキャリアの展望が見えないと判断すると簡単に離職してしまう従業員を如何にリテンションするのかが重要な課題となっていたためだ。特に、人気の高いシステムエンジニアやデータ・アナリストは、採用コストが高く、空いたポストを充足することが難しい。シリコンバレーでは、キャリア・アップのために転職を考える個人とリテンションのために積極的に内部登用していく企業という関係へと変化してきている。

碇 邦生

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