フリーランスに「最低報酬」の保証は必要か?

2018年09月26日

「収入」がフリーランスを続ける最大の問題

現在、就業者の約9割が雇用されて働いている。しかしながら、昨今、仕事を探すプラットフォーマーの普及や、企業の副業容認などを背景に、企業と雇用契約ではなく、業務委託契約で働く機会が増えつつある。既にフリーランスで働く人は、本業フリーランスが300万人、副業フリーランスが140万人となっている※1

最初にフリーランスの就業実態について確認しておく※2 。「働きやすさ」は、満足が73.7%で、不満26.3%※3 、3年後もフリーランス(独立自営業者)を「続けている」は64.8%であり※4 、「やめる」8.6%である。このように、フリーランスという働き方を積極的に選択している人は多い。

ただし、働き続けるうえでの問題点としては、「収入が不安定、低い」が45.5%で最も多く、ついで「仕事を失った時の失業保険のようなものがない」が40.3%である(図表1)。「得られる収入」の満足度も、満足48.5%に対し、不満が51.5%と拮抗しており、フリーランスの収入に関しては課題があるといえるだろう。

以上から、フリーランスで働き続ける環境を整備するにあたっては、収入についての政策検討を深めていく必要がある。厚生労働省の「雇用類似の働き方に関する検討会」でも、今後の検討課題の1つに「報酬の適正化」があげられている。

図表1 独立自営業者を続ける上での問題点(複数回答)
出所:労働政策研究・研修機構「独立自営業者の就業実態と意識に関する調査」(速報)

不透明なフリーランスの報酬決定メカニズム

では、フリーランスの報酬はどのように決まっているのだろうか。フリーランスの報酬額の決定に影響を与えているのは、「仕事の質や出来栄え」34.2%、「これまでの取引実績・回数」29.0%、「仕事の取り組み姿勢や意欲」20.2%である。これらに次いで、「算出根拠はわからない」も19.7%存在し、フリーランスの報酬決定メカニズムははっきりしているわけではない(図表2)。

図表2 仕事の報酬額に影響を与えた要素(複数回答)
出所:労働政策研究・研修機構「独立自営業者の就業実態と意識に関する調査」(速報)

フリーランスと違い、雇用者であれば最低賃金法によって、企業が雇用者に最低限、支払わなければならない賃金が決まっている。しかし、フリーランスの場合、そのような法律は存在しない。2016年にはインターネット上の記事をきわめて安い原稿料で発注しているサービスが問題になったことがある。現在も実態としては、最低賃金を下回る料金で仕事をしているフリーランスもいる。

フリーランスが働きやすい環境づくりとして、「仕事について、最低限支払われるべき報酬額を定めたルール」を整備してほしいとの要望は11.3%となっている。これは、「取引相手との契約内容の書面化の義務づけ」などに次ぐ4位である(図表3)。

図表3 独立自営業者がより働きやすくなるために最も整備・充実してほしいと考えている事柄
出所:労働政策研究・研修機構「独立自営業者の就業実態と意識に関する調査」(速報)

企業とフリーランスの報酬額をめぐる交渉

フリーランスの報酬決定メカニズムは不透明で、雇用者のような法律による保護はない。しかし、このような制度になっているのは、法制度上、フリーランスは「労働者」ではなく、企業同様の「事業者」と位置づけられているからだ。対等な事業者同士の自由競争を促進するには、過度な法規制はないほうがよい。実際、フリーランスのなかには、同じような仕事をしていても雇用者より高い報酬を得ている人もいる。

企業とフリーランスの取引において、料金(報酬)の交渉はどのように行われているのだろうか。図表4の「全体」をみると、報酬額は、「取引先が提示し、必要があれば交渉した」「あなたが提示し、必要があれば交渉した」を合わせて51.6%で、半数は何らかの交渉が行われている。一方、「取引先が一方的に決定した」33.6%、「あなたが一方的に決定した」5.4%で、フリーランスと企業の間で交渉が行われていない場合は、企業主導で報酬が決まっていることがわかる。強い交渉力をもつフリーランスもいる一方で、交渉力のないフリーランスもいるのが現実である。

図表4 主要な取引先での仕事の報酬額の決定方法
出所:労働政策研究・研修機構「独立自営業者の就業実態と意識に関する調査」(速報)

この傾向は職種別にもみてとれる。図表4において、「事務関連」では「取引先が一方的に決定した」が最多となっているのに対し、「IT関連」では「取引先が提示し、必要があれば交渉した」が最多で、次いで「あなたが提示し、必要があれば交渉した」となっており、報酬交渉が行われていることがわかる。また、「専門関連職」では、「あなたが一方的に決定した」の割合がそれなりにある。専門性の高い職種はそうでない職種に比べ、個人の交渉力が一定程度機能しているといえるだろう。

「最低報酬制度」を設けるメリットとデメリット

以上をまとめると、フリーランスのまま働き続けたい人は多いものの、収入については一定の不満がある。フリーランスの報酬決定メカニズムは必ずしもはっきりしておらず、また、報酬額に関しては、企業に対して強い交渉力をもつフリーランスがいるものの、数としては企業の提示額で働くフリーランスのほうが多い。

ここから浮かび上がるのは、前者のフリーランスには事業者として自由競争を促進する施策が求められているものの、後者のフリーランスには、企業との交渉力の差を埋めるような施策が求められているということである。

厚生労働省の検討会でも、フリーランスの報酬の適正化に向け、雇用者の最低賃金の制度と同じような、最低報酬の保証制度を設けるべきとの意見があった。これにより、報酬の底上げ効果があるとの主張がある一方で、フリーランスの事業者としての交渉の自由を妨げ、また、現在高い水準の報酬を得ているフリーランスの料金が最低報酬を基準として下がってしまうとの懸念も示されている。

フリーランスの最低報酬制度をめぐってこのように賛否両論が生まれるのは、雇用者の最低賃金の引き上げ議論からも推察できる。最低賃金の引き上げは、期待通り賃金を押し上げる側面と、賃金の上昇により雇用が喪失される懸念の両方が存在し、どちらが強くでるかは、その時の雇用情勢や引き上げる金額によって異なることがわかっている。
フリーランスの報酬制度の整備においても、報酬水準の底上げ効果と、就業機会の減少リスクのバランスに留意が必要である。

「最低報酬制度」による報酬の変化

フリーランスは雇用者に比べ、収入のばらつきが大きい(次コラム:フリーランスに学ぶ、会社員の「これから生きる戦略」参照)ため、最低報酬制度の導入により報酬の上昇と低下の両方が、雇用者より顕著に表れる可能性がある。報酬水準の低下を避けるには、企業に対して強い交渉力をもつフリーランスと、そうでないフリーランスを区別したうえで、後者に対してのみ報酬水準を整備していく必要があるといえるだろう。

現時点でも、例えば、労働基準法の「高度プロフェッショナル制度」や、高度外国人材の受け入れ要件、日雇い派遣の例外規定など、一定の条件を満たす個人とそうでない個人で異なる制度を適用する枠組みは存在する。

交渉力の強いフリーランスとそれ以外のフリーランスをわける1つの軸は、取引先企業への「従属性」である。従属性には、企業から受ける指揮命令の程度による「使用従属性」と、ほかの取引先確保の可能性に関する「経済的従属性」がある(図表5)。使用従属性が高いのは、フリーランスではなく労働者なので、フリーランスを分けるには経済的従属性に着目することになる。ただし、経済的従属性も、積極的に1社とだけ契約しているフリーランスと、他に選択肢がなく、かつ不当に低い報酬に抑え込まれているフリーランスでは状況が異なるため、より丁寧な検討が求められる。

図表5 就業者区分と取引先企業への「従属性」

「全体」と「職業別」、二段階での制度設計を

報酬制度の設計にあたっては、フリーランス全体に適用される制度を模索するのか、業種や職業といった特定のカテゴリーごとの制度を模索するのかも検討の余地がある。雇用者の最低賃金は、全体に適用される制度の上に、地域や特定の事業や職業だけに適用される制度がおかれた二重構造になっている。地域や事業・職業によって、雇用環境や雇用管理の特徴が異なるためだ。

フリーランスの最低報酬制度の検討においても、このような二段階の検討が必要だと思われる。雇用者の賃金設定が労使交渉と不可分であるように、フリーランスの報酬水準の設定もフリーランスと企業間のすりあわせと不可分である。とりわけフリーランスの報酬水準は、企業の給与制度で規定されないため、報酬水準の妥当性やその決定プロセスの構築を明示的に検討しなければならない。

また、交渉力の高いフリーランスと保護の必要なフリーランスを分けるにあたっても、複雑すぎる制度は現実の運用に乗らない。ビジネスの現場で関係者が理解し、守れる制度にするという観点も不可欠だ。その点でも、多種多様なフリーランスを1つの最低報酬制度に包含することを前提に検討していくよりも、主要な職業・事業ごとに最低報酬制度の導入是非を検討していくほうが、むしろ実効性のある議論になるのではないか。

加えて、フリーランスの就業環境はまだまだ発展途上であり、企業におけるフリーランスの活用も限定的である。このような段階で、報酬(企業にとっては料金)に関して厳しい制約を課すと、新たな就業機会が創出されないばかりか、既にある就業機会さえも損なわれる。この点は、ある程度成熟した環境で、最低賃金の制度を運用している雇用者とは状況が異なるため、最低報酬制度の導入はリスクを丁寧に進めていく必要がある。

報酬の適正化は、フリーランスの働く環境を整備していくうえで必須の課題である。フリーランスは雇用者以上に働き方の多様性があるため、全体最適の制度設計は困難がともなう。最初から全体最適な制度を目指すのではなく、部分的に導入可能な事業・職業から制度を整備していき、そこから得た知見を基に、より包括的な制度設計を進めていくというステップもあり得るのではないだろうか

 

※1 リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2018」に基づく推計。フリーランスの正確な人数把握は難しく、国内外にさまざまな統計や推計がある。
※2 特に断らない限り、以下では、労働政策研究・研修機構の「独立自営業者の就業実態と意識に関する調査(速報)」のデータを紹介する。この調査では独立自営業者という言葉が使われているが、本稿ではフリーランスと表記している。
※3 「満足」は「満足している」「ある程度満足している」を合わせた値、「不満」は「全く満足していない」「あまり満足していない」を合わせた値。
※4 今後(約3年後)もフリーランス(独立自営業者)を「続けている」は「独立自営業者としての仕事を専業とする」「独立自営業者としての仕事を兼業とする」を合わせた値、「やめる」は「独立自営業者としての仕事をやめる」の値。

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中村天江(文責)
大嶋寧子
古屋星斗

次回 フリーランスに学ぶ、会社員の「これから生きる戦略」 10/9公開予定