日本に「外国人材を獲得できない日」が来る前に
外国人材を受け止める「新たな政策」
外国人材の受け入れを巡る政策は大きな転換点にある。政府は2018年6月15日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2018」(骨太方針)で、人手不足が深刻な建設業、農業、介護などで2019年4月に新たな在留資格を設け、外国籍の労働者の受け入れ拡大を目指す方針を示した。新たな在留資格は、技能実習期間を終えた人や、一定の資格試験(特定技能評価試験<仮称>)に合格した人に与えられる方向である。
これまで政府は、専門的・技術的な分野以外の外国人労働者(以下では簡略化のために外国人材と呼ぶ)の受け入れに慎重な姿勢を維持してきた ※1。
その半面で、現実には留学生のアルバイトや国際貢献を目的とする技能実習生など、高度な知識を必ずしも必要としない仕事に就く外国人材は、近年急速に増えている(図表1)。政府が示した新たな政策は、実態として日本経済を支えている外国人材を、労働者として正面から受け入れようとするものといえるだろう。
大きな仮定、刻々と変わる状況
ところでこの政策は、とても大きな仮定を置いている。それは、「これからも非熟練の仕事に就くために外国人材が日本に来る」という仮定である。
だがそれは本当だろうか。日本で働く外国人のうち、シェアの大きい中国(香港を含む)、韓国、ベトナム、フィリピン、ネパールの国籍をもつ人は全体の7割を占める(厚生労働省「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ」2017年10月末現在)。国境を超えた労働力の動きには地域性や経路依存性があるため、これから日本で働く外国人材の出身もアジア地域の国を想定することが自然だろう。
しかし、肝心のアジア地域の状況は、刻々と変化している。
変化をもたらす要因の1つが、日本とほかのアジア諸国の経済格差の縮小である。
図表2は日本と日本以外の主要なアジア諸国の1人あたり名目GDP(米ドル)をみている。日本の1人あたりGDPは確かに低下しているが、最も上昇テンポが著しい中国との間でも、日本との差はまだ大きい。
しかし国と国の経済水準にこれだけ差があっても、日本で働く外国人材の中身は大きく変化している。たとえば新規入国支援の対象となった技能実習生の出身国をみると、かつて主要な送り出し国だった中国出身者は2013年の2.9万人から2016年の1.8万人へと急減しており、2016年にはベトナム出身者が2.1万人とトップに躍り出ている(国際研修協力機構「技能実習生・研修生統計」)。一方、「外国人材の受け入れに関する3つの決定的な誤解」でみたように、高度人材として日本政府の認定を受けている人の多くは、中国籍である。経済格差の縮小や国内における就業機会は、既に、国を超えた人の流れを変えている。
アジア地域で経済発展が続いているのは中国だけではない。アジア諸国と日本の経済水準の差より一層縮小する今後、非熟練の外国人材からみて、日本で働く経済的なメリットも縮小していくことだろう。
アジアの総高齢化がもたらす外国人材の獲得競争
もう1つの要因が、アジアの多くの国で進む少子高齢化である。図表3のとおり、今後、アジア地域の国では高齢化比率(人口のうち65歳以上の割合)が急速に上昇していく。日本を除くと、急速な高齢化が進む韓国に続き、タイ、中国も2040年頃には高齢化比率が25%前後となる。
高齢化率が25%というのは、現時点の日本の高齢化率に近い水準である(2017年10月1日現在の日本の高齢化率は27.7%)。社会保障制度や国内に残る経済格差、家族に対する考え方の違いなども影響するだろうが、そう遠くない未来にアジア全域で、今の日本と同じような若年労働力の希少化、介護分野を中心とした人材不足が生じる可能性は高い。
そうであるならば、若年労働力の不足をカバーするため、あるいは高齢化に付随して必要となる労働力を確保するため、アジア地域で外国人材の獲得競争は、激しいものとなる可能性がある。
より高い賃金、より少ない外国人材
これらの変化から推測される「あり得るシナリオ」が、①外国人材を確保しにくくなる、②外国人材の賃金が高くなる、のコンビネーションである。
この点を考えるために、日本で働く外国人材の労働市場を、現在と2040年について示した(図表4)。2040年としたのは、中国が現在の日本の高齢化比率に接近する時期が1つのメルクマールとなると考えるためである。横軸には雇用量を、縦軸には賃金を示し、賃金との関係で決まる労働供給曲線と労働需要曲線を示している。
現在、人手不足により、外国人材への労働需要が増加しており、外国人材に対する労働需要曲線は右側にシフトしていると考えられる。一方、現時点では、多くの外国人材の出身国と日本の間に経済格差が存在するため、外国人材の労働供給は賃金水準によって増減しやすく、労働供給曲線は水平に近い形状をしていると考えられる。この結果、人手不足によって労働需要が増えても、大幅な賃金上昇なしに、より多くの外国人材を確保することができている。
一方、2040年はどうだろうか。引き続き外国人材に対する高い需要があり、労働需要曲線は現在と同じ傾きとする。一方、外国人材の労働供給曲線は、外国人材の国際的な獲得競争が激しくなること、日本とほかのアジア諸国の経済格差が縮小することにより、①上方向にシフトし(同じ賃金に対して供給量が減る)、②より傾きがきつくなる(賃金水準によって労働供給量が変動しにくくなる)と考えられる。
この場合の外国人の雇用数と賃金は、2040年の労働需要曲線と労働供給曲線の交差する点となる。それは現在よりも外国人材の雇用数が少なく、賃金はより高い水準である ※2。
「日本で働きたい」を埋め込む政策
今、外国人材により大きく門戸を開くことで、人手不足の産業に労働力が供給されたとしても、そのままでは将来に人手不足が先送りされるにすぎない。これからの外国人材に関わる今後の政策は、「いかに門戸を開くか」から「外国人材を獲得し続けられない懸念にどう向き合うか」に焦点を移していく必要があると言えるだろう。
そのための鍵は、「労働条件が厳しく、国内では人材が確保できない仕事に外国人材を充当する」という発想から、「外国人材の受け入れ拡大を、人手不足産業の生産性向上、労働条件改善のきっかけとしていく」発想に転換していくことにあるではないか。
たとえば、新たな資格で受け入れる外国人材を雇用する企業が、生産性向上策(能力開発や設備投資)と外国人材の賃金引き上げを同時に行う場合に、投資資金や教育訓練費の負担を大幅に軽減するといった方策が考えられる。
同時に、外国人材が「適切な労働条件で、安心して働ける環境」を地道に整備していくことも重要だろう。たとえば、労働ルールに沿った雇用契約が確実に結ばれ、その内容に沿った労働条件で働けるという基本が確実に守られるよう、公的機関の代行により母国語での雇用契約書の締結が確実に行われる仕組みや、外国人材が日本の労働ルールと自身の労働条件をいつでも確認・相談できる制度を作ることが考えられる。
また、受益者(受け入れ企業)負担による外国人材への教育訓練、外国人材が日本で働いた期間に得た知識・経験、あるいは社会人としての基礎的な能力の母国語による証明、地方自治体が外国人材の生活環境整備に取り組む場合の支援の充実なども考えられる。
外国人労働者政策の転換点といわれる今こそ、これからの20年を見据えた次の戦略が問われている。
※1:現状、国内で非熟練労働に就く外国人材は、就労制限のない永住者や定住者が非熟練労働に就いている場合を除くと、国際貢献を目的とする技能実習制度のもとで働く外国人技能実習生や、週28時間までの就労が可能な留学生(大学・大学院、専門学校、日本語学校など)が中心である。技能実習生や就労する留学生は、近年急増しており、2018年10月時点で合計56万人に上る(図表1)。
※2:ここで述べたのは一定の仮定を置いた場合の外国人材の雇用量と賃金の組み合わせである。たとえば、アジア地域以外から外国人材を獲得できるような変化が生じた場合や、送り出し国の経済危機などにより国外での就業機会を求める人が増えた場合などには状況が異なりうる。
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テーマ:「D&I(外国人)」については今回で終了です。ご意見・ご感想をお待ちしております。
次回連載 テーマ:「プロフェッショナル人材」 2018年9月公開予定