Vol.21 松本 智氏 日本たばこ産業

2012年04月27日

M&Aで一挙にグローバル化。海外EBITDAが既に5割

大久保 御社は、実は大きな海外シェアを持っているグローバル企業です。その中長期戦略と人事課題はどのようなものがあるのでしょうか。

松本 弊社は食品事業や医薬事業も手がけていますが、売上げの9割、イービットディーエー(EBITDA) はほぼ100%がたばこ事業です。EBITDAの半分をいまや、海外たばこが生み出しています。

大久保 日本専売公社から民営化した当時は、そのようなイメージはありませんでした。

松本 こうしたグローバル化が進んだのはこの10年のことです。1999年のアメリカRJRナビスコ社の海外たばこ事業取得、ならびに2007年のイギリスギャラハー社買収で「キャメル」「ウィンストン」「ベンソン&ヘッジス」といったビッグブランドを手に入れました。それまで7%程度だったたばこ事業の海外比率が一気に拡大し、今ではEBITDAの53%を海外たばこ事業から得ています。世界シェアについても、弊社はフィリップモリス社、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)社に次ぐ3位です。

*EBITDA=営業利益+減価償却費

M&A先はグローバル企業。親会社の管理は最小限に

大久保 グローバル化については多くの企業が課題を感じています。御社ではいかがですか。

松本 我々は海外のグローバル企業をそっくりグループに取り込んだので、今、多くの日本企業が取り組んでいるような、海外拠点づくり、物流や商流、組織・システムづくり、人材の現地採用、経営の現地化といった一連のプロセスは、かなり省略できたと思います。

大久保 そうしたグローバル先進企業であるM&A先を、子会社としてどのようにマネジメントしたのですか。

松本 M&Aによって生まれたジャパン・タバコ・インターナショナル(JTI)は、日本たばこ産業(JT)よりはるかにグローバル化が進んでいたし、事業規模も大きかった。日本からトップを送り込んで日本流を導入させるのではなく、グローバルに戦ってきたなかで培われた経営ノウハウを生かした独自の経営を継続しました。もちろん業績計画などの最低限のガバナンスは日本でも行っていますが、事業の具体的な戦略や経営の意思決定は、基本的に現地に任せています。JTとJTIの担当地域を明確に分けているため、JTIはJTの意向を確認することなくかなり自由に事業判断ができているはずです。

大久保 ということは、人事も現地主導ですね。多くの企業のように、日本から人材を送る必要も、慌ててグローバル人材を育成する必要もなかった。

松本 ええ。社内の公用語を英語にして日本人皆がグローバル化するというよりは、優秀な人材が海外にいるのならその人たちに任せていこうというのが基本の考え方です。

国内市場縮小に伴い、グローバル人材育成を強化

大久保 しかしこの先、日本のたばこ市場が縮小すれば、そこで活躍している人材は、別の場所に移さざるを得なくなります。グローバルへの人材展開も必要になってきませんか。

松本 そこなんです。これまでたばこ事業で活躍していた人が食品などに転じるのは容易ではない。この点は民営化後の多角化で試行錯誤してきたので、明らかです。となると、海外に活躍の場所を見出す以外にない。しかし弊社としては、親会社だからと強制的に人材を送るようなことはしたくない。JTIの人材と比べて遜色ない人材でなければ、現地にとって価値がないからです。ですから弊社の最大の課題は、国内人材をいかにグローバルで活躍できるレベルに転換するか、ということになります。そこで実施したのが、「JT/JTIタレント・パートナーシップ・プログラム」というプログラムです。第1段階の「ディベロップメントアサインメント(DA)」では20代後半から30代前半の社員を2、3年間、研修生的ポジションでJTIの海外事業所に出向させ、グローバルビジネスを体感してもらう。その後、日本で専門性を磨きJTIの正規のポストに就ける実力がついたら、今度は1年半から5年の期間、正社員として送り出す。これが第2段階の「ファンクショナルアサインメント(FA)」。そうして将来的にはグローバルビジネスリーダー/エキスパートとして海外市場で活躍してもらうのが目標です。現地のポストを担う人材としてJTIから認められた人材のみをFAとして現地に派遣しているのですから、日本に戻って来ずとも、そのままJTIでさらに上位のポストを目指してもいいと思っています。

大久保 既にどのくらいの人材が派遣されているのですか。

松本 現在出向しているのは130人ほどですが、海外勤務経験のある社員数は500人ほどになっています。こうしたグローバル人材プールに、必要があればいつでもJTIが声をかけてくるような、垣根のない人事交流が進んでいけばいいと考えています。

人事交流にあたり人事制度の統一は必然の流れ

松本 もう1つの課題が人事制度の統一です。日本固有の人事制度は人事交流の大きなネック。日本人だけ特別ではいけません。グローバルスタンダードに則った人事システムに統一していくことは、中長期の課題として避けられないと思っています。

大久保 今、いちばんポピュラーなのは、部長クラス以上をグローバルで統一し、課長以下についてはローカルの文化や法律体系を残すやり方。なかにはすべてどちらかに合わせてしまう会社もありますが、どちらの方向をお考えですか。

松本 どこの国もある程度の法制、労使慣行はあり、一定階層以下には、各国固有の人事制度を残しているところが多い。日本もそうなるイメージです。あとは、ビジネスリーダーの育成も課題ですね。これまでのようにJT本体役員のみを想定して育てるのではなく、海外の主要ポストを経験してJT本体に戻る、あるいはJTIの経営幹部になっていくなど、グローバルベースで活躍できるリーダーを育成するプログラムに変えなくてはなりません。そこで問題になるのが、育成スピードです。

大久保 海外では管理職層が非常に若い。役職横並びで見ると日本人だけだいぶ年齢が上ですね。

松本 JTも、45歳くらいで役員になるのが当たり前にならなくてはならない。それにはその前段階でいくつかの管理職経験が必要なので、遅くとも30歳前後でマネジメントを始めるというスピード感が必要です。

大久保 報酬体系の統一も必要です。これは非常に難しいですね、特に上位層が。

松本 海外では上位層の報酬がとてつもなく高い。時間はかかりますが、日本でも同じような体系になってくると思います。

大久保 人事管理システムも、一元化する必要が出てきますね。

松本 JTIは独自の人事管理システムを持っていて、あるポストに空きが出ても、一定の要件を入力すれば一瞬にして適材候補がリストアップされるようになっています。日本がそこに相乗りするにしろ、日本の人材の能力や各仕事に求められる力量をいかに適切に分析しデータベース化するかということが人事の重要な課題になってくると思います。

大久保 一方で、そうしたグローバル化に乗り切れない人材も当然出てきます。それについてはどのような課題をお持ちですか。

松本 今までは平等主義で、社員は同一の給与体系でしたが、今後は明確な区分けが必要です。モチベーションに気遣いながら、うまくやっていかなくてはなりません。

大久保 日本企業は、これまで総合職一本でやってきましたが、グローバル化の進展とともに、異なるキャリアパス、異なる処遇、評価ルールを持つ企業が増えていきそうですね。

(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)