「特別」扱いではない育児支援を考える 萩原牧子
2020年までに13%に――男性育児休業取得率の政策目標である。少子化の進展と高齢化による労働力人口の減少という社会的課題に直面し、政府も企業も、女性が出産育児を経ても働き続けられる環境整備を進めている。育児休業制度や短時間勤務制度など、これまでの両立支援は「妻」が取得することを想定して整えられてきたが、近年は、妻に偏ってきた家事と育児負担を軽減しようと「夫」がその対象となるものも増えてきた。そのひとつが、男性育児休業取得率の数値目標であるが、現状は2.30%(※1)と吹けば飛ぶようなほどに低い取得率であり、さらに驚くのが、取得者の41.3%が5日未満の取得(※2)という、あまりに短い取得日数である。たった5日。もし、この取得日数が大きく変わらないのであれば、取得率が向上したところで、どれほど妻の育児負担が軽減するというのだろう。
リクルートワークス研究所の、働く母親と父親の抱えるストレス実態調査(※3)によると、働く母親と父親のストレスには大きな違いがみられる。日常的に感じるストレス50項目のうち、ストレス値が高いほうからランキングした上位15項目をみると(図表)、父親は「自分に合っていない仕事内容」「拘束時間が長い」など、ほとんどが仕事に関するストレス(青)に占められているのに対して、母親の仕事に関するストレスは8項目で、プライベートのストレス(白)が7項目と半々であった。
図表 日常的に感じるストレス値ランキング
多重責任を負う働く母親、ストレスは子育てよりも夫に
詳細をみると、働く母親のプライベートに関するストレス項目(白)でもっとも高いのは「配偶者の性格や態度」であり、「配偶者の家事への非協力」が続くことが興味深い。母親のストレスというと、まず、子育ての大変さに焦点があてられてきたように思うが、実は、それよりも、夫に対するストレスのほうが大きいのだ。ほかにも「保護者会やPTAなどの活動」「親族や親戚との付き合い」がランクインし、かつては専業主婦が担ってきた役割を、働いても変わらず妻が担っている状況がうかがえる。続いて、母親の仕事に関するストレス項目(青)をみると、「職場内でのいじめ・いやがらせ」「仕事の成果を正当に評価されない」など、育児によってほかのひとより勤務時間が短くなることで感じる、働く母親独特のストレスが表れている。こうしたプライベートと仕事の多重責任を抱えるなかで、妻の怒りの矛先は、パートナーである「夫」に向かうのだろう。私も働いている。なのに―――。
だからといって、単純に夫を責められる状態ではないことは、働く父親のストレス項目をみればよくわかる。「拘束時間が長い」「自分の仕事を代わりにできる人がいない」「通常勤務時間内に処理できない仕事」といったように、変わらない長時間労働の職場体質のなかで、夫はストレスを感じている。上位に入った数少ないプライベートの項目(白)をみると「家族や親族の仕事をすることへの無理解」があり、妻に早く帰ってきてほしいと言われても、いまの職場ではどうしようもないのだという悲痛な叫びが聞こえてくる。
特別扱いを許さない企業文化
男性の育児休業の取得率が低い要因のひとつもこれと同じである。取得希望者は3割を超えているというのに(※4)、「職場が制度を取得しにくい雰囲気だった」というのが、取得できなかった理由として最も高い(※5)。そして、たとえ、勇気を出して取得したとしても、それが、たった5日間という短さだったとしても、特別な施策を利用したということが、その後のキャリアに弊害を生じるかもしれないという不安も拭えない。
特別な施策の利用が「気が引ける」「のちのキャリアに悪影響を及ぼす可能性がある」状態を何とかしない限り、施策が生き生きと働き続けるひとを増やす効果は限定であることはすでに、両立支援策が進んできた妻をみればわかる。つぎは、「夫」の現状を変えることで、妻の多重ストレスの要因を軽減しようという動きは、大きな前進であり、評価したいところではあるが、「特別」扱いによる対応でよいのかというところに、どうしても疑問を感じてしまう。
特別扱いが不要な社会に
そして、そもそもだ。育児は短期間で終わるものではない。長期間継続し続けるものだ。働く妻が強く求めているのは、夫が毎日、残業なしで当たり前に帰ってくることのほうではないか。そういう意味では、2020年までの政策目標に、週労働時間60時間以上の雇用者の5割減など、これまでの長時間労働の常態化を改善しようという施策も掲げられていることは歓迎したい動きだ。だけれども、残業を前提としたその対応ではやはり不十分で、結局のところ、育児を担うひとは「特別」な扱いをされる立場に変わりはない。
もはや、時間に制限なく働けるひとは今後ますます減っていく。誰もが介護を担う可能性をもち、時代の変化のなかで学ぶ時間をもちたいと願う。また、地域のなかで役割を発揮したいという思いが増すかもしれない。残業なしで定時に帰れることが当たり前の社会をいち早く実現することで、誰もが「特別」な扱いによって、負い目や不公平感を感じる必要なく、それぞれの状況に応じて、意欲高く仕事を継続することが可能になるのだと思う。
(※1)厚生労働省「平成26 年度雇用均等基本調査」
(※2)厚生労働省「平成24年度雇用均等基本調査」
(※3)リクルートワークス研究所「働くマザーのストレス調査2015」
(※4)ニッセイ基礎研究所「今後の仕事と家庭の両立支援に関する調査」2007年
(※5)三菱UFJリサーチ&コンサルティング「平成23年度育児休業制度等に関する実態把握のための調査研究事業報告書」
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