
<第5回>キャリアショックの衝撃から再生へ:予測不能な出来事がもたらす転機と成長
本コラムでは、これまで4回にわたってキャリアショックという予測不能な出来事が個人のキャリアにどのような影響を与えるのかを見てきた。今回は、これまでのコラムを総括し、新たなインタビュー結果から明らかになったキャリアショックの類型と、回復のプロセスについてその一部をまとめる。
キャリアショックとは何か
キャリアショックは、個人が予測できず、コントロールが及ばない外部要因によって引き起こされ、キャリアについて考え直すきっかけとなる出来事を指す。キャリアショックは悪いことだけを引き起こすのではない。キャリアショックが起こると、そのショックによって自分のキャリアについて真剣に向き合うようになることや深い内省を促進することがこれまでの研究から報告されている。
ただし、キャリアショックと一口に言ってもその内容は様々で、出来事の頻度、予測可能性、制御可能性、動揺の大きさ、原因の所在などで分類され、ショックの種類によってキャリアの転機に与える影響の違いがあるとされている。後から振り返った時に「あの時は大変だったけれど、あの出来事があったからこそ、今の自分がある」と思えるのは、当事者のショックの受け止め方や、ショックからの回復プロセスによるものが大きい。
ミドル期の停滞という問題
ミドル期はキャリアの停滞が起こりやすく、40代前半までの経験で得られた段階を維持しながら仕事を進めている。さらに、40~55歳の個人に、自分の考え方や行動に大きな影響をもたらすきっかけとなった出来事を振り返って3つ挙げてもらい、そのうち40代・50代でのショックが、具体的に何をもたらしたのかを分析したところ、最も多く反応が見られたのは、「仕事の位置づけ等、やりたいことがわからない」であり、次が「仕事に対する満足度が下がった」、その次は「人生の中で『働く』ことの位置づけが変わった」であった。
40代になってからの何らかのショックによって、働くことの位置づけが変わり、仕事の満足度は低下、さらには「やりたいことがわからない」という状況にある人も多く見られていた。ミドル期にはかなり大きなショックが起こりやすい。キャリアショックにどう対峙するか、考える必要がある。
キャリアショックとは、自己システムの崩壊
2名のキャリアインタビューの事例を通じて、なぜある出来事がその人にとって大きな動揺を伴うショックとなるのか、そのメカニズムについての理解を進めるために「システムに対するショック」という概念を紹介した。人にはそれぞれ物事の見方や行動に影響を与える、固定観念や暗黙の前提がある。この前提は、過去の経験や環境、文化などによって無意識に形成され、生活や仕事においてあらゆる行動や思考を行う際の基準となるものだ。
Lee & Mitchell(1994)は、自発的な離職に至る心理プロセスを4種類にパターン化した上で、4種類のうち3種類は、職務不満足といった静的な理由ではなく、その人が持つ「イメージ」から逸脱する出来事を経験したことがきっかけであることを明らかにした。そして、こうした出来事を「システムに対するショック」と呼んだ。すなわち、ある人が日々のキャリアを歩む上での前提からかけ離れた、想定外の出来事に直面することがキャリアショックを引き起こすといえる。
キャリアショックをどのように乗り越えるのか
ブリッジスのトランジションモデルからは、起こった現実を受け入れ、「アイデンティティをうまく手放す」ことの重要性が指摘されている。
ここでは、ブライトとプライアによって示された、背景の構造を理解することによってキャリアを制御する、キャリア・カオス理論と、元の秩序を再生するための類型として4つのアトラクタを紹介した。
個人にとっては、キャリアショックを避けるのではなく、どのように受け止め、新たなキャリアを築くかを考えることが重要である。そのためには、キャリアの予測不可能性を受け入れ、柔軟な思考を持つことが求められる。
インタビューの分析
ここまでに見た先行研究や事例研究の結果に基づき、あらためて4名へのインタビューを実施した。対象者は、転職経験のある40代以上とし、「自らのキャリアについて深く考え直すきっかけとなった出来事について、その時の気持ちの変化をお聞きしたい」として、キャリアカウンセラーを通じて募集した。応募のあった4名(男性2名、女性2名)について、守秘義務に関する説明をした後に、インタビューを実施した。個人が特定できる内容を除いて、キャリアショックをもたらすどのような出来事が存在するのか、回復のプロセスはどのようか、先行研究の枠組みを援用しつつ分析する。
キャリアショックをもたらす出来事
キャリアショックをもたらした出来事は4者4様であった。事業の売却、親会社への吸収、業績の悪化による別の事業へのシフト、自然災害による倒産、ハラスメントなどによる影響で、個人がキャリアの分断を余儀なくされた経験が語られた。「ある人が日々のキャリアを歩む上での前提からかけ離れた、想定外の出来事に直面する」という点では共通していた。
さらに、取材協力者である個人の視点からどのようにその出来事が捉えられていたのかを聞いたところ、すべての出来事は、取材協力者にとって予測可能性が低く、出来事そのものについて驚きを持って捉えられていた。そして動揺の程度を5段階(最も大きな動揺を5とする)で表現してもらったところ、4と5の回答が多く聞かれた。
驚いたのはキャリアショックの数である。「想定外の自分にはどうにもならない出来事」(以下「想定外の出来事」)が、人生の中で3度も4度も起こっていた人もいた。事業からの撤退が繰り返されたケースもあれば、事業からの撤退で転職した後に自然災害により起業した会社が倒産したケースも見られた。
キャリアショックの原因となる出来事について類型化を試みたGreenhaus & Callanan(2022)は、仕事においては失業・昇進などの役割の移行、担当業務の変化や新しい技術の影響などを事例として挙げているが、実際のキャリアショックにおいては、役割の移行に至る前の「想定外の出来事」がかなり多く存在していることが予想され、どのような「想定外の出来事」が存在するのか、新たな枠組みを検討する必要があるだろう。
図表1 キャリアショックの類型(出所)Greenhaus & Callanan(2022), p.64.
キャリアショックからの回復プロセス
次にキャリアショックからの回復プロセスを分析してみよう。キャリアショックの発生によって、その後の個人が何らかの自己調整を行うことがわかっている。インタビューの中では、キャリアショックを経験した後、それをどのように意味づけ、回復に至るのか、時系列で尋ねた。回復に至るプロセスも4者4様ではあるものの、以下のような共通点が見られている。
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ショックの受け入れ(受容フェーズ)
キャリアショックの原因となる出来事が発生した直後には、多くの調査協力者が動揺し、キャリアの先行きが見えなくなっていた。その出来事による気持ちの動揺は以下のように表現された。「引きこもりのような状態だった」「働くことの意味を見失った」「もうこんな職場にいたくないと思った」「怒りや諦めがあった」。
ショックの受け入れも多様である。癒やしの介入とともに受容していたケースでは、家族や仲の良い友人からの「一度休んだほうがよい」「これ以上はもうやめたほうがよい」といったアドバイスや時間の経過を待つケースが見られた。こうした他者からの介入がなかったケースもある。「このままではいけない」「そもそも自分がやりたかったことをやる時が来た」という、「我慢の限界」といった気持ちが転職や新しいキャリアを模索するきっかけとなっているケースも見られた。
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適応フェーズ
このフェーズは、自分にとって適したキャリアの方向性を模索する段階である。個人によって模索の方法は異なる。
- 離職後、「元々やりたかったことを仕事にしよう」と、職業訓練校での学びを通じて、自分に向いている業界を確信。
- 転職先での職場のハラスメントが何度も続く中、「人間的に成熟した職場環境を選んでこなかった自分自身のせいかもしれない」と、複数回の面接がある企業に焦点を合わせた転職活動をし、転職。
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再構築フェーズ
キャリアショックを乗り越え、新しい環境で安定する段階。
キャリアショックは出来事の頻度、予測可能性、制御可能性、動揺の大きさ、原因の所在などで分類され、ショックの種類によってキャリアの転機に与える影響の違いがあるとされている。そのため、上記の回復プロセスも今後の調査を進めながら、既存の研究で明らかになった回復プロセスそのものの再考を検討する必要があるだろう。
追加で行ったインタビューの途中分析結果を最後に示したが、キャリアショックは、深い内省を引き起こすこと(that triggers deliberate thought process)がその定義に含まれており、深い内省につながったかどうかが、キャリアショックと単なるストレスイベントを区別する重要な基準である。キャリアショックは、確かに一時的な困難をもたらす。しかし、それを適切に捉え、内省し、活用することで、個人にとっても組織にとっても、新たな成長の機会へとつなげられることが、追加インタビューを通じて見えてきている。
今後の研究課題として、なぜある出来事が深い内省を引き起こすのか、深い内省の中で何が起こっているのか、深い内省の結果、キャリアに関わるアイデンティティや自己概念にどのような変化が起こるのか、という点について、さらなる実証研究や考察が求められる。キャリアショックを「危機」として捉えるのではなく、「新たな可能性を生み出す機会」として捉える視点が、今後のキャリア形成において重要な鍵となるだろう。

辰巳 哲子
研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)