会社の境界線を取払い人材が自由に出入りできる社会を 広瀬 健(味の素)

2017年05月15日

「千年後の人々は、今の時代に変化のスピードが危機的なほど加速したことに衝撃を受けるだろう」[1]とゲイリー・ハメルも書いているとおり、世の中の変化が近年、加速度的に早くなっている。この変化に伴い技術の進歩も加速している。

経営・組織の在り方、社会・個人の働き方を根本的に見直すときがきた

10年以上、計3000億円をかけて2003年にヒトのゲノム全30億の塩基配列の解析が完遂されたが、現在では解析時間15分、1000ドル以下で個人の全ゲノムを解析する機器の販売を計画している企業があるように[2]、これまでは処理することが困難であったビッグデータの利用が進んでいる。

また、2016年AI(人工知能)囲碁ソフトが棋士に4勝1敗で勝利したことでもわかるように、自動運転や工場自動化を始めAIの応用可能性は広い範囲で現実味を帯びてきている。これら技術革新により、既存の事業基盤が大きく変わり、企業の競争優位性が突然失われることも起きるだろう。

一方で、「いま20歳の人は100歳以上、40歳の人は95歳以上、60歳の人は90歳以上生きる確率が半分以上ある」[3]と予測され、仕事人生も70歳以上に伸びると予測されている。これらを踏まえ、これまでの経営・組織の在り方、社会・個人の働き方は根本的に見直す必要がある。

よそ者を含めたより緩やかな枠組みへの変化が会社を強くする

「変化は期待と危険の両方をもたらすが、どちらがどれだけ多いかは各組織の適応力次第で決まる」[1]とあるように、企業は、どれだけこの変化に適応できるかが勝負になってくる。これまで、日本企業においては新卒一括採用を行い社内育成することで自社の戦略に合致した人材・技術・知識を確保してきたが、それだけでは現在の大きな変化やそのスピードに対応できなくなってきている。

組織については、「100年前のマネジメントの先駆者たちは、危機に負けない組織ではなく、秩序に従う組織を築こうとした」[1]が、「『組織化』が進んで、『マネジメント』が徹底するほど、適応性は失われていく」[1]。つまり、効率化を目指して作り上げられてきた現在の企業内の硬直した組織では変化への適応が難しく、「激動の時代に繁栄するには、組織やマネジメントの縛りを少しばかり緩めなくては」[1]ならず、プロジェクト的な仕事の進め方、外部との協業がますます重要になる。

個人に視点を移した場合、「これからの数十年で、労働市場に存在する職種は大きく入れ替わる。古い職種が消滅し、新しい職種が出現する」[3]と考えられ、仕事人生が70歳以上まで伸びると、1つの専門性に頼り、1つの会社で一生過ごすことは難しく、人生はマルチステージ化するため、「手持ちの知識に磨きをかけるだけでは最後まで生産性を保てない。時間を取って、学び直しとスキルの再習得に投資する必要がある」[3]。社内人材も社内に囲い続けるのではなく、外部組織に所属させ、新しい技術を学ばせることも必要になるだろう。結果的に、会社という枠組みが現在のようなきっちりしたラインから、より緩やかなドットラインに変化していくだろうし、それが企業の強さにつながると思われる。

日本においては、「個人の集団成員との実際の接触の長さ自体が個人の社会的資本となっており」「転職による社会的損失が個人にとって大きい」[4]ため、年功序列制度を生み、終身雇用や就社意識につながってきた。また、人々の結びつきの強い集団主義社会で、社会の仕組みそのものが人々に「安心」を提供することによって、いちいち他人を「信頼」しなくてもいいようにしてくれる「安心社会」であった[5]。つまり、これまでは「身内」で取引や業務を進めるうえでお互いに裏切り行為はできないという「安心」保証が、低コストかつ効率的な業務遂行を可能にしたが、上記の会社の枠組みへ変化するためには「よそ者」も含め様々な人と出会い、「信頼」を構築しながら仕事を進める「信頼社会」へ転換していくことが求められる。

「信頼社会型人材」を増やし、「信頼社会」へ転換せよ

今後はスピードの速い変化に対し、一企業で人材・技術を育成・開発し新製品・サービスを生み出していくことや、これら人材を雇用し続けるのは限界があるため、企業外の技術者、専門家、フリーランス、コンサルタントまたは他社、ベンチャー企業などとの協業がますます重要になる。これらの人材を柔軟に起用しプロジェクト的に仕事を進めることで、変化への対応力も高まるだろう。また、企業内の人材についても、兼業も認めて社外で新たな知識を学んだり、大企業の人材が中小企業で自らのノウハウを教えたり、起業して経営の視点を身につけたり、視野を広げ専門軸を増やすことが必要となり、一度退職した人材を再度雇用することも重要になるだろう。これらを通じ個人の仕事の幅は広がり、エンゲージメントも高まり、自らキャリアを描く方向へ転換が進み、人生マルチステージ化へも対応できると思われる。
しかし、このような働き方の人材が増えると一企業に対する遠心力が強まるので、企業の理念・ビジョンはますます重要になる。一方で、関わるプロジェクトへの忠誠心は高まると思われ、企業には魅力的なプロジェクトを生み出す力が必要となり、人事にはそれぞれのプロジェクトで組織開発し適材を起用・配置する力が求められる。
これらの変化の基盤となるのは、「信頼社会型人材」を増やし、「信頼社会」へ転換していくことである。「身内」の安心感から離れ、「信頼社会」で他人を信頼していいものかどうかという不安を取り除くためにジェノワ商人が出した答えは、法体系や裁判所といった「制度」を作ることだったが[5]、日本には既に「制度」は整っているので、これらをきちんと運用し、活用していくことが重要になる。例えば、「身内」の間では契約は形だけという意識が今も残っていると思われるが、中身をきちんと整備すること、何か問題があればきちんと主張して公正な制度のもとで結論を出すことなどをあたりまえにしていく必要がある。

「接触の長さが社会資本」というありようは変えられる

一生を1つの会社で過ごすという働き方ではなく、会社の枠組みをドットラインのように緩くし、人材がいろいろな組織に出入りできるようにし、いくつかの専門軸を身につけながらフリーランス的に働ける環境を作ることで、日本企業は強くなるとともに、人々は70歳以上までも働けるようになるだろう。

そのためには、「接触の長さが社会資本」という概念を払拭し、集団主義的「安心社会」から「信頼社会」へ変化していくことが必要だが、この変革に対する日本の展望は明るいと思う。なぜならば、戦国時代の武士たちは、皆が実力主義の原理で動き、自分の能力を評価してくれない「上司」ならば、さっさと見限り転職していたし[5]、日本は単一民族、単一文化と言われるものの、DNA多型(Y型染色体)の分析によると、多様なヒト集団、多様な文化、多様な言語が維持されてきたのであり、非常に多様な人々により形成されていることが分かっている[6]。つまり、「接触の長さが社会資本」となったのは、日本人の歴史からは最近のことであり、様々な人種や文化を持つ人々が島国へ到来し、排除されることなく信頼を築きながら受け入れ合い、折り合って日本人を形成してきた素晴らしい歴史を持っているのである。

 

【引用・参考文献】
[1] 『経営は何をすべきか』(ゲイリー・ハメル、ダイヤモンド社)
[2] 『「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか』(宮川剛、NHK出版新書)
[3] 『ライフシフト』(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット、東洋経済新報社)
[4] 『タテ社会の人間関係』(中根千枝、講談社)
[5] 『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』(山岸俊男、集英社インターナショナル)
[6]『 DNAでたどる日本人100万年の旅』(崎谷満、昭和堂)

プロフィール

広瀬 健

味の素
グローバル人事部人財開発グループシニアマネージャー

東北大学理学部修士課程修了後同社入社。医薬品の研究、臨床開発、導出入や外部提携等事業開発に従事。2014年7月から現職。主に基幹職人財の採用、育成、評価、昇格、異動、退職等、人事関連施策全般の企画・制度構築と適切な運用の実現およびグループ全体の要員状況把握、単体要員計画の策定と遂行を担当。