「幸せレベルを一定で留める」オランダ社会から学べること 今村健一(Endoule社)

2017年05月15日

オランダのアムステルダムで働き始めてしばらく経ち、いろいろなことが見えてきた。「働く環境が素晴らしい」「子供が世界一幸せ」「とにかく自由」など、この小国が世界から注目されることは多い。人口1700万人、国土は九州ほどの大きさ。オランダ人の特徴を簡潔に表現するとすれば、とにかく「自然体」で生きている、ということであろう。

1700万人総「自然体」社会、オランダ

背伸びをせず、無理をせず、自分なりの価値観をもって毎日楽しく暮らす。地味とかケチとか揶揄されることもあるが、彼ら自身は特に気にしない。裕福な紳士も古い自転車で通勤するし、若い女性が高級ブランド品を身につけることは稀だ。「自然体」を別の言葉で表現するとすれば、「幸せレベルを一定のところで留めている」というのが正しいか。衣食住すべてにおいてある程度のところでよしとし、贅沢をしない。同時に、そんな国民と対峙する企業や行政も、非常に合理的で、個人と同様に無駄や無理がない。お店は早く閉まるし、急を要さない市役所での手続きはやたらと時間がかかる。個人と組織が互いにそれを割り切って付き合っていて、ストレスが少ない社会が保たれている。こういった社会はどうやって形成されたのか、また日本はそこから学べることはあるのだろうか。

小国として、「やり過ぎはいけない」という歴史からの学び

まず、「自然体」を保つ礎になっているものは何か。真っ先に挙げられるのは教育インフラであろう。ちょうど100年前の1917年に憲法改正が行われ、「教育の自由」が確立された。学校は自由に教育方針や方法を設定し、子供と親は多種多様な学校から自分たちに合ったものを選ぶ。「自分は自分」という考え方がそこには流れていて、それが大人になっていくうえでの価値観の形成につながっている。日本でよくある学歴や社歴に関する世間体みたいなものはなく、それぞれが自由に生きているという感覚である。

もう一点、「歴史的経験からの学び」が彼らを自然体に保つ重要な礎となっているように見受けられる。スペインとの80年戦争、大航海時代の黄金期、アメリカの開拓。これらの史実に彼らは誇りをもっているが、決してそれらをひけらかしたりしない。むしろ「水を扱うのだけはうまいんです」とか「アメリカって本当にすごい国ですよね」「スペイン語ってオランダ語と違って世界中で使えて便利ですよね」という具合で、非常に謙虚だ。その根底には、やり過ぎはいけない、小国としてある程度のところで幸せや欲を維持しておくことが肝要だ、という考え方が感じられる。

合理的に割り切ることで、最低限の成長を維持

また、国全体での自然体を維持するため、国力を一定水準で上げ続けていくことにも成功してきた。世界経済の中で生き延びていくためには最低限の成長が必要であり、そのためにオランダが行ってきた政策は「合理的」で「割り切り」が感じられる。代表例としては以下のような打ち手が挙げられる。

・ポルダー(開拓地)

"God Created the world, but the Dutch created Holland"という言葉があるように、オランダ人は13世紀くらいから干潟をこつこつと埋め立てて土地を広げてきた。この開拓地は国土の20%にも及ぶ。国が小さければ広げればいいでしょ、と合理的に割り切っている。大航海時代には、この水を扱う技術が役に立ったし、今は農業国として広げてきた国土が功を奏している。

・英語

オランダ人は英語がうまい。他国と付き合っていくため、他国民を自国へ受け入れるために必用なツールと見なされ、学校教育でも力を入れている。会議でオランダ語が話せない人が一人でもいると、すぐに英語に切り替えてくれる。これは簡単なようで難しいことだ。

・大麻と売春

大麻と売春が合法であることは有名である。首都アムステルダムはきれいな街だが、パリやロンドンなどに比べると小さな街で、そこに他国から人を呼び込む施策として一定の成果を上げている。ちなみに、ローカルの人たちは大麻や売春が日常シーンとなっている中心地にはあまり寄り付かない。

・治安

オランダの人たちは何より掃除が好きで、インテリアにこだわっている。部屋をきれいにコーディネートしている家庭も多く、昼も夜もカーテンを閉めずにおくため、家の中が丸見えである。そこには「割れた窓理論」が当てはまると考えられる。すべての家がそのようにきちんと整えられていることが、犯罪の防止や治安維持、結果として「住む国としての魅力」につながっているのではないかと思う。

ゲイリー・ハメル著『経営とは何をすべきか』(ダイヤモンド社)において、自由と管理のバランシングの大切さについて触れられていたが、オランダは国全体でこのバランスをうまく保っているように思う。

直截的なコミュニケーションによって実現する有意義な意見交換

さらに、職場において「自然体」の社会を維持するための仕掛けがちりばめられている。「オランダモデル」として有名だが、実際に身を置いて働いてみるとその有効性がひしひしと感じられる。例えば男女問わずに、週3日や週4日で働いている人が非常に多い。これは夫婦協働で世帯収入を維持しつつ、お互いが子育てや家事に時間を割くために有効だ。子供の学校の送り迎えに行くと、親の半数はお父さんだったりする。そんなパートタイマーの社会的地位はフルタイムワーカーと比べて劣ることはなく、給与以外の待遇もほぼ同等だ。これが日本人から見ると「ワークライフバランスが取れた素敵な働き方」につながっている。

加えて、コミュニケーションはとにかくストレートだ。曖昧な表現で会議や会話の時間を長引かせたりしない。ちょっと気に入らない発言をした人には「反対!」「失望した!」などとその場で伝えるし、言われた側も落ち込んだりしない。慣れない私がオランダに来て初めて会ったクライアントに挨拶するやいなや、「今、私たちはあなたの会社への信頼を完全に失っています」と言われたのには面食らった。しかしそのおかげで、アポイントの30分をサービス改善に向けた有意義な意見交換に使うことができた。

「ボスほど早く帰る」を本気で実現すべき

さて、最後に、こんなオランダから我々日本人・日本社会が学ぶべきポイントは何か、ということに少しだけ触れたい。日本では働き方議論がブームになっている。その観点でまず提言したいのが、「ボスほど早く帰る」というルールの導入である。「なんだそんなことか、ありきたりだね」と思われるかもしれないが、このシンプルなルールを実践できる企業は少ない。まず、早く帰るために、効率化・合理化を進めざるを得ない。例えば、意思決定のスピードアップ(限られた情報だけで判断したり、数字で判断したり)、会議を減らす、日々のコミュニケーションを増やす、など。つまり、このシンプルなルールが日本の経営改革そのものにつながるはずである。ここでいう「ボス」は100人単位の組織のトップというイメージだろうか。「見える人」がアクションしないと変わらない。

梅棹忠夫著『文明の生態史観』(中公文庫)によると、オランダと日本は同じ第一地域というエリアに分類され共通点が多い。歴史的な背景や文化、地理的条件は異なるものの、400年前から交流を続けてきたこの国に学べる部分は多い。一億総活躍社会もいいが、「一億総自然体社会」として合理的に割り切った方向へ動き出すことも一つの解かもしれないと、日々感じている。

プロフィール

今村健一

Endoule社 チェアマン

東京大学卒業後、リクルートへ入社。求人事業の事業企画、ホールディングスでの人事、経営企画などでマネジメントに従事。人事制度の設計、人材開発、タレントマネジメントなどに取り組んできた。2016年より米国Indeed社のHRを経て、現在はオランダにてオンラインタレントアクイジッション事業を行うEndoule社チェアマンとして経営に参画。アムステルダムに家族とともに駐在中。