プロフェッショナルが「ミッション」でつながり合う組織という第3の道 小山健太(東京経済大学コミュニケーション学部専任講師)

2017年05月15日

私は日本型組織の特徴は「現場からのイノベーション」にあると考えている。いわば、現場力である。現場の社員が創意工夫しながらチームワークで仕事に取り組むことで、製造ラインを改善したり、顧客とのやり取りから新しいニーズを見出しビジネス化してきた。日本型組織では現場社員が創意工夫できるように、あえて一つひとつの職務(ジョブ)を明確化せずに、チームワークを重んじた。米国型組織のような職務記述書にもとづく雇用管理ではないからこそ、チームワークにもとづく現場からのイノベーションを実現できたのである。そして、「現場からのイノベーション」を重視する日本型組織を日本だけでなく他国でも展開できるのかということに、私は強い関心をもっている。

チームワークと現場でのイノベーションを両立させる

日本の労働人口が減少していくこれからの時代において、人材の多様化は必須だ。そこで近年では、ジョブ型組織への移行が議論されている。ジョブ型組織の合理的なメカニズムが競争力をもつビジネスモデルもある。その一方で、日本型組織が重視してきた「現場からのイノベーション」が引き続き競争力になるビジネスもある。これまで、日本型組織の「現場」の主たる構成員は「日本人・新卒・男性」という属性の社員に限られてきた。したがって、多様な人材がチームワークでいきいきと働ける組織をつくることができれば、日本型組織の強みである現場からのイノベーションを復活させ、さらには他国でも展開できるようになるのではないだろうか。「多様な人材による現場からのイノベーション」の前提となるのが「プロフェッショナリティ」「個の尊重」「ミッション共有」であると私は考えている。

ジョブよりも幅広いプロフェッショナリティを育てる

まず、プロフェッショナリティについて考えてみたい。高橋俊介先生がおっしゃるように、現在のビジネス環境は予測可能性と管理可能性が低い。こうした状況では、各自がプロフェッショナリティを高めクリエイティブに行動することが求められる。よく日本人社員はジェネラリストだといわれることがあるが、必ずしもそうとは言えないことが小池和男名誉教授の実証研究で示されている。欧米より幅がやや広いものの、日本企業でも一定の職能の範囲内でキャリア形成されることが多いという。例えば、人事というプロフェッショナル領域には労務、採用、人材開発、人事企画など様々な職務がある。これら人事関連の多様な職務を経験した人材が人事責任者になることが多い。また異動を通じて様々な職務を経験するため、多くの職場で人的ネットワークができる。そうすることでプロフェッショナリティをもった人材が育成され、かつチームワークも醸成された。つまり、日本企業は社内教育によってプロフェッショナル人材を育成してきたのである。ただし、プロフェッショナリティの領域は、職務(ジョブ)よりも幅が広い。これが現場からのイノベーションを生み出す要因の1つであると考えられる。

「組織人事の世界観」の参考図書『江戸幕末滞在記』では、幕末の日本に滞在したフランス海軍士官が、日本人の職人の技術力に驚愕したエピソードが記されている(『江戸幕末滞在記』エドゥアルド・スエンソン、講談社学術文庫)。明治期以降の急速な近代化や、戦後の高品質なモノづくりのルーツは、江戸時代の職人の水準の高さ(プロフェッショナリティ)にあったのかもしれない。

ただし、新卒から定年までの長期雇用(いわゆる「終身雇用」)が限界を迎えている今、組織の責任で社員に長期間トレーニングを提供することが難しくなってきている。これからは、そうした組織側の努力だけでなく、一人ひとりの社員が自己責任で自身のプロフェッショナリティを向上させていくことが必要となる。

日本人は同質的である、という前提を捨てる

次に、個の尊重についてである。多様性(ダイバーシティ)の本質は、属性(性別、国籍、採用形態など)の多様化ではなく、多様な一人ひとりを尊重することであると私は考えている。そうすることで、多様な人材が対等に働く現場をつくることができる。

個の尊重という視点で考えると、これまで同質とみなしてきた「日本人・新卒・男性」という属性の社員であっても、一人ひとり多様な存在であると認識することができるようになる。『DNAでたどる日本人10万年の旅』(崎谷満、昭和堂)では、日本人がDNAレベルでは非常に多様であることが紹介されている。また、『日本の歴史をよみなおす』(網野善彦、ちくま学芸文庫)では、農業中心の均質的な文化をもつ日本人像を否定し、起業家精神に富む庶民がたくさんいたことが指摘されている。つまり、我々がふだん思っているよりも「日本人」という属性の人は本来、とても多様なのである。

個の尊重という視点をもつことによって、中途入社の社員、育児や介護で短時間勤務する社員、非正規雇用の社員、シニア社員、病気治療中の社員、障がいという特性がある社員、外国籍でいずれは母国に帰ろうと思っている社員なども対等にチームに迎え入れることが可能となる。一人ひとりのキャリア観や生活環境が異なるため、誰もが主体的に働けるように、キャリアコンサルタントなどの支援メカニズムが重要になる。

長期雇用に代わる求心力「ミッション」

最後に、ミッション共有である。プロフェッショナリティをもつ多様な個人が現場レベルでイノベーションを実現することは容易ではない。ときにはぶつかり合いながらも相互学習によって新しいアイデアを生み出すためには、組織への強力な貢献意欲が必要である。従来の日本型組織は、新卒から定年までの長期雇用と年功的処遇という「雇用の安定性」によって強い組織求心力を生み出していた。しかし、そうした施策が限界を迎えている今、新しい求心力として私が重視しているのがミッション共有である。

原点に立ち戻って「組織」というものを考えてみたい。バーナードは『経営者の役割』(ダイヤモンド社)において、組織の定義を「二人以上の人々の意識的に調整された活動や諸力の体系」と提示したことで有名である。さらに、組織成立のための3要素を、(1)伝達(communication)、(2)貢献意欲(willingness to serve)、(3)共通目的(common purpose)と指摘した。興味深いことに、現代の組織において当然存在している報酬、評価、階層などは、バーナードが指摘する組織の成立要件には含まれないのである。むしろバーナードが重視するのは「共通目的」であるが、これこそ現代の組織において脇に置かれているものではないだろうか。多くの企業で経営理念が策定されているが、それがミッションとして現場の社員一人ひとりに共有されている会社は少ないように思う。しかし、原点に立ち戻れば、ミッション共有は組織成立の必要要件なのである。

日本型組織の新しい形、プラットフォーム型組織に移行せよ

したがって、新しい日本型組織として私が提案したいのは「プラットフォーム型組織」である。プラットフォーム型組織の構成員は、社内異動と社外転職を通じて、個人の責任でプロフェッショナリティを高めていく多様な個人である。従来日本型組織では組織が主、個人が従(まさに「従業員」といわれるように)であったが、プラットフォーム型組織では組織と個人は対等な関係性である。しかし、ジョブ型組織のように職務記述書が前提となったジョブベースの雇用契約とも異なる。プロフェッショナリティをもつ多様な人材一人ひとりが尊重され対等に組織に参加し、組織ミッションを共有することで組織へのコミットメント意識を強くもつ。そうすることで、職務記述書であらかじめ規定された範囲の成果を生み出す現場ではなく、相互学習を通じてクリエイティブに働く現場をつくることができる。このように考えると、プロフェッショナリティ、個の尊重、ミッション共有を前提とするプラットフォーム型組織を構築することで、「多様な人材による現場からのイノベーション」を実現できるのではないだろうか。

プロフィール

小山健太

東京経済大学コミュニケーション学部専任講師

専門は組織心理学・キャリア心理学。博士(政策・メディア)(慶應義塾大学)。慶應義塾大学と上智大学でも非常勤講師として授業を担当。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教を経て、2015年4月より現職。研究テーマは日本型人事の新展開であり、企業やNPOとの協働による研究や人材開発研修に取り組む。近年は、日本企業で働く外国籍新卒社員を対象に、上司との相互学習や組織コミットメントの多様性について研究している。