丸井グループ 専務執行役員兼CHO・総務・人事・ウェルネス推進担当 石井友夫氏
自ら手を挙げる文化と縦横無尽な職種変更が社員の成長を促す
聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)
石原 「売らない店」が話題になりましたが、御社はここ数年、以前にも増して、デジタルの導入など大胆な改革を進めていらっしゃいます。経営がそのような戦略に舵を切るなかで、人事は「経営に資する」という意味でどのような役割を担っているのでしょう。
石井 まず、当社では「DX=システムの改革」とは捉えていません。重要なのは何のためにデジタル化を進めるのかということです。オンラインでの商品購入が当たり前になるなかで、お客さまに対してリアル店舗が何を提供できるかと考えたとき、私たちが重視したのはUX(顧客体験)でした。「売らない店」をUXの場と捉え、それを実現するためのシステムがあるというのが私たちの考え方です。
「売らない店」のテナントであるD2C (Direct to Consumersの略。オンラインによる直接販売のみを行う)ブランドの多くは接客のノウハウを持っていませんから、当社の社員が、お客さまとブランドとの橋渡し役を担う。つまり、当社のDX推進のカギはオフラインのスキルをオンラインに乗せていく人材なのです。
石原 これまで培ってきた有形無形の強みをいかにデジタルの上に載せていくか、ということですね。
小売りや接客の経験が今まで以上に重要になる
石井 DXにおいては、エポスカードやマルイウェブチャネルなどの当社の他の事業も含め、当社が考えるUXをどう実現し、お客さまにどう便利でわかりやすい体験をしていただくかを重視しています。そうなると、突出したデジタル人材よりも、小売りや接客の豊富な経験と知識を持った人材をどう育て、活かしていくかが今まで以上に重要なテーマとなります。
石原 そのような人材をどのように育成されているのでしょうか。
石井 当社では、グループ本社で人材を採用し、各社に配属しています。そしてグループ内で縦横無尽に職種変更をし、小売り、カード、システム、物流など様々な部門の様々な経験を重ねて成長してもらうことを目指しています。そして、接客の現場経験を全員に必須としているのが特徴です。現場で向き合った顧客ニーズを基盤に、多様な業務で視野を広げ、事業ニーズ、取引先ニーズなどを幅広く理解して成長していくことをすべての社員に求めています。
2013年からこのような人事ローテーションを採用し、それが各事業の発展に貢献してきたと思います。私自身も畑違いの部門から人事部長に就任しました。今注目されているジョブ型は、当社には当てはまらないですね。
自分から手を挙げなければ何もできない環境
石原 職種変更は会社の指示で行われるものなのですか。
石井 そうではありません。当社では、職種変更に限らず「自ら手を挙げる」を基本としています。例えば、昇進昇格も、チャレンジするための条件はありますが、最終的に本人が手を挙げなければ対象にはなりませんし、社外のビジネススクールやeラーニングなどを活用した学びの支援に関しても同様。そのほかでは、例えば、幹部社員のみが参加していた中経推進会議も、今では新入社員も手を挙げて参加しています。裏を返せば、手を挙げなければ何もできない環境です。
石原 社員の皆さんが手を挙げるよう動機付けをするには、そうした行動が評価される仕組みの有無が1つのポイントになるかと思いますが、その点はいかがでしょうか。
石井 まさにその通りです。2017年には評価制度を一新しました。新しい評価制度では、個人のパフォーマンスは直接の評価対象にはしていません。チームとしてのパフォーマンスは見ますが、それも賞与にしか反映されません。評価の軸になるのは個人の「バリュー」です。バリューは、自発的、能動的にその人がどれだけ自分を磨き、それが能力として顕在化しているかという点で見ます。しかも、それを360度評価で行っています。自発的に学んでいなかったり、学んでいてもそれが仕事に活かされていなければ部下や同僚からは評価されません。
石原 360度評価を行う企業は多いですが、それを実際の評価に反映する企業は少ないと思います。制度設計にご苦労はありましたか。
石井 約2年かけて人事で素案を作り、グループの各社から評価制度変更プロジェクトへの参加者を募って議論を重ねて今の制度ができました。新制度導入後は、評価に関する疑問や不満は減っています。昇進昇格の対象になるには評価の積み上げが必要ですが、先ほどの通りで、実際の試験にチャレンジするためには本人が手を挙げる必要があります。なお、昇進昇格試験のアセッサーは対象者と関係ない部門の役員や管理職が務めます。人事は期ごとの評価にも、昇進昇格にも、ほとんど関わっていないのですよ。
石原 自発性を大事にするカルチャーは、どうやって浸透したのでしょう。なかなか難しいことだと感じます。
石井 当社が求める人材像は「共感する力をベースに、革新する力を合わせ持つ人」。もともと共感力の高い人が多く、会社が変わろうとしているときにその趣旨や目的に共感できている面はあると思います。そこで大切になるのは会社の打ち出す方向性や新たな制度、仕組みの目的について、その都度しっかりと説明することです。それに納得し、共感した社員は自発的に行動するようになります。また、職種変更にせよ社外での学びにせよ、実際に経験し、成長を実感した人の体験談を共有する仕組みも設けており、横に共感が広がっている面もあります。
石原 縦方向と横方向の共感でカルチャーが醸成され、かつそのカルチャーが評価制度とも齟齬がないというのは改革を進める上で大事なポイントだと思います。ただ、言うは易し、で、実践はなかなか難しいと思います。
石井 当社のような創業者系の企業の社長は任期が長いのが特徴です。3代目の現社長、青井浩も就任から15年になります。そのため、社員やステークホルダーにどう応えるかを長期的な視点で考えることができます。私たち経営ボードは、一致団結してその大きな責任を分担しているという構造です。その関係がしっかりしていることもあって、社長以下、役員が一枚岩となって経営に取り組んでいます。そこは大きな強みです。
トップが長期的視点でビジョンを示すことがカギ
石原 経営トップであっても、自分は会社をこうしたいんだと主張するのが難しい時代なのかもしれませんが、そうすると、役員も自らの役割が見えなくなってしまう。御社のようにトップがやりたいことを明確に示し、役員がそれを共有してそれぞれの役割を遂行するという構造は非常に大事ですね。強い経営ボードという印象を受けます。それは代々の社長の経営方針によって形作られたものなのですか。
石井 現社長が就任してからですね。就任当時の当社は経営が苦しい時期でしたが、社長が、「この会社の未来を創っていくには若い人の感覚を活かしていくことが必要。そのためには、下の意見を拾い上げ、背中を押してあげるサーバント型のマネジメントを徹底して風通しのよい会社にしていかなければならない」というメッセージを強く打ち出したことで、大きく風向きが変わりました。明確な方針があったからこそ、人事制度だけでなく、ダイバーシティ&インクルージョン、ウェルネス経営といった面での改革も相俟って、新しい丸井の文化を創り上げてこられたのだと思います。
丸井グループ 専務執行役員兼CHO・総務・人事・ウェルネス推進担当 石井友夫氏
1983年、丸井に入社。2007年に執行役員グループコンプライアンス部長に就任、取締役執行役員総務部長などを経て、2013年、取締役執行役員人事部長に就任。2018年6月、取締役専務執行役員CHOに就任し、2020年4月より、専務執行役員、CHO、監査・不動産事業・総務・人事・ウェルネス推進担当(現職)。
text=伊藤敬太郎 photo=刑部友康