KDDI 執行役員 コーポレート統括本部 人事本部長 白岩徹氏
「KDDI版ジョブ型」人事制度の導入でエキスパートを育成
聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)
石原 御社は2020年7月に「KDDI版ジョブ型」人事制度の導入を発表されました。そのねらいはどのようなものでしょうか。
白岩 2000年にDDI、KDD、IDOが合併して当社が発足して以来、人事制度のマイナーチェンジは何度か行ってきました。例えば、2013年には管理職を対象に、役割で序列をつけるミッショングレードを導入し、管理職に関する年功的な要素は排除しています。しかし、合併から20年経過した今、環境の激変もあって、全社的な人事制度のフルモデルチェンジが必要になってきました。今の優秀な学生は、GAFAの台頭の影響もあって、入社を希望する企業群は外資系のコンサルであったり、スタートアップであったりと以前とは大きく変化しています。そんななかで、年功制に象徴される旧態依然とした人事制度のままでは、彼ら彼女らを惹きつけることが難しくなってきたという課題がありました。まずは最大のネックである年功制を全面的に排除しようというのが、新人事制度導入の大きなねらいです。
新卒採用の4割は配属先を希望できるWILLコース
石原 今までの人事制度では、優秀な人材が採れなくなっていると。
白岩 そうです。また、通信業界は、携帯電話の急速な普及という追い風がなくなり、経営環境的にも難しい局面を迎えています。直近では、政府からの携帯電話料金の強い値下げ要求もあります。そういった環境の変化のなか、当社は今、通信を母体に金融・保険、エンタテインメント、コマースなどのライフデザインにかかわる分野に事業を拡大しています。新たな領域に進出するために、その領域のエキスパートの中途採用にも力を入れています。今年、キャリア採用は年間約180人。私が人事に配属された2013年には約20人ですから、当時から9倍増えたことになります。ジョブありきで入社してきたキャリア採用組の比率は年々高くなっているのです。
石原 なるほど、組織のメンバー構成が変わってきているのですね。
白岩 一方、新卒に関しては、本人の能力と希望に応じて最初の配属を確約する「WILLコース」での採用を始めています。2021年度の新卒入社者の4割はこのWILLコースでの採用です。入社前にインターンシップで一緒に働き、ある程度能力の評価をしています。このようにキャリア採用やWILLコース採用が増えてくると、旧来のメンバーシップ型の雇用では全体がうまく機能しません。それぞれの専門領域を持ったエキスパートが活躍できる制度に変えていかなくてはならない。こうした背景があって、このタイミングで改革を行ったのです。
欧米のようなジョブ型を目指してはいない
石原 評価についてはどのように考えていらっしゃるのでしょうか。
白岩 これまでもMBO(目標管理制度)を導入していましたが、今は期初に立てた目標が、期中に変わっていく時代ですから、形骸化している面もありました。そこで、時代のスピード感を考え、1on1を採用し、上司と部下が話し合いながら期中にどんどん目標を変えていけるような制度としました。そのプロセスの履歴を残せるシステムを今、作っているところです。評価に関しては、上司が部下に与えた目標に対するパフォーマンスをしっかりと見るのと同時に、部門間連携、他社間連携といった部門の枠を超えたチャレンジ行動をもう1つの重要な要素として見ています。これらが評価の縦軸だとすると、コンピテンシーを測る横軸については、来年度から360度評価をその1つとして導入します。
石原 マネジャーのマインドセットを変えることも重要になってきます。
白岩 2020年の7月から9カ月かけて、本体および子会社に出向している部長、グループリーダー、マネージャー層を含めた約2300人を対象に、新人事制度に適応するための研修を行っています。新人事制度の背景やポリシーなどを学ぶとともに注力しているのが、1on1の具体的なやり方を学ぶ実践的トレーニングです。とはいえ、1回ですべてを理解するのは難しい。ですから、説明会を繰り返し開催して、理解・定着・浸透を図っていきます。
石原 ジョブ型の導入というときに、どうしても議論になるのが、雇用の保証はどうするのかということです。
白岩 欧米のジョブ型のようにジョブがなくなったら即解雇という世界は決して目指していません。ジョブディスクリプションについて細かく厳密な定義をするつもりもないのです。私たちが目指しているのは、自分の専門領域、得意分野をしっかり持ってもらうこと。社内外に認められるエキスパートになってほしいですね。
役員の観点を間近で学ぶことができる役員補佐制度
石原 得意分野を作るということが大きなポイントなのですね。
白岩 今回の改革では、これまでのゼネラリスト育成中心の方針から、エキスパートを育てるという考え方に変えました。ただ、複数分野を経験するということは否定しません。そのなかで次第に得意分野が見つかるということもあると考えます。ですから、KDDI版ジョブ型は、欧米的なジョブ型と日本的なメンバーシップ型のハイブリッドだと位置付けています。
石原 報酬についてはどんな制度にしていくのですか。
白岩 パフォーマンスに応じたものに変更します。例えば、2022年の4月に入社する新入社員からは、入社時点での処遇に差が付きます。場合によっては2倍くらい違うこともあり得ます。既存の社員も、部下を持つ組織長については2021年4月から全員、新制度に移行します。
なお、今回、管理職という概念にもメスを入れ、組織を率いるリーダーとエキスパートとして認定された人を「経営基幹職」と定義しました。経営基幹職は全社員の25%までとします。今の管理職が全員移行できるわけではありません。
非管理職の人たちについては、今、労働組合と話し合っているところですが、最終的には全員が新制度に移行する予定です。また、非管理職であっても、自ら手を挙げて、先行して新制度に移行することもできます。
石原 ジョブ型にして1つの領域に特化させるとなると、全方位で会社を見る経営人材の育成をどうするのか、と悩む企業は少なくありません。その点をどのようにお考えでしょうか。
白岩 当社の経営人財育成プログラムの1つに、4年前から実施している経営塾があります。ネクストボードを育てることを目標に、200人強の現部長層から10人を毎年アサインして、約9カ月にわたる研修を行っています。今年度から経営塾ジュニアとして、グループリーダー層を対象とした研修もスタートしました。
もう1つが、役員補佐制度です。各役員のもとに、上席補佐、補佐という形で2名のリーダー候補者を配置します。打ち合わせや会議に一緒に参加して、経営陣の意志決定やモノの見方を学ばせる制度です。上席補佐は部長層、補佐はグループリーダー層が対象で、必ず男女1名ずつとしています。候補になった人たちは、社命での異動もあり得ます。経営陣は会社全体を見ることが求められるのですから、そこはジョブ型とは切り離して考えます。
経営者には決断力、変革を起こすパワー、心身両面のタフさ、それらに加えて、「この人についていきたい」と思わせる優しさも大切。一連の取り組みを通してそのような次期経営人財が生まれてほしいと考えています。
*本ページにおいては、KDDIの表記にしたがって「人材」を「人財」としている箇所があります。
KDDI 執行役員 コーポレート統括本部 人事本部長 白岩徹氏
1991年に第二電電株式会社に入社。支社・支店での直販営業・代理店営業、本社営業企画部、営業推進部、カスタマーサービス企画部長などを経て、2013年人事部長、2016年総務・人事本部副本部長。2019年4月より現職。
text=伊藤敬太郎 photo=刑部友康