産業政策からキャリア政策としての「起業」

2018年02月27日

イノベーション創出からキャリア選択としての「起業」へ

日本では今、起業や独立をして企業に雇われないで働いている人は684万人と、就業者全体の1割を占める。

起業は、かねてからイノベーションの源泉として重視されてきた※1 。イノベーションへの期待は、テクノロジーの進展にともない高まるばかりだ。

さらに、100年キャリアの時代には、個人のキャリア選択の観点からも、起業の重要性は高まっていくだろう。実際、個人が起業を志す理由は、「自分の裁量で仕事がしたいから」81.1%、「年齢に関係なく働くことができるから」74.5%、「性別に関係なく働くことができるから」64.4%といった個人のキャリア形成にかかわる理由が、「アイデアを事業化するため」54.8%、「専門的な技能・知識を活かすため」56.2%、「趣味や特技を活かすため」57.1%よりも多く、ビジネス起点の理由を上回っている ※2

開業率5.2%、海外に大きく遅れている日本の起業環境

ところが、現状、日本の開業率は5.2%で、欧米諸国の半分にも満たない。しかも、この状況が10年以上続いている(参照:「起業」をキャリアの選択肢とする4つの鍵※3

日本の起業を取り巻く環境の指標は、「Global Entrepreneurship Monitor」という国際調査でも、軒並み低い。起業家との人的ネットワークがあるかの「起業活動の社会への浸透」18.7%、6カ月以内に起業に有利なチャンスが来るかの「事業機会の認識」7.5%、新しいビジネスを始めるために必要な「知識・能力・経験」を有している11.0%、起業家という「職業選択に対する評価」23.9%、「起業家の社会的な地位に対する評価」54.0%で、諸外国に比べて突出して波形が小さい(図表1)。

総じて、日本の起業環境は未成熟で、発展の余地が大いにある

図表1 起業活動に対する態度と意識

起業は参入・発展・退出の三重リスクへのチャレンジ

日本の開業率が低い理由は、上位から、「起業した場合に、生活が不安定になることに不安を感じるため」36.9%、「個人保証の問題等、起業に失敗した際のセーフティネットが整備されていないため」33.8%、「起業に対する金銭的コストが高いため」30.8%である※4 。起業は、個人のキャリア選択において、参入にも、継続にも、退出にも、懸念がつきまとう、非常に挑戦的なものといえるだろう。

これは例えるなら、登山だけでなく下山の難度も極めて高い、最高峰の山に挑むようなものだ。三重苦をともなうこのようなハイリスクな起業が、イノベーションの源泉となっているのは間違いないが、個人のキャリア選択としてはハードルが高いことも事実である。

100年人生における職業キャリアの形成で大事なことは、いくつになっても、何度でも、新たな仕事に挑戦できることだ。起業も、特別な人にとっての一世一代のチャレンジではなく、必要な準備をすればもっとスモールステップで始められ、アップダウンを繰り返しながら目標の山に挑戦できる、その過程で高い山に挑戦することも、どうしても立ち行かなければ下山することもでき、下山した場合は過去の経験を活かして再び挑戦できるような「縦走型」の起業もできるようになることが望ましい

図表2 起業というキャリアづくり

100年キャリア時代に必要なのは、何度も挑める起業

縦走型の起業環境を整備するにあたっては、①起業への参入フェーズだけでなく、②事業の発展フェーズ、③事業の撤退フェーズ、そして、再度の挑戦、つまり④再参入のフェーズごとに施策を検討する必要がある。

① 起業参入フェーズの施策は、既に、中小企業庁の施策を筆頭にさまざまなものが用意されている。全国各地の中小企業支援センターで相談することも可能だ。

②事業発展フェーズにも、多様な補助金や支援制度がある。ただし、今後、ビジネス経験の少ない個人の起業が増えるようであれば、ヒト・モノ・カネに目配りしながら、収益をあげていくための策を供する必要があるだろう(関連:「研修から経験へ」女性起業支援の第二フェーズ)。

③事業退出フェーズに関しては、産業振興だけでなく、キャリア形成支援という観点から点検する必要がある。事業がうまくいかなかったときに、借入資金に対する個人名義の保証が求められるうえ、起業の経験が評価されず、起業家から雇用者、フリーランサーへの転身によって体面を損なうといった風潮は、事業の撤退コストを引き上げ、翻って、起業を敬遠する理由になってしまう。事業がうまくいかなかった場合の調査分析は、事業を始める場合のそれに比べはるかに手薄なため、実態把握から取り組むべきだろう。

さらに、④再参入フェーズにおける施策は、大いに検討の余地がある。わが国では、大きな失敗リスクが起業敬遠のひとつの理由になっており、リスクの引き下げは起業促進につながる。さらに、キャリア形成においては、挫折や失敗の経験は、その後の個人の成長を加速させることが知られている※5 。何度でもやり直せることが重要な100年キャリア時代に向けて、起業の失敗経験を、再度の挑戦に結び付ける策を考えていく必要性が生まれている。

起業に関する政策は、これまで産業振興の一環だった。起業を個人のキャリア選択としてとらえなおすことで、これまでとは異なる打ち手が浮かび上がってくる。ベンチャーを興しスケールを追うのとは違う、起業のあり方があってもいい。さまざまな思いをもつ起業がたくさんあって初めて、社会に起業による成功体験が蓄積されていくことになる。本格的な100年キャリア時代を迎えるにあたり、個人のキャリアに軸足をおいた施策の展開が期待される。

 

※1 本庄裕司(2010)「アントレプレナーシップの経済学」など
※2 中小企業庁委託「平成25年度日本の起業環境及び潜在的起業家に関する調査」(2014年)三菱UFJリサーチ&コンサルティング
※3 中小企業庁「2017年版中小企業白書」
※4 中小企業庁委託「平成25年度日本の起業環境及び潜在的起業家に関する調査」(2014年)三菱UFJリサーチ&コンサルティング
※5 金井壽宏『仕事で「一皮むける」』(光文社新書)

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中村天江(文責)
大嶋寧子
古屋星斗

2月連載 テーマ:「起業」については今回で終了です。ご意見・ご感想をお待ちしております。
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