「全員参加・全社一丸」こそ、実は多様性実現のカギである 山本龍一(凸版印刷)
しばしば「全員参加・全社一丸」というフレーズが使われる。文字通り、組織を構成するすべてのメンバーが一つにまとまり、目標の達成に向けて邁進していこうという想いが込められた言葉として、さまざまなメッセージのなかで使われている。経営環境が日々変化し、競争が厳しい現代においては、みんなが力を合わせることで、その競争に打ち勝っていかなければならず、また過去のさまざまな時代においても、力を結束する重要性は同様であった。
真の「全員参加・全社一丸」組織を目指して
この「全員参加・全社一丸」の考え方は、組織の成果を最大化するうえでは欠かすことのできないものだと私自身は思っているが、これを単なる掛け声に終わらせず、実効あるものにしていくためにはどうしたらいいのかという疑問を同時に感じていた。「全員参加・全社一丸」の目的は、一人ではできない量をこなすことではなく、一人では創り出せない新たな何かを始めることである。ただ、これが押しつけになってしまうとモチベーションの低下を招き、いわゆる"働かされている状態"に陥る。目的を見失い、自律的・創造的な思考からも遠ざかり、現状以上の成果が期待できなくなる。
私は日本が歴史的に積み上げてきたこの「全員参加・全社一丸」という言葉は組織を強くする要諦だと信じたい。そしてそのためには、この言葉の再認識が必要であると考えた。そんなとき、「組織人事の世界観ゼミ」のなかで、新たに触れた意見や一般教養を踏まえ、自分なりに整理をする機会を得ることができた。キーワードは「多様性との関係」「高度な情報(インテリジェンス)」である。
「全員参加・全社一丸」は「多様性」と共存し得る
多様性は、人々の属性だけでなく個々の考え方など内面の部分も尊重し、それらを組み合わせることで、新しい価値を創造していこうというもので、ダイバーシティ・インクルージョンなどとも表現される。言い方を変えれば、「違い」から何かを生み出そうということである。ではこの多様性と、「全員参加・全社一丸」の関係性はどうであろう。答えは、「全員参加・全社一丸」をどのように捉えるかで、まったく異なる。
「全員参加・全社一丸」とは、背景や思考の異なる個々のメンバーが、時に発生する衝突や混乱も切り抜けながら、最終的には共通のゴールを目指していくものだと考えるならば、多様性の理念にも完全に一致する。それぞれの"違い"を前提にすることで、目標を共有することの意義が高まり、その達成に向けた自覚を促すことが期待できる。「全員参加・全社一丸」とは決して同質を求めるものであってはならない。"同じ組織だから"という理由だけで同質であると決めつけるのは限定的・観念的であって、確かな根拠はない。また、日本は多様性に欠けると思われがちだが、歴史的に見ると実は多様性に富んでいるという話もある。温暖な気候や海洋に囲まれた地域性に恵まれたこともあり、争いではなく、違いを前提とした共生により発展しながら現在に至っている。まさに多様性と「全員参加・全社一丸」である。この日本の強みはこれからも活かしていきたい。
一方、「全員参加・全社一丸」とは護送船団的に全員が守られ、全員が同じ考え方と行動によって均質的に目標に向かっていくべきものと考えると、多様性とは相反する意味に位置付けられる。この場合、一人ひとりの個性と独創性を追求していこうとするならば、「全員参加・全社一丸」であることが可能性を制限しかねないため、あえて「全員参加・全社一丸」を放棄し、個の力で成果を挙げていく必要があるだろう。
簡潔かつ具体的な情報共有が多様性を活かすカギに
では、多様性と「全員参加・全社一丸」という強みをより確かなものにしていくためには何が必要かということだが、それは高度な情報である。ここでいう高度な情報とは、希少な内容であるとか、精度の高い分析によるものなどではない。「簡潔かつ具体的な情報共有」のことであり、それこそが真のインテリジェンスと呼ぶものである。
既述の通り、「全員参加・全社一丸」とは、必ずしもすべてのメンバーが同じ立場・考え方である必要はなく、アプローチやプロセスが異なることも互いに許容するものである。それ故に、組織全体がどこに向かっていくのか、そのために個々に求められる役割は何なのかをしっかりと理解することが肝要となる。効率が悪く、なかなか成功にたどり着かない原因には、しばしば情報の非対称性の存在がある。必要な情報が共有されていないにもかかわらず、その場の空気などに後押しされ、明確な拠り所がないままに物事を進めようとすることは、日々のなかでも決して少なくない。それをチームワークや阿吽の呼吸という前向きな言葉に置き換えられてしまうと、誰もその問題点を指摘できないどころか、気づくきっかけを失うことになる。後々問題が大きくなってから対処することになり、責任の所在が不明確なまま、事態を悪化させてしまう。『失敗の本質』(野中郁次郎ほか、中央公論社)においても、この点は多様な事例とともに明らかにされている。
情報は単に共有して安心を得るためのものではなく、相互の理解を深め真の信頼関係を築いていくためのものでなければならない。安心は安定をもたらすかもしれないが、それでは現状維持である。情報を起点に信頼に進化することで、一歩踏み込んだ関係性を構築し、新たな価値を生み出すことにも結び付くのではないか。
「多様性」と「高度な情報」という視点で、「全員参加・全社一丸」の在り方を整理してみたが、極めて一般的な言葉である分、意識して原点に立ち返らなければ、単なる親しみのあるフレーズで終わってしまう。今後、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などによる情報革命が進展するなかで、人が行う業務の価値が大きく見直されていくであろう。それに伴い、「仕事との向き合い方」「人と人、組織と組織のつながり方」についてもあらためて見つめ直さなければいけなくなる。その際に、この「全員参加・全社一丸」のフレーズが再検討・再評価されるのではないかと考えている。
プロフィール
山本龍一
1998年青山学院大学経済学部卒業後、凸版印刷に入社。本社および事業部門の総務のほか法務部門や外部団体への出向を経て、現在の人事部に異動。人事制度の企画・運用を担当。