真の「キャリア自律」のために全員が「自分ならでは」の人生に責任を持つための支援を 田村寿浩(博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ)

2017年05月15日

今、日本において「働き方改革」を進める企業が着実に増えてきている。企業はこれまでの経済成長の流れの中で、競合との競争優位を引き出すために多くの慣例や業務スタイルを培ってきたが、その見直しが、国や世論の後押しはもちろん、たとえば組合といった自社社員の発露からも進んできている。

新しい人材マネジメントの展開には、企業側の変革が必要

そうした「働き方改革」を進めていく際、成功へと導く強力な要素の一つとなるのが、人事制度改革である。いわゆる、バブル終焉後に導入した成果主義を見直し、社員個人の成長を基点とした評価・配置・育成制度へと転換しようというダイナミックな試みであり、グローバル企業を基点に、「ノーレイティングをベースとした新たな人材マネジメントシステム」として、日本でも少しずつ導入する企業が増えてきている。

これには、導入企業からも声が上がっているように、まず企業側に大きな意識変革が求められる。個人の成長は単年度で測りきれるものではない。よって、チャレンジを促す社風の醸成も踏まえて、個人の成長を中期視点で見て評価していくことが必要になる。そうなると、収益の視点も、単年度ごとに前年比増を積み上げる形ではなく、中長期視点で目標を設定しなければならなくなる。これは、一時的に前年度の成長を割り込む危険もはらむことになり、株主への説明責任も含まれてくることから、トップが大きな方針転換、および意識改革を社内外に促す必要が出てくるのである。

また、社員各人が存分に成長することを目指すとなると、これまでの終身雇用をベースにした均質的な成長イメージ、キャリアゴールの設定をやめ、教育システムはもちろんのこと、配置や、ひいては副業許可等を含めた就業形態の多様性を担保する必要も出てくる。

社員個人の意識や価値観の変革がより重要に

このような、時代に合わせた働き方、および成長を軸とした人材マネジメントシステムの導入には、一方で、そこで働く社員個人にも同等の、もしくはそれ以上の意識、価値観の変革が求められる。

「成長」を軸とするということは、社員個々人が常に変化し、環境に合わせて自らのパフォーマンスの質を変えていく責任が生じるということである。それは、たとえば現在の中高年社員であれば、多く見られがちな「ぶらさがり」からきっぱりと決別する必要が出てくる。また、個人の成長が多様な方向に向かう可能性があることからも、比較的ミドル社員に見られると思われる「他者との比較」による自己の価値づけからも、決別が必要である。

一方、こうした他者比較視点よりも、自分視点が強い今の若年層においては、会社という集団に属して社会と接点を結ぶことを選んだことの自覚、すなわち、コミュニティの成長方向にいかに自分の成長をマージさせていくかが、本気で問われてくることとなる。

真のキャリア自律の時代=十全に自分の人生を生きる姿勢が問われる

まさに、2000年代から提唱されてきた「キャリア自律」が真の意味で問われる時代になってきたと言えよう。キャリア自律の定義はさまざまある中で、筆者は自社にて「自らの動機、価値観、スキル等を理解し、会社との接点を模索しながら、自分ならではの成果を出すために実際に動いている状態」と言い続けている。前述のような新しい人材マネジメントシステムでは、会社側が個人の成長のために注力する一方、自分と会社の接点の模索も、そこで生じた成果への納得も、すべて社員自らが行い、意味づけをしていくことになる。つまり、自らのキャリアを、他者と比較することなく、「これでいい」と納得し、十全に自分の人生を生きる姿勢が問われるのである。

『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』(山岸俊男、集英社インターナショナル)にもあるように、安心社会の中で生きることに慣れている日本人にとって、他者との違いを認め、その違いを含めて自分であると納得するのは、なかなか難易度が高い姿勢である。しかし、変化が激しく、正解が一つではない今の時代では、個々人がそれに振り回されて無用に迷うのではなく、自分が自分でいいと安定していることが何よりも大事になってくるとも言える。

ではそのために、何が必要となってくるのか。一つは、深い内省の姿勢である。個々人が、自分に起こっている出来ごとをどう意味づけするか、そのための時間を日常の中で十分に持つ必要がある。現代に見られる情報量の過多、情報スピードの速さは、どうしても即応的なコミュニケーションになりがちで、いわばやりとりが「反射」で行われる傾向がある。そこでは他者基点の反応が行われているにすぎない。そこを一旦とどまって、起こっていることを深く見つめる所作が、一人ひとりのビジネスパーソンに求められると言える。現在、"今ここ"の自分に意識を向ける「マインドフルネス」が脚光を浴びてきているのも、こうした「自分を取り戻す」所作が現代に必要であることの顕れとも言えよう。

また、教育の視点も必要であろう。横並び、正解主義に陥りやすい現代の教育システムでは、他者に依存しない、自分ならではの価値に軸足を置ける子どもはなかなか育ちにくい傾向があると言えよう。いわゆる学術を学ぶことに並行して、自分ならではの特性の大事さ、それを基点にそれぞれが自分ならではの仕事をしていくことの尊さを伝えていくことは意味があり、たとえば若年時から、産学連携でキャリア自律の重要性を訴求していくことも、一つの有効なアプローチであると考える。

「共依存」から「共生」へ。誰かのせいにしない、自律した世の中へ

新しい「企業」と「人」の関係は、「共依存」から「共生」の世界へと変貌を遂げていくことになる。これまでのようにお互いの利害を無意識に入れ子にして密着するのではなく、同じビジョンのもとに集まる個々人が、根っこの水脈でゆるくつながりながら孤立せずパフォーマンスを出して成長していく。これはまさに社会を構成する主体同士の新しい関係を生み出すパラダイムシフトでもあるのだ。

これを成し遂げる大きなカギは、やはり自らのキャリアを、他者と比較することなく、「これでいい」と納得し、十全に自分の人生を生きる姿勢であると言えよう。人は自分に十分納得してこそ、初めて他者を認めることができる。その結果、お互いが自律しながらつながることができる。それは、人と企業、ひいては人と人の関係を変え、サスティナブルな世の中を生きる上での姿勢の獲得にもつながる。そして、その実践が進めば、誰かのせいにしない、自律した世の中が、立ち現われてくるかもしれない。

プロフィール

田村寿浩

博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ
ワークスタイルデザイン局健康推進部 兼人材開発戦略室

1992年博報堂に入社。営業部門にて得意先企業の広告コミュニケーション業務に従事。2002年より研究開発部門に所属し、生活者心理の調査技法や、ワークショップ等の共創ナレッジの開発を担当。並行して、コンサルティング部門にて、企業ヴィジョン開発やブランディング業務に携わる。2010年東洋英和女学院大学大学院にて臨床心理を学び、修士取得。同年より人材育成部門にて、社員のキャリア自律支援施策の開発・運営に携わるとともに研修等のファシリテーションを行う。2017年より現部署にて健康経営推進を担当。臨床心理士としても活動中。