Vol.13 佐藤 博恒氏 新日本製鐵
六重苦に負けないものづくりを
大久保 住友金属工業との合併が来年(2012年)10月に迫ってきました。まずは、率直に現在の人事課題を教えていただけますか。
佐藤 合併に向けて、良い会社をつくるために人事面でも検討を重ねていきますが、人事課題という点ではより大きな枠組みで物事を考える必要があると思っています。それは国内産業の空洞化を最小限に抑えつつ、グローバル化を進展させるにはどうしたらいいか、ということです。ものづくり産業には、素材、部品、加工組み立ての3つがありますが、そのうち、加工組み立てが最もグローバル化しやすく、逆に素材が最も難しいといわれます。鉄鋼業はまさに基礎素材産業で、我々が国内で元気がなくなると日本の産業全体が空洞化してしまう。一方で、市場が伸びているのは新興国ですから、グローバルでの勝負を避けるわけにはいきません。
大久保 難しい問題ですね。
佐藤 国内国外問わず、どこで製品をつくってもコスト競争力を確保するのが必達目標です。そのためのグローバル化であり、今回の住友金属工業との合併なのです。しかし、本音を言いますとかなり苦しいのも事実です。日本には超円高、温暖化ガス規制、法人税高、電力コスト高、厳しい労働規制、貿易自由化の遅れ、という「六重苦」があります。さらに資源高もあります。これに加え、15歳から64歳の生産年齢人口は今後、釣瓶(つるべ)落としのように減っていきます。
大久保 私は内閣府の仕事もしていますので、六重苦の問題もよく認識しています。
佐藤 「六重苦」に関しては、国際競争におけるイコールフッティングを政府として整備して頂きたいと考えています。個々の競争力強化については、企業それぞれが取り組むべき領域です。円高やコスト高などハンディキャップの存在は承知の上で、日本の生産拠点を活かしながら、伸びゆく海外市場もきちんと押さえていきます。
大久保 それには、どんな人事戦略が必要になるのでしょうか。
佐藤 何より生産性の向上が重要です。この問題に取り組み始めたのはかなり早く、我々が当時6万5000人いた社員を1万7000人まで減らす合理化を始めたのが1985年、プラザ合意の年です。減らすといっても、解雇したわけではなく、さまざまな事業を立ち上げ、そちらに人を移したのです。
大久保 鉄とはまったく違うITにも進出しましたね。
佐藤 はい。その後、2000年くらいから人や設備の基盤整備に着手しました。それもやり切りましたので、今はもっと総合的な生産性向上に取り組んでいます。
グローバル研修をあえてミドルに受けさせる
大久保 総合的とは、どういう意味でしょうか。
佐藤 4つの要素があります。まずは一人ひとりのアウトプットを増やすために、志や意欲、目標達成力の向上といったハートの部分のマネジメント強化です。2つ目は、組織と組織の連携強化。本社と製鉄所、管理部門と現場といった接点の生産性向上にも取り組んでいます。3つ目が女性活用です。大卒総合職の女性割合は従来数パーセントでしたが、最近は技術系社員で15%、事務系社員も含めた全体で20%になっています。製鉄現場で働く人もほとんどが男性でしたが、2011年の新卒は1割強が女性です。
大久保 鉄というと、女性では対応しにくい仕事のように思えてしまいますが。
佐藤 それは誤解です。仕事はもっぱら機械のオペレーションで、素手で鉄を持ち上げるわけではありません(笑)。生産年齢人口が急減していくなかで、女性にもっと活躍していただく必要があります。製鉄所=男の職場というイメージを払拭し、多くの女性に応募して頂き、戦力となる方を積極的に採用していきたいと思っています。
大久保 総合職の場合も同じです。女性が男性と伍して活躍できる職場をつくるには、毎年一定割合以上の女性を採用し、10年、20年かけて、風土を整えていく必要があります。
佐藤 そして4つ目に、本社勤務の外国人を採用するなど、グローバル化に対応した人事施策にも力を入れ始めました。グローバルというと、一部で、人も企業も日本から出ていき、国籍に関係ないコスモポリタン的な存在になることだ、という認識があるようですが、私はそれに違和感を覚えます。日本人や日本企業が海外に出て行くのと同じくらい、海外からも日本に来てもらわないと。片道ではなく双方向であるべきだ、と思うのです。国家の政策もそれをきちんと後押しする必要があります。
大久保 おっしゃる通りです。そういえば、最近、御社は若手中心だった海外留学制度の年齢制限を撤廃されたそうですね。人材のグローバル化というと、新卒と役員レベルに外国人を入れる形で、いわば両端から攻めていくパターンが多いのですが、そうすると、真ん中が取り残されてしまうのです。その点、御社は真ん中もないがしろにしないと。
佐藤 はい。海外留学の上限年齢はこれまで32、33歳でしたが、今は部長手前の40代半ばの人材にもチャンスを与えています。また、留学にとどまらず、仕事や会社のことをよく理解し脂の乗っているミドルに、海外での業務経験を積ませたいという思いから、積極的に短期海外派遣を実施しています。具体的には、アジア・北米・南米などの海外事業会社に半年から2年程度派遣しています。
ありとあらゆる顧客に対峙するのが鉄鋼業の宿命
大久保 先ほど、社員の志や意欲の向上といった話が出ましたが、具体的にはどうされるのですか。
佐藤 2003年に、さまざまな部署のミドルが集められ、本社に製造実力向上委員会という組織がつくられました。そこで抽出した柱の1つが「モノづくりの活性化」ということでした。たとえば、高度成長期にはわが社においても製品の品質向上を目指した自主管理活動(JK)がさかんに行われていましたが、いつの間にか活気が失われつつありました。これを再活性化させようと、従来は製鉄所でのみ行っていた活動に本社で開催する全社大会を加えました。JKの中心を担う現場第一線の管理者たちのほとんどは、本社に来たことがありません。さらに役員などの幹部も全社大会に出席するというわけですから、やる気はいやがうえにも高まりました。人員削減による合理化、生産設備の合理化と違い、こうした総合的な生産性向上はまさに人事施策が鍵を握ります。前2者と比べ、その効果を測るのは難しいのですが、飛躍的な成果を期待したいと思っています。
大久保 東日本大震災をきっかけに、個人主義的な考えが企業のなかでも弱まったのを感じます。強い個人をつくるのではなく、強いチームをつくる。そういった志向が強くなってきたようです。御社は昔からこの考えは変わらないようですね。
佐藤 そうですね。鉄は産業の基盤ですから、苦しい時でも逃げも隠れもせず、真正面から、ありとあらゆるお客さまと向き合わなければなりません。そのために必要なのは個人よりチーム、そして組織です。それが鉄鋼業の宿命なのです。新入社員にはよく言うんです、うちで仕事するのはしんどいよ。でも、人生を歩むが如く仕事をしたいのなら、こんなに楽しい職場はないよ、と。
大久保 ずばり、どんな人材が理想ですか。
佐藤 学生には2つの条件を伝えます。ひとつは、普遍的価値観をもち、人として必要な素養を本質的な目的のために身につけることを怠らない人、もうひとつが正義に根ざした価値観で行動できる人。加えて、就活のマニュアル本の類は読むな、とも言います。そんなものを読む暇があるなら、自分はこれまでどうやって生きてきたか、これからどうやって生きていくかをしっかり考えなさい、と。
大久保 賛成です。私も、マニュアル本は読むな、と学生に言いますよ。
(TEXT/荻野 進介 PHOTO/刑部 友康)