<第3回>キャリアショックの事例研究(その1)
1. はじめに
第1回・第2回で紹介したように、現代は、キャリアの途上において、一度や二度は大きなショックに遭遇することが避けられない時代だといってもいいだろう。こうした時代を生き抜くために、個人はどう備えればいいのだろうか。
第3回の本稿と第4回では、不本意な理由で離職、転職を余儀なくされたA氏とB氏という、2人のビジネスパーソンの事例を基に、キャリアショックの時代におけるキャリアのあり方について深く考えてみたい。ともにネガティブなショックを経験しながらも、A氏はショックを前向きに受け止められず、長期にわたり挫折感や不満を抱え続けている。一方、B氏は、ショックに見舞われるというピンチを本当にやりたかった仕事を発見するチャンスに変えている。対照的な2人の事例を基に、今回は、キャリアショックがなぜ起こるのかについて、次回は、どうすればそれをうまく乗り越えられるのかについて考えみたい。
2.A氏(40代半ば、男性)の事例
最初に紹介するのは、外資系企業の組織閉鎖による解雇を経験したA氏である。A氏は解雇された自分を受け入れることができず、人との関係を絶ち、3年のアルバイト生活を送る。その後、なんとか再就職を果たしたが、自らのキャリアに不満を抱え続けている。
【プロフィール】
- これまでに6回転職し、教育事業の人事、コンサルティング、人材派遣会社、外資系のシステム営業など様々な業種、職種を経験。
- 外資系で働いていた時、組織閉鎖に伴う人員整理により解雇される。
- 解雇後は3年程度のアルバイト生活を送る。その後、メーカーの海外営業職として再就職を果たすが、その会社を3年程度で退職し、現在、別の会社で海外営業に従事。
【キャリアショックの内容】
- 外資系企業のシステム営業職として、多忙を極め高給を得ていた時に、突然解雇される。
- 外資系企業で忙しく働き、高給を得ている自分をかっこいいと感じていたが、ステータスの高い仕事を突然失ったことが大きなショック。
【キャリアショック後の心理プロセス】
- 解雇された直後は、自己評価や転職先への期待値が高すぎたこともあって転職活動はうまくいかず。
- 転落した自分を恥ずかしいと感じ、両親や友人とも連絡を絶ち、住所も変更。配偶者とも離婚。
- 人と関わる仕事がしたくないとの思いから、一人でできるアルバイトの仕事(工事現場の誘導など)に、3年程度従事。
【転職後のキャリア満足】
- 長いブランクの後に、メーカーの海外営業職として採用されたが、入社直後から仕事に違和感を持つ。
- 3年程度勤めた後、上司との折り合いが悪くなり、円満離職とはいえない形で離職。
- 現在、別の企業の海外営業職として勤務。トータルで考えるとプライベート面が充実したといいつつも、年収が6割程度に下がったことに不満を感じている。
3. B氏(30代後半、男性)の事例
B氏は、義父(オーナー企業の社長)からの「将来の社長含みで」という誘いで転職したものの、1年半後に平社員に降格。約束を反故にされたことに激しい怒りを感じるが、素早く気持ちを切り替えて、転職活動を開始。転職支援会社からベンチャー企業を紹介されたことをきっかけに、新しいものを作るのが好きという自分の本当の気持ちに気づく。
【プロフィール】
- 高校卒業後、機械部品工場で4年間勤務した後、、大手企業に転職し製造部門と品質保証部門を10数年経験。その後、義父に誘われ、義父が社長を務める部品加工メーカー(社員100名程度)に転職。
- 1年半後に退職し、現在は、品質保証業務の経験を活かせるベンチャー企業で勤務。
【キャリアショックの内容】
- 義父から、ゆくゆくは自分の後を継いでほしいと請われて転職したが、1年半程度経ったところで、課長代理から平社員に降格され、義父から「私はこの会社にあなたに入ってほしくなかった」「後を継がせるつもりはない」と告げられる。
- 入社時の約束が守られなかったこと、会社を変えようと頑張ってきたことが評価されなかったことに強い怒りと大きな落胆を感じる。
【キャリアショックから転職に至るまでの心理プロセス】
- 最初は怒りがあったが、それならやりたいことをやろうと早期に気持ちを切り替える。
- 義父の対応に妻が一緒に怒ってくれ、理解を示してくれたことも支援材料。
- 転職支援会社のキャリアアドバイザーから「大手製造業の品質保証部門で10何年も働いているからオファーが多いですよ」と言われ、失いかけた自信を回復。
- キャリアアドバイザーから当初考えていなかったベンチャー企業を紹介され、もともと新しいことがやりたかったのだという気持ちに気づく。
- 今では、義父の会社にいたから今の自分があるとの思いから義父に感謝。
【転職後のキャリア満足】
- 毎日の仕事は楽しい。ベンチャーで働くことで、新しいものを作る野心に火がついた。
- 大きい会社にいた時は自分の業務範囲が限られていたが、今は守備範囲が広がり、自分のスキルの上げたいところを上げられるという点で理想に近い。
- 在宅勤務が増えたことで、プライベート面も充実した。
4.なぜキャリアショックが起こるのか
事例への理解を深めるために、まず、なぜある出来事がその人にとって、大きな動揺を伴うショックとなるのか、そのメカニズムを確認しておきたい。キャリアショック研究は、極めて多様な偶発的要因を対象とするため、個人に大きな動揺を引き起こすメカニズムを単一の理論で説明することは難しいが、今回の事例のように離職につながるショックについては、「システムに対するショック」という概念が役に立つだろう。
「システムに対するショック」とは、その人のキャリアについてのシステム、すなわち、キャリアの前提となる思考体系を揺るがす衝撃を意味する。Lee & Mitchell(1994)は、自発的な離職に至る心理プロセスを4種類にパターン化した上で、4種類のうち3種類は、職務不満足といった静的な理由ではなく、その人が持つ「イメージ」から逸脱する出来事を経験したことがきっかけであることを明らかにした。そして、こうした出来事を「システムに対するショック」と呼んだ。すなわち、ある人が日々のキャリアを歩む上での前提からかけ離れた、想定外の出来事に直面することがキャリアショックを引き起こすといえる。
A氏についていえば、突然解雇されるといった事態は全く想定しておらず、B氏についても平社員への降格というのは全くの想定外であったであろう。もしも、A氏に、外資系においては、思わぬタイミングでの解雇もあるとの覚悟があれば、これほどのショックにならなかったであろう。同様に、B氏についても、オーナー企業ではオーナーの判断で降格もありうるとの考えがあれば、激しい怒りや落胆を経験することはなかったであろう。
「システムに対するショック」という概念は「イメージ理論」(Beach & Mitchell, 1987)に依拠している。イメージ理論とは、人の目標設定やその達成に至る計画の意思決定には、その人が持つ「イメージ」が重要な先行要因になると考える意思決定理論である。すなわち、人は白紙から目標や計画を決めるのではなく、自らが持つ「イメージ」を前提に、それに合うように目標や計画を決めるというのである。
イメージ理論では、「イメージ」には3つのものがあるとする。1つ目は価値イメージである。価値イメージとは、物事はどうあるべきか、人はどう行動すべきかなど、その人の選択や行動のガイドラインとなる価値観、信念、倫理観である。価値イメージは、ドナルド・スーパーのいう「自己概念」(Super, 1953) に該当する。2つ目は、軌跡イメージである。軌跡イメージとは、その人が将来達成したいと考える目標やそれを達成する時間軸を意味する。3つ目は、戦略イメージである。戦略イメージとは、目標達成のためにその人が最も効率的と信じる計画や行動を意味する。A氏についていえば、忙しく働きながら高給を得ている自分、人から見て格好よく見える自分といった価値イメージに強いこだわりがある。また、B氏については、義父の「将来の社長含みで」という言葉で転職を決めた経緯もあり、とんとん拍子で出世するという軌跡イメージを持っていたであろう。こうした「イメージ」からの逸脱がキャリアショックを生み出すといえる。
5.キャリアショックは避けるべきか
それでは、キャリアショックは何としてでも避けるべきなのだろうか。もしも、キャリアに対する価値観、展望、戦略といったものを何も持たなければ、こうした「システムへのショック」は避けられるかもしれない。しかし、人は自己概念や展望を持たずに、キャリアを歩むことはできない。また、そもそもキャリアショックには、自分が本当にやりたかったことやそれまで気づくことのなかったキャリアの可能性に気づく機会を得るという効用がある。
先ほど個人が持つ「イメージ」が目標や計画に関する意思決定の先行要因になると述べたが、これは「イメージ」が意思決定に関わる情報をスクリーニングする機能を持つことを意味する。例えば、人は様々な書籍や友人や知人の体験談やアドバイスなど、キャリアを関わる様々な情報に囲まれても、そうした情報にほとんど影響されない。それは「イメージ」が自分に不要な情報をスクリーニングしてしまうからである。
これに対し、キャリアショックは、個人のコントロールが及ばないがゆえに、「イメージ」が持つスクリーニング機能を乗り越え越え、個人のキャリアの前提を大きく揺さぶる。イメージ理論では、人は経済学が前提とするように、効用最適化を活発に目指す存在ではなく、新たに手にした情報により、このままでは駄目だという深刻な懸念を持たなければ、今まで通りの目標ややり方にこだわる傾向があるとされる。すなわち、キャリアショックを経験することではじめて、人は惰性の状態から抜け出し、本当にやりたかったことや自らのキャリアの可能性について真剣に考えるようになるのである。
ちなみにB氏は、離職せざるを得なくなったことがきっかけで、それまでなら耳を傾けることのなかった転職支援会社のアドバイスを聞き、新しいものを作るのが好きという自分の本当の気持ちに気づいている。こう考えると、キャリアショックは必ずしも避けるべき存在ではなく、むしろそれに遭遇した時にその機会をどうすれば活かせるかを考えるべきテーマだといえるだろう。
参考文献
Beach, L. R., & Mitchell, T. R. (1987). Image theory: Principles, goals, and plans in decision making. Acta Psychologica, 66(3), 201-220.
Lee, T. W., & Mitchell, T. R. (1994). An alternative approach: The unfolding model of voluntary employee turnover. Academy of Management Review, 19(1), 51-89.
Super, D. E. (1953). A theory of vocational development. American Psychologist, 8(5), 185–190.
北村 雅昭氏
大手前大学経営学部・教授。博士(経営管理)。専門は組織行動論、キャリア論。最近の研究テーマは、持続可能なキャリア、キャリアショック、インクルーシブ・リーダーシップなど。著書に「持続可能なキャリア―不確実性の時代を生き抜くヒント―」(大学教育出版)。