人生を何度も楽しむ社会へ。キャリアのオーナーシップを自分自身に取り戻す 濱瀬牧子(LIXIL )
昭和世代の定年が55歳の時代から今や65歳まで延び、平均寿命が100歳を超える50 年以内には、80歳まで働くことが当たり前の時代がくると言われる。
「生涯現役」の持つ言葉の意味は、"1社で勤め上げた後、余生を趣味で元気に過ごす"ことではなく、 また、60年近く働くとなれば、"同一職業を2、3社で続ける"ことでもなくなる。
よき歳の重ね方をしている人は、長期的視点で冷静に行動を変えられる
海外で生まれ育ち、ハーバード卒でAIを専門とする20代日本人のある若者は、今 日本で子供にデータサイエンスの面白さを教える学校を創り教えつつ、次にやりたいことはプロのチェロ奏者であると目を輝かせて話してくれた。そのために米国の名門であるジュリアード音楽院への進学に向けて、仕事の合間に練習に励んでいるという。20年後には本気で実行しているに違いない。彼のように、今行っていることや過去の経験・実績には一見関係のないキャリアの積み方、生き方のような価値観、つまり人生を何度も楽しむ生き方が "100年人生"には必要になってくると考えるが、そのためには何が必要か。ジョージ・ヴァイラントはその著書、『50歳までに「生き生きした老い」を準備する』(ファーストプレス)の中で、「よき歳の重ね方をしている人は、長期的視点で冷静に行動を変えられる思考行動特性を持ち、自分で行動を選択し、実行に移している」と分析する。
個人の仕事観の変化と組織のニーズがマッチしていない
かたや、現代資本主義の存続の危機(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ヴェーバー、岩波新書)の観点から考えると、変わりつつあるとはいえ、そうした自己実現の仕方や個人の仕事観の変化と、大企業を中心とする組織のニーズとはマッチしなくなっていく。また、『失敗の本質』(野中郁次郎ほか、中公文庫)にもある、序列に基づいたエリート集団が組織を牽引するというプロトコルがまだ主流を占めており、18歳で入った大学と22歳で入った会社で人生の成否がほぼ決まるかのような新卒偏重型の採用、個人の就社意識は変わらず存在する。希望の会社に入れなかった学生が自殺したり、長時間労働がうつ・過労死につながりやすい傾向は日本独特である。
「安心社会」(『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』山岸俊男、集英社インターナショナル)型集団といえる日本の会社組織はタテ社会構造(『タテ社会の人間関係』中根千枝、講談社)であり、年齢や入社年次、職能評価をベースに設計されてきた。タテの序列重視で自分の考えよりも上の指示が全てである組織メカニズムでは、VUCA(Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、 Ambiguity(曖昧))に表される時代の、過去の成功法則が効かず物事を俯瞰的に見て柔軟に判断し、スピーディに対応するというコンピタンシーを備えていない。企業や社会は、序列から役割重視型の組織モデルを変化に合わせて作れるか、そのために多様な人材を集め、個人の強みや専門性を組み合わせて組織化する制度や仕組みを用意できるかが課題となる。
非連続の中で自分らしい選択ができる余裕とエコシステムを
そうなると個人は、パターン化した「優秀な」人材とそのキャリアモデルにのるかそるかで人生を一喜一憂する必要がなくなる代わりに、自身の生き方、キャリアの歩み方の舵取りを会社によってでなく自分で行う覚悟と準備が必要になる。「信頼社会」(『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』)型の成熟した社会の必然が生じたことで、自律した個人が対等な関係性の中、一定の目的や理念のもとに集まり、各自持てる能力を最大発揮する組織というメカニズムを新たに生み出すことができる。ある製薬企業に勤めるメディカルドクターは、コンサルタント、社外取締役等4つの兼業を行っており、帰属企業へのコミットも熱い一方、持てる能力を世の中に広く役立てるべく活躍している。もし今の会社と縁がなくなっても"生涯現役"を貫く術を持っている。
組織が、序列による就社前提の制度設計でなく、広く社会をひとつの基盤ととらえ、目的や理念に合致した個人が都度集まって役割を果たすフラクタル構造が当たり前となれば、育児、介護、長時間労働、非正規雇用といったさまざまな問題も、人生の時間の長さと選択肢の組み合わせにより吸収できるようになる。人生やキャリアの成功と失敗は一本のレールの上で測られるのではなく、非連続の中で自分らしい選択をしていく。一回休みもあり、他のことにチャレンジするもあり、長い人生の中でジグザグと行きつ戻りつする余裕と、そのためのエコシステムがなければ100年人生は苦痛なだけになる。
「帰属による安心」から、「自律による自信」へ
ここからは、100年人生を豊かに生きるための「長期的視点で冷静に行動を変えられる思考行動特性を持ち、自分で行動を選択し、実行に移せる」自律人材はどのように増やせるかに目を向けてみたい。
働き方が多様になり、何度も異なるキャリアを経験することになれば、帰属する組織も一つでなくなる。安心社会で生きてきた人たちは、エーリッヒ・フロムが著書『自由からの逃走』(東京創元社)の中で述べているように、自由と孤独の背中合わせの混沌を抱えながら、集団帰属の安心感を捨てるという孤立感と不安に対峙しなければならなくなる。「帰属による安心」から、「自律による自信」を持つこと、どんな組織でも生きていける柔軟性とコミュニケーション力を高め、次のステージに向かうための継続的学習が個人には求められる。その社会的インフラ整備が国の役割である。
日本人は「自己肯定感」が低い、と言われるが、多様な人生を築いていくには、集団帰属に拠り所を求めるのではなく、どのような組織、場所、境遇であっても自分は大丈夫である、という自信が必要である。とある調査で、小学生100人に「自分に好きなところはありますか?」と聞いたところ、あると答えたのは都心で3割、地方で1割だったというがこうした例は多々ある。
「一人ひとりが自分のやりたいこと、強みを活かし、情熱をもって仕事をすることが最終的な成果につながる」というゲイリー・ハメル(『経営は何をすべきか、ダイヤモンド社』)の説からも、自分の強みは何か、何がやりたいのか、そのために何をすればよいか、の問いを考えぬき軸を作ること、準備して実行する人材になることが求められる。先述の若者はまさにそれを体現しているわけだが、元をたどれば幼少期からの教育の必要性も喚起したい。教師が一方向に指導要綱に基づき「教える」、正解暗記型の教育ではそうした子供は育たない。また、「ほめる」教育が流行しているが、結果ではなくその思考・実行プロセスをほめることが真の自信につながることはあまり指摘されていない。一人ひとりの持てる潜在能力を引き出し、多様な仲間と意見を交わしながら、異なる考え方に触れ、対話を通じて最適解を求める、というファシリテーター型の教育が必要である。会社の中で、皆が対等に意見を言い合い、意見が違うことを恐れず、間違っても臆せずどうどうと自分の意見を述べるカルチャーが当たり前の会社はまだまだ限られる。幼少期にそれらの経験を通じて、そうした思考と実験の繰り返しから自信を身につけ、自律し自己実現に向けて自分で舵をとるマインドの醸成が教育に必要であろう。
100年人生を豊かに生き抜くために
人生を何度も楽しむ社会にするために、個人は受け身の人生から、しがみつかない生き方のための教育や社外でのさまざまな活動を通じて自分の可能性を広げ、自分の「強み」「好き」の認識作業と継続的学習の中で、キャリアリセットしながら長い職業人生を自身の選択で生きる。人生を「こんなもんだ」ではなく、「選んで幸せになる」自信と知恵を身につける。キャリアのオーナーシップを会社から自分自身に変える。これらによって、100年人生を豊かに生き抜くことができるはずだ。
プロフィール
濱瀬牧子
ソニーにて、人材育成、国際人事、「Sony University」設立・運営の後、米国本社(New York)にてタレントマネジメントを構築。
関連会社人事総務責任者として人事実務、労務、ジョブグレード制導入等、本社人事統括部長として海外採用、日本の新卒採用変革等を歴任。
2013年10月 LIXILに入社。執行役員&グローバルカンパニーCHROとして同社の海外展開を人事面から担当。 2015年4月より、上席執行役員&LHT人事総務本部長として、約2.8万人の社内カンパニーにてCHROの後、2016年7月より現職。経済産業省、文部科学省等委員、経営系専門職大学院認証評価委員、経済同友会委員会副委員長、大学アドバイザリーボードメンバー等。