【所内対談】育児や介護と仕事の両立、企業はどこまで従業員に「配慮」すべきか?
育児や介護などで働き方に制約のある社員が増える中、企業は両立支援の仕組みを充実させている。ただ制度を整えるほど企業の負担が重くなったり、同僚に仕事のしわ寄せが及んだりするジレンマもある。企業はどこまで多様な働き手に「配慮」すべきか、リクルートワークス研究所主任研究員の大嶋寧子と研究員・アナリストの坂本貴志が話し合った。
長期的な能力形成には「配慮」も必要
――まず従業員に対する配慮について、お二人の基本的な考え方を聞かせてください。
坂本:企業は生産活動を行う場であり、あくまで社員のアウトプットに対して報酬を支払うべきだという考え方もあります。例えばケアを担う間の休業制度など、一定の支援は必要だと思いますが、ケアを理由に仕事を休んでいる間はパフォーマンスがゼロになるのに企業全体が報酬を負担するとなれば、対象外の従業員が不公平を感じる場合もあるかもしれません。アウトプットに見合わない報酬を支払うということについては注意も必要です。
大嶋:ペイフォーパフォーマンスは大原則ですし、各種の支援制度によって企業負担が増えているのも事実です。ただ一方で、仕事にフルコミットできない社員は一律にパフォーマンスが下がるとみなし、労働時間だけを基準に報酬を引き下げることには違和感を覚えます。ケアのため仕事をセーブすると、役割や評価が大幅に下がり、それまで積み上げてきたキャリアが大きく後退してしまうケースも多く見られます。
坂本:長い職業人生の中、ライフに重きを置く期間はあってもいいと思います。その間、フルコミットでない働き方に変更できる仕組みも必要です。ただその場合、数年間育休を取るなどしてキャリアに空白が生じた社員と、働き続けている社員の能力や経験、スキルに差が生じることは、現実問題としてあり得ると思います。例えば、シングルで仕事に一生懸命に取り組み、継続的に高い成果を出している社員の立場もあります。報酬や昇進、家族との時間のすべてを自分の思い通りにコントロールすることは簡単ではないですし、実際にはトレードオフになることもあるでしょう。
大嶋:実際問題として、キャリアに空白がある人とそうでない人で能力や経験、スキルに差が生じる場合もありますよね。その差を取り戻せる機会があることが大事だと思うので、それに必要な仕事をアサインすることが、本人の意欲を高め長期的に能力を発揮してもらうことにつながると思います。一方で、育児や介護を担うことで過去に積み上げた実績が、不当にリセットされる場合もあり、それは問題です。ケアを担う間は役割や職務の変化に応じて報酬水準を下げても、ケアの負担がなくなったり、小さくなったりした際には元の位置に近い水準から再出発できるようにすることも必要ではないでしょうか。
恩恵を受ける人と受けられない人がいることが、本質的な問題
――働き方に制約のある社員がいると同僚の業務負担が増え、しわ寄せを受けることもあります。三井住友海上火災保険は職場の不公平感を解消するため、育休取得者が出た職場の同僚全員に最大10万円の「育休職場応援手当」を給付する制度を設けました。「しわ寄せ」についてはどのように考えますか。
大嶋:先日、SNSで育児期の社員のしわ寄せによって負担が増えた、と嘆く投稿を見ました。応援手当のような制度は、周囲の不満を和らげ、出産を歓迎する雰囲気を醸成するのに役立つと思います。ただ職場全体だけでなく、実際に工数の増えた社員に個別に報いる仕掛けも必要です。育休休業中の賃金は支払われず、手当は雇用保険から給付されるので、企業はその分人件費が浮きます。浮いた分を、負担を引き受けた人に配分することも必要です。
またメンバーの働き方に制約が生じたら、ツールを使って業務を自動化できないか、削れる仕事はないかなどを見直し、業務を減らす努力もすべきです。しわ寄せにどう耐えるか、という不毛な我慢比べを続けるのではなく、業務効率化のきっかけにすると認識を変えることで、休みを取る側の罪悪感も軽減できます。
坂本:育休などの取得者が罪悪感を抱くのは、仕事で出す成果以上の恩恵を、制度によって受けていると感じているからだと思います。
育児支援にせよ介護支援にせよ、職場に恩恵を受けられる人とそうでない人がいるという構造もあります。本来は、こうしたライフイベントに対するサポートは公的に行われることが望ましいと思います。ただ日本では、政府に財政的な制約が多く、結果として従業員の生活保障の多くを企業が負担しています。年功賃金もそうした文脈の中で位置づけられるでしょう。こうしたねじれが、育児休業の取りにくさや転職のしにくさ、正規雇用者と非正規雇用者との待遇格差などさまざまな問題を招いている部分もあります。
マルチロール前提の人事制度で、仕事のカバーを「お互い様」に
大嶋:確かに企業のサポートは総じて、家族がいる人に手厚い仕組みになっています。かつては福利厚生を設けることで全体の賃上げを抑制しつつ、社員の生計も支えられるメリットがありましたが、社員が多様化する中で限界も見えています。フリーランスも増えている現状で、生活を支える役割は原則として社会に移すべきだと、私も思います。
また今は育児や介護だけでなく、地域活動や副業など、仕事以外に重要な役割を持つ社員が非常に多いことが、最近リクルートワークス研究所で行った調査でも見えてきています。育児、介護などを個別に支援するのではなく、全社員の働き方を、従業員がマルチロール(多重役割)を担うことを前提としたものに組み替えれば、ボランティアや学びなどで休む社員も増え、仕事をカバーし合うのは「お互い様」になるはずです。さらに働き方の柔軟性を高め、短時間勤務や休業制度を使わずにライフと両立できるようにすれば、周囲へのしわ寄せもあまり生まれず、本人のキャリアへの影響も抑えられます。
――短時間勤務は一般的に、勤務時間の減少に合わせて一律に報酬が下がります。また社員にアサインされる仕事が限られ、能力形成が遅れる面もあります。これについてはどのように考えますか。
大嶋:時間に応じて機械的に報酬を下げると、仕事の無駄を省き密度を高めようとする本人の意欲を削いでしまいかねません。短時間勤務の取得者が、フルタイムだった時期の何割の役割や職務を担えているのかを上司と話し合い、それを基準に達成度を評価するのが望ましいと思います。こうした話し合いが上司の負担にならないよう、必要に応じてダイバーシティ担当者が間に入って調整をサポートする必要もあるでしょうし、実際にこうした仕組みを設けている企業もあります。
坂本:確かに、パフォーマンスと労働時間は比例するとは限らないかもしれません。ただ低コストでシンプルな報酬制度も考え方としてある中、上司と部下とダイバーシティ担当者の3者による調整にどこまでコストをかけるべきでしょうか。きめ細かな評価に伴うコストを考えれば、シンプルに時間を指標にするというのもやむを得ない側面もあるかもしれません。
ライフは国が支え、企業は「配慮」の中身を変える
――社員のライフイベントを企業だけが支えることには限界が来ていますが、財政を考えると公的支援だけで支えるのも無理があります。どういうバランスが望ましいでしょうか。
坂本:企業が人材確保や離職防止に資するという経営的な判断から、介護や看護などの支援制度を充実させることはあってもいいですが、ライフのサポートは基本的に政府主体で行うことが望ましいと思います。特に育児に関しては、子どもが生まれることで社会保障が持続可能になり、日本に住む人みなが恩恵を受けます。子どもは社会が支えるという認識を浸透させて必要な財源を確保すべきです。企業は、これまで以上に税金や保険料を負担することで財源の一角を担うほか、社員に対する出産・育児の休業と職場復帰の権利を保障する、というバランスが理想的だと思います。
大嶋:子育てのコストを企業から社会へ移すことには賛成ですが、企業も引き続き、就業や成長機会の提供、人材育成などの役割は果たしていく必要があるでしょう。ただ、一方的にサポートを提供するだけでは、企業の方が疲弊してしまう。当事者のパフォーマンスを高め、事業に貢献してもらうことも不可欠です。
育児・介護などの担い手は、両立を通じて時間管理や対人関係のスキルが高まっていることも多く、彼らの活躍は事業にもポジティブな効果をもたらします。「配慮」の中身を、単に社員の働く量や時間を減らすことから、制約がある中でも最大限価値を提供してもらうことへと、変えていく必要があるのです。
議論のまとめ
日本で伝統的に企業が担ってきた、現役世代への福祉。ひとと組織の関係が変わりゆく中、企業の問題だけでなく社会政策として、多様な現役世代をどう支えるのかという論点が浮上しています。大きく意見を異にする両者が論を交わす中から、今後の現役世代への福祉のより良い仕組みづくりのために何を論じなくてはならないのか、その全体像が見えてきます。 (聞き手:古屋星斗)
執筆:有馬知子