Vol.23 松居 隆氏 損保ジャパン
コース別人事を廃止し、男女の壁を取り払った
大久保 私は女性活用の研究会にも入っているのですが、御社の女性活用推進の取り組みを先進企業として紹介している人がいました。ずいぶん熱心に取り組んでおられるようですね。
松居 損害保険業界は、従来から強固な男社会でした。女性のほとんどが内勤事務についており、営業や代理店との折衝といったフロント業務はもっぱら男性の担当だったのです。ところが昨今、保険の自由化、自動車の国内販売台数の伸び悩みなどで、損保業界も競争が激化してきました。これまでのやり方を守っていては激しい競争を勝ち抜くことは困難であり、仕事の抜本的な見直しと共に保険会社の最大の経営資源である「人材」の最大限の活用が不可欠です。そこで着目したのが全従業員の半数を占める「女性の力」でした。我が社では、優れた女性社員が多く在籍しているにも関わらず、女性ならではの感性や力を十分に活用してこなかったのではないかと反省し、2009年から「新たな働き方の推進」を全社の課題にしたのです。
大久保 具体的には何をされたのでしょうか。
松居 2010年7月から、総合職員、業務職員というコース別人事制度を撤廃し、総合系職員一本にしました。仕事も処遇も男女同じ、というわけです。ただ、国内外を問わず転勤の可能性がある「グローバル職」、一定の地域内で働く「エリア職」という区分けは設けています。
大久保 損保業界ではなぜ女性の活用が進んでいなかったのでしょうか。
松居 損保は代理店営業が中心であり、保険専業代理店は男性が多いのは事実です。さらに損害調査業務や保険金支払業務には社外での交渉ごとが付随しますので、「損保のフロントは男性の仕事」という"思い込み"が続いていたのだと思います。しかし、環境は大きく変化しました。また、エリア職を中心とした女性のなかには個々によく見るとフロント業務に適した人材が多くいます。そこでフロント業務を含めた新たな業務に挑戦してもらう人材を選び、上司がそのひとり一人をきめ細かく指導しサポートして育てていく「One to Oneプログラム」を始めました。そのほか、ロールモデルをつくるために女性管理職の数も意識的に増やしています。また、2012年4月には、女性が中核となって営業店を運営する「女性中心の営業店」を全国17ヶ所に新設します。このように、全社をあげて、男女に捉われず可能性を最大限引き出すためのポストや働く場の提供を行っています。
大久保 資料を拝見しますと、女性管理職が課長以上で72人、課長代理まで含めると527人になっています。
松居 2010年度の数字で、今はさらに増えています。
魅力ある社員、魅力ある上司づくり
大久保 女性を含めた社員の育成という点で、力を入れていることを教えてください。
松居 2010年7月に社長が現在の櫻田謙悟に代わったのですが、それを機に、全社としてお客さまからの評価を日本一にしよう、という目標を定めました。損保の場合、革新的な商品を出しても、他社がすぐに追随してくるので商品の差別化は非常に難しい。鍵を握るのは「人材の差別化」です。お客さまと接する社員、代理店と接する社員がまず魅力的でなければならないと考え、人材力も日本一を目指すということで、2010年8月に全役員が「人材力日本一宣言」を発表しました。役員自らが最重要課題として、担当する部門や地区で「人材の育成」に取り組んでいます。
大久保 「魅力的」とはどんな社員でしょう。
松居 昨年、役員が集まるミーティングで一度「魅力的」な社員とはどのような人材で、どのようなキャリアを歩んできたのかを調べようということになり、優秀で、なおかつ人望もある社員を何人か選び、彼らの特性や成長過程を人事で分析しました。そこで出てきた共通項が、魅力ある社員の育成のキーになると考えたのです。その結果、4つの要素が浮かんできました。「素材」、「経験」、「上司」、そして「風土」です。そのうち、「素材」は採用に関わってきます。「経験」は複数の部門の経験と、そこで修羅場を踏んでいるか、「上司」は特に若い時期にどんな人の下で働いたか、ということです。「風土」は「人を育てよう」という会社、職場の環境です。4つのうち、特に人の成長に影響するのは「経験」と「上司」でしょう。経験という点では、人事ローテーションを積極的に実施しています。30歳までに、3つの仕事を経験させるのが目標です。
大久保 その過程で本人も自分の適性を意識していく。
松居 その通りです。難しいのは「上司」、つまり、魅力ある社員を育てるには魅力ある上司づくりが不可欠だということです。その第一歩として、毎年全社員を対象に実施している従業員意識調査で、2010年度から「自分を最も成長させてくれた上司」を2人、挙げさせるようにしました。そして挙がってきた「魅力ある上司」のなかから、特に育成面における過去の人事評価を勘案し、「人材育成マイスター」を認定する制度をつくりました。若くて優秀な人材をその下につけて、意識的な育成を行っています。
大久保 興味深い制度ですね。マイスターは何人いますか。
松居 約100人です。当社のリーダー職以上が約2800人いますので、28人に1人という割合です。
大久保 認定された本人の意欲も上がるでしょうね。我々も人材育成の研究を積み重ねてきました。いくつかの企業で、自分の成長に大きな影響を与えたという人物を、上司に限定せず、挙げてもらったことがあります。親や歴史上の人物の名を挙げた人もいました。当然のことながら、上司の名前が数多く挙がった企業ほど人材育成がうまくいっていました。面白かったのは、当時は反発していたのに、振り返ってみると、いい上司だった、という例が結構あったことです。
松居 当社にも同じような例があります。
大久保 育成がうまくいっている企業の管理職ほど、上司が手厚く面倒を見てくれた、温かい目で見守ってくれた、という思いを持っている。そうであると、自分が管理職になったとき、会社から言われなくても、今度は自分が部下に恩返しする番だ、という自然な感情が芽生えてくる。これを心理学用語で世代継承性と呼びます。世代継承性の強い企業ほど、人を育てるメカニズムを社内に備えているといえます。
毎年、管理職全員に人材育成目標の策定を義務づけ
松居 その通りだと思います。これは昨年からの取り組みですが、人材育成マイスターのなかから、今度は「人材育成部長」を選び、入社2、3年目の若手をマン・ツー・マンで育ててもらっています。
最近の若手は価値観が多様化しており、どうやってお客さまや代理店の担当者とコミュニケーションをとっていいのかわからなくて、課長が手を焼くケースも散見されます。人材育成部長は、上司である課長と連携しながら、若手本人との面談や同行訪問などを行っています。今の課長クラスの世代は、バブル崩壊後の市場が低迷している時期に入社したため、部下に語れるような成功体験を持っていない人材もいます。部下とのコミュニケーションに悩んでしまうのもそこに原因があると言えます。その結果、優秀な担当者としては活躍できたものの、昇進して課長になったら伸び悩んでしまう人材がいるのも事実です。そこで、2010年から、2年目のマネジャーを中心に、リーダーとしてのあるべき行動や意識、価値観、部下との関わり方などをロールプレイングやケーススタディーで研修する「変革マネジメント研修」を始めました。
大久保 昔の管理職研修とは中身を変えないといけないわけですね。ところで、先ほどの人材開発の4要素のうち、「風土」を育てるために何をやられていますか。
松居 課長や部長といった管理職全員に、自分たちの組織において人材育成をどう行うか、という目標を年度初めに立ててもらっています。年間を通じて、そのPDCA(計画→実行→評価→改善)サイクルを回してもらうのです。
大久保 そういう仕組み化で、人を育てる風土を培っていくと。
松居 はい。しかも、単なる目標にとどまらず、社長、役員を含め、すべてのリーダーに、人づくりに関して自分の言葉で情報発信することを義務づけています。そうやって、経営が本気で人づくりに取り組んでいることを社内に示さないと、人を育てる風土は育まれませんから。
(TEXT/荻野 進介 PHOTO/刑部 友康)