“AND思考”で人事は人と組織のあらゆる矛盾に向き合え 曽山哲人(サイバーエージェント)
企業変革や組織開発が成功する会社としない会社。その差には何があるのか。成功する会社や組織をよく観察してみると、ひとつの共通点に到達する。それは「AND思考」である。この「AND思考」は、『ビジョナリー・カンパニー』(ジム・コリンズほか、日経BP社)にある「ANDの才能」という言葉が基礎となっている考え方である。永続的に成長し続ける企業が持つ、様々な矛盾に対して「両方解決できる方法はないか」と徹底的に自問自答をして自分たちの解を見出す「ANDの才能」という概念を、「思考」という行動レベルに転換したものだ。新しい人事制度などを何も考えずに導入することを、現状を無視するという点で「OR思考」とし、「現状の自分たちの状態」を傍らに置いた状態で、「新しいもの」をその反対側に置いて考えるのが「AND思考」である。
自らの強みを活かしながら、新しい変化をつくる「AND思考」
「AND思考」には、企業の成長や業績拡大につながる効果がある。たとえば、自分たちの「強みを活かせる」こと。自分たちの現状をきちんと大切にすることで、これまで築いてきた自分たちの強みを活用しながら新しい変化をつくることができる。
変化の激しい時代においては、先を見通すことが難しいだけに、不安が増殖しがちである。そんな状態の中で組織も個人も存在感を出すには、自分たちの強みを理解し、他社にないその強みを徹底的に伸ばすことが重要であり、それによって競合優位が高まっていく。一方で、「外からの学びを受け入れやすくなる」ことも重要である。大学での研究や他社の事例などに、人はついつい極端に反応しがちである。あの会社がやっているならば、と「妄信的な肯定」をすることもあれば、一方で、このような事例はこの企業にしかあてはまらないだろうという「拒絶の思考停止」もよくある話である。
「AND思考」を持っている人はそうではない。まず、「自分たちに活かせるところはどこだろう」という視点で、目の前にある情報を受け止める。そして、外からの学びを、純粋に自分たちに活かせるものにつなげる思考を持っているため、情報への受容性がより高まる。さらに彼らは、自分たちの強みと、外からの学びを昇華し、「オリジナルを生み出せる」。2つの要素を「AND思考」でとらえ、自分たちの業績拡大につながるものは何なのかを考え抜くと、そこには世界にどこにもない、自分たちの会社だからこその選択肢が生まれてくる。これまでの自分たちからは変化しているが、他社のモノマネでもない。どうやったら両方の要素を踏まえてうまくいくのかという「AND思考」を徹底することで、唯一無二のオリジナルな解に到達することができるのである。
日本に受け継がれるAND思考こそ「和魂洋才」
ちなみにこれは企業や組織だけではなく、国家の成長においても共通点があり、実際に興味深い論考がある。それは文明に対する新しい見方を提示した梅棹忠夫氏の『文明の生態史観』(中公文庫)。西ヨーロッパの数カ国と日本を高度に発達した文明国家である第一地域とし、そのほかのユーラシア大陸の地域を第二地域として、成長の変遷が異なるとした。第一地域を中心として辺境にある国家は比較的他国からの脅威が少ないこともあり、時間はかかるものの他の地域の良さを学びながら発展し継続的な成長を重ねたことで、安定的で高度な文明を持つに至ったというものである。第一地域は比較的安定的に国家が成長してきたため、第二地域によく起きていた国家転覆のような破壊的変革ではなく、良いものから学びより良くしていこうという「取捨選択」を積み重ねた成長の経験が歴史上長くなっている。外から学んで、それを自分たちに合わせて活かすという取捨選択の力が第二地域の国々よりも高度化していたのである。日本はアジアの辺境かつ島国という、敵の脅威に対して極めて強い環境であったが、これまでの日本の発展を振り返ると、「和魂洋才」という言葉に象徴されるように、自分たちの強みを磨きながら積極的に他国から学習してきたことがわかる。「和魂洋才」という言葉こそまさに「和魂と洋才のAND思考」。日本の驚異的な成長は、まさに「AND思考」によって築かれてきたのである。
これから成長するのは、「わが社型」で競争できる企業
改めて企業や組織の視点で振り返ると、企業の変革や人事制度の改革では、どこかの国や会社で流行っているものを何も考えずにとりあえず導入しようとする、「自爆人事」ともいえる状態を時折目にする。私自身の経験でも、良かれと思って導入した制度が社員から喜ばれずに、軌道修正を強いられたことが何度かある。たとえば、10年以上前にコンピテンシー項目を評価制度に導入したが、評価には使いづらいという声が多く上がった。「面談で活用してくれれば問題ない」と軌道修正したが、結果的にそれが対話が増えるきっかけになり良かったという経験がある。他社から学ぶことは素晴らしいことである。ただそれをむやみに自社に導入するというのは、自分たちの強みを活かさないばかりかむしろ否定することになりかねない。「社外のトレンドAND自社の実態」「経営の要望AND社員の現実」など、常にANDで考えて両方がうまくいくようにするにはどうすればよいか考えると、そこに自分なりの解答が見えてくるものである。
成長し続ける会社、業績を上げ続けている会社の経営者や人事の方と話をすると、たいてい流行り言葉だけに偏ることの危険性を語られることが多い。自社の強みを活かしながら、他社から徹底的に学び、オリジナルをつくり出す。これからの時代は、「わが社型」で徹底的に競争するような創造性の高い企業が業績を伸ばし続けていくと確信する。
プロフィール
曽山哲人
上智大学文学部英文学科卒。伊勢丹(現三越伊勢丹ホ ールディングス)に入社し、紳士服の販売とECサイト立ち上げに従事 したのち、1999 年株式会社サイバーエージェント に入社。インターネット広告事業部門の営業統括を経て、2005 年人事本部長に就任。現在は取締役として採用・育成・活性化・適材適所の取り組みに加えて、『最強のNo.2』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『クリエイティブ人事』(光文社新書)など複数の著作出版や、ブログ「デキタン」をはじめとしてソーシャルメディアでの発信なども行っている。