<第4回>キャリアショックを乗り越えるヒント

2025年01月14日

1.    はじめに

前回のコラムでは、不本意な理由で離職、転職を余儀なくされた2人のビジネスパーソンの事例を基に、なぜキャリアショックが起こるのかについて考察した。そして、キャリアショックには、人を惰性の状態から目覚めさせる効果があり、うまく乗り切れば、本当にやりたかったことに気づくきっかけになると述べた。キャリアショックを考える上で、最も重要なテーマは、それをいかに避けるかではなく、いかに乗り越えるかだといえるだろう。

今回は、キャリアショックをきっかけに本当にやりたい仕事に気づいたB氏の事例を基に、どうすれば、キャリアショックを成長のチャンスに変えられるかについて考えてみたい。B氏は40代男性で、社長候補として処遇するという転職時の約束が守られず、平社員に降格される。しかし、すぐに「こうなったからには好きなことをやろう」と転職に気持ちを切り替える。そして、転職支援会社のアドバイザーから、当初考えていなかったベンチャー企業を紹介されることで、もともと新しいことがやりたかったのだという気持ちに気づいている。

ここでは、キャリアショックの乗り越え方のヒントになると考えられるウィリアム・ブリッジスのトランジション論とジム・ブライトとロバート・プライアが提唱したキャリア・カオス理論という2つの理論を紹介し、B氏の事例を通じたキャリアショックの乗り越え方について考えてみたい。

2.ブリッジスのトランジション論と「終焉」のプロセス

1つ目に紹介するのが、ブリッジスのトランジション論である。いうまでもなく、現実のキャリアは、自分が思い描いた通りに進むわけではなく、想定を超えた運/不運、環境変化、家庭の事情など、様々な転機を乗り越えていく必要がある。キャリアショックもこうした転機の1つである。キャリアにおけるこうした転機への対応に注目するのが、ここで述べるトランジション論である。 

アメリカの組織コンサルタントであったブリッジスは、自らが開催したトランジション体験セミナーに参加した25名のグループセラピーの分析結果から、個人が人生における転機を乗り越える共通のプロセスを発見した。そのプロセスは図1のような3つのフェーズからなり、最初に終焉があり、次に、中立圏、始まりへと進む。

図1 ブリッジスのトランジション・モデル

図1 ブリッジスのトランジション・モデル出典:Bridges(2004)より

このモデルの最も重要な点は、「終焉」のフェーズが最初に来るという点にある。ブリッジスは、転機を乗り越えるには、最初に「終焉」というプロセスをくぐり、それまでのアイデンティティを適切に手放さないと、次のステップにうまく進めないという。

そして「終焉」のプロセスは、

  • 離脱:それまで自分を位置づけてきたなじみ深い文脈から引き離されること
  • 解体:これが自分だと感じさせてきた古い習慣、生き方、行動パターンを、時間をかけて徐々に見直すこと
  • アイデンティティの喪失:自分が何者かという感覚を根本から揺さぶられること
  • 覚醒:これまで信じていた世界がもはや現実ではないと気づくこと
  • 方向感覚の喪失:人生がどこに向かっているかの感覚を失うこと

の5つの構成要素からなる。必ずしもこの順に進むわけではないものの、これらのステップを踏まないと、本当の意味でのトランジションはうまく進まないとブリッジスはいう。キャリアショックという転機をうまく乗り越えるには、起こった現実を受け入れ、アイデンティティをうまく手放すことが必要になるといえるだろう。

3.キャリア・カオス理論とストレンジ・アトラクタ

それでは、キャリアショックに遭遇した場合、どうすれば、起こった現実を受け入れ、それまでのアイデンティティをうまく手放せるのであろうか。この問題を考えるにあたり参考になるのが、オーストラリアの心理学者であるブライトとプライアにより提唱された「キャリア・カオス理論」である。

カオスとは、気象のように一見無秩序に見えるが、背後に一定の秩序構造を持つ現象を意味する。ブライトとプライアは、このカオスという考え方をキャリア・カウンセリングに応用し、キャリアのように予測不可能な現象についても、その背後には決定論的な構造があり、その構造を理解することによって、キャリアを制御することが可能になると考えた。そうして提唱されたのがキャリア・カオス理論である。

ブライトとプライアは、キャリアが大きな外的変化にさらされた時に、もとの秩序を再生しようとして人が起こす行動には、一定の類型があることに注目し、それをアトラクタと名づけた。アトラクタには、点アトラクタ、振り子アトラクタ、円環アトラクタ、ストレンジ・アトラクタの4種類があるとされる。

点アトラクタとは、特定の1つのことにこだわる状態を意味する。何かに駆られた思考、視野狭窄、激しい執着などの状態がこれにあたる。振り子アトラクタとは、固定的で2分法的な考え方にこだわる状態を意味する。キャリアの選択において、仕事か家庭かなど2つの選択肢の間を揺れ動いている状態がこれにあたる。円環アトラクタとは、ある一貫した振る舞いに制約される状態を意味する。例えば、失敗に対する心配などが強迫観念となり、自分の行動が縛られているような状態を指す。自分の仕事環境に起こる変化を脅威と受け止め、常に不安を感じる人は,円環アトラクタ・タイプの典型例である。

ストレンジ・アトラクタとは、自己の外にあるシステムや影響に対して開かれ、同じ繰り返しはないが、ある種のパターンがある状態を意味する。自らのキャリアであっても完全にコントロールできないという限界を認識し、起こった出来事を前向きに受け止めて創造的にキャリアを構築していこうという態度がこれにあたる。

ストレンジ・アトラクタを持つ人は、不測の事態や現状を大きく変えてしまうような変化は、自然の一部だと捉えているので,そうした変化をいたずらに恐れることがない。こうしたストレンジ・アトラクタを持つ人のみが偶発性や環境変化に対して、創造的に対処することが可能になり、キャリアショックをうまく乗り越えられるといえるだろう。

4.キャリアショックの乗り越え方:B氏のケース

ブリッジスのトランジション論と、ブライトとプライアのキャリア・カオス理論を踏まえて、B氏のキャリアショックへの対応を考えてみよう。

B氏が離職を覚悟した時に発した「こうなったからには好きなことをやろう」という言葉に象徴されるように、B氏は、一旦は強い怒りと大きな落胆を感じるが、比較的短期間で起こった現実を受け止め、新しい人生に向かっている。「終焉」のプロセスをすべて終えるには、もう少し時間がかかると思われるが、少なくともこれまで信じてきた世界は終わったのだという「覚醒」には、短い期間で到達したといえるだろう。

ブライトとプライアは、点アトラクタ、振り子アトラクタ、円環アトラクタを「閉じた系の思考」と呼ぶ。そして「閉じた系の思考」の人は、自分が歓迎できない変化を受け入れることができず、不測の事態に対し、何とかそれをコントロールすることで対処しようとするという。しかし、それではもとのキャリアの継続を困難にするような事態の発生には対処できない。これに対してストレンジ・アトラクタという「開かれた系の思考」を持つ人のみが、自力ではコントロールできない不測の事態を受け入れ、創造的に対処することができるというのである。B氏の「終焉」のプロセスがスムーズに見えるのは、B氏がストレンジ・アトラクタを持つ人だったからだと考えられる。

ブライトとプライアは、不測の事態も起こりうる現代のキャリアは、計画的行動(起こる可能性大)と計画外行動(不測の事態、運)という2つの輪を循環する中で、創発的に構築されると考え、そうしたキャリアを図2のようなバタフライモデルとして表現した。

図2 キャリアバタフライモデル(B氏のケース)

図2 キャリアバタフライモデル(B氏のケース)

出所:Bright & Pryor (2012).p.17を参考に筆者作成

この図が示す通り、B氏は、業務改革に奮闘したにもかかわらず、平社員に降格されるという事態に直面するが、正しいのは自分だからその事態をコントロールできるはずだという幻想を持っていない。むしろ、起こった現実を受け入れ、新たな円環に移行することで、より充実した人生を切り開こうとしている。こうした「開かれた系の思考」があったからこそ、活路を切り開くことができたと考えられる。

5.終わりに

今回のコラムでは、ブリッジスのトランジション論と、ブライトとプライアのキャリア・カオス理論を手がかりに、どうすれば、キャリアショックをうまく乗り越えられるかについて考察した。キャリアショックというピンチを成長へのチャンスに変えたB氏の事例から、キャリアショックをうまく乗り越えるには、人生では自分がコントロールできない事態に遭遇することもあると認めること、そしてそうした事態が起こった際には、それを受け入れて、創造性と想像力を組み合わせて、新たなキャリアプランを構想することが求められるといえるだろう。キャリアショックとの遭遇がもはや避けられない現代社会においては、合理的な計画に基づくキャリアの限界を知り、「開かれた系の思考」で不測の事態に立ち向かえる人だけが、真に自分らしい、独創的なキャリアを歩むことができるといえるだろう。

引用文献:
Bridges, W. (2004). Transitions: Making Sense of Life’s Changes (2nd ed). Cambridge, MA: Perseus Books. (倉光修・小林哲郎訳『トランジション-人生の転機を活かすために-』パンローリング, 2014年)
Bright, J. E. & Pryor, R. G. (2005). The chaos theory of careers: A user's guide. The Career Development Quarterly, 53(4), 291-305.
Bright, J. E. & Pryor, R. G. (2012). The chaos theory of careers in career education. Journal of the National Institute for Career Education and Counselling, 28(1), 10-20.
北村雅昭(2022)『持続可能なキャリア』大学教育出版.

北村 雅昭氏

大手前大学経営学部・教授。博士(経営管理)。専門は組織行動論、キャリア論。最近の研究テーマは、持続可能なキャリア、キャリアショック、インクルーシブ・リーダーシップなど。著書に「持続可能なキャリア―不確実性の時代を生き抜くヒント―」(大学教育出版)。