他者との交わりで、人は動きだす―キャリアの「共助」に潜む5つのパワー― 中村天江
理想は「キャリアの自立」、現実は「キャリアの孤立」
キャリア形成において自己責任や自助努力は必要だが、それだけでは人はキャリアの孤立に陥ってしまうこと、個人の自助の力を強めるためにも他者の力(キャリアの共助)が必要なことを、「自助でも公助でもなく、足りないのは『キャリアの共助』 ―独りぼっちでは頑張れない―」でお伝えしました。
キャリアの共助には、例えば下記があります。
・夫婦や親子など、家族間での応援
・上司や同僚など、職場のサポート
・労働組合によるキャリア支援
・同業者との仕事の勉強会(職業コミュニティ)
・同一企業の出身者の集まり(企業アルムナイ)
・県人会など、同郷の人たちとのつながり(地域アルムナイ)
なぜ共助は、個人のキャリア形成にポジティブな影響をもたらすのでしょうか。それはキャリアの共助には5つのパワーが潜んでいるからです。
本稿では、個人の方が、共助の活動を通じて何を感じ、キャリア形成においてどんな変化を経験したのかを、「『つながり』のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」からお伝えした後、共助がキャリア形成にもたらす価値についてご紹介します。
偶然のきっかけで、キャリアの閉塞感から脱出
Tさんは、介護付き有料老人ホームの管理職です。介護の仕事は、入居者の方々や同僚以外の人と関わる機会が少なく、閉塞感を感じることもあったそうです。その一方で介護分野では、次々と新しい取り組みやサービスが誕生するため、管理職としてアンテナを外に向け、情報を収集する必要を感じていました。
そんななか、Tさんは知人から、介護の未来について問題意識をもつさまざまな立場の人(介護職、管理職、介護事業経営者、医師など)が対話をする「未来をつくるkaigoカフェ」に誘われます。よくわからないまま参加したところ、そこは飲み会ではなく、介護の問題について真剣に話し合う場でした。熱く語ることがふだんはないため、Tさんは刺激を受け、しだいに熱心に参加するようになっていきます。
Tさんは「未来をつくるkaigoカフェ」で、他の事業所の取り組みを聞いて、意識が前向きになり、自分の職場にも取り込むようになります。さらには、さまざまな立場の人と一緒に活動するうちに、介護業界全体を俯瞰する視野も養われました。そして、介護の現場では、マネジメントスキルやコミュニケーション力が十分でないまま、キャリアが長いという理由で管理職になる人が大勢いて、本人も周囲も苦労していることに思い至ります。若い人たちがそれらを学ぶことができる新たなコミュニティをTさんは自ら立ち上げました。
Tさんは、偶然参加した共助のコミュニティのなかで、キャリアの閉塞感が払拭され、仕事に対して前向きになり、職場でも、そしてプライベートの時間でも、新たな行動を起こすようになったのです。
Uターンしたのは、県人会のつながりがあったから
Mさんは、新潟県出身で専門学校を卒業した後、東京の官庁に勤めます。しだいにUターンを考えるようになり、情報を収集しているときにインターネット上で「フェイスブック新潟県人会」を発見します。
ここで知り合った人に、新潟市に定住する魅力や、UIターンの制度について聞いたり、また、自営で仕事を始めた人の体験談を聞いたりしたことで、Mさんは新潟に戻ろうと決心します。
Uターン後、Mさんは自営の歴史ライターとなり、自ら「歴史・まち探訪部」というコミュニティを立ち上げました。「フェイスブック新潟県人会」で人や情報に触れることがなければ、「好きな歴史をいかしたライターになれなかった」とMさんはいいます。
「フェイスブック新潟県人会」には、東京で同年代の同郷人がいなくて孤独を感じ参加する人も少なくないそうです。また、会の仲間同士で、イベントを企画したり、仕事で協力したりもしています。
Mさんの「Uターンしたい」という希望を、「Uターンする」という行動に変えたのは、SNS上の県人会での出会いです。地方衰退や東京一極集中ということがいわれる現在、上京により地元の友人たちとのつながりは失われがちです。しかし、Mさんは地域とのつながりをつくれたからこそ、キャリアの孤立に陥らずに、新たな挑戦に足を踏みだすことができたのです。
他者との交わりで、人は動きだす
キャリアの共助には、家族や企業の他に、6つの形態(職業コミュニティ、労働組合、企業アルムナイ、地域アルムナイ、NPO、協同労働)があることを、「『つながり』のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」で紹介しました。
Tさんが参加したのは、仕事に対して共通の問題意識をもつ同じ職種や業種の人たちの集まり「職業コミュニティ」、Mさんが参加したのは、ある地域の出身者を中心とした、その地域に愛着や思いのある人たちの集まり「地域アルムナイ」です。
TさんやMさんのように、共助の活動を通じ、他者と交わることで、前向きな気持ちになり、新たな行動に踏みだすというケースは少なくありません。そこで、共助のコミュニティの発起人や参加者へのヒアリングをもとに、「キャリア形成における共助の価値」をまとめたのが図表1です。
図表1 キャリア形成における共助の価値
出所:リクルートワークス研究所(2021)「「つながり」のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」より作成
共助のパワーの源は、良質な「人とのつながり」
人間関係は、人生を豊かにするものですが、ともすれば、しがらみにもなります。よって、どんな人間関係でも、あればいいというわけではありません。
筆者らの研究によって、「ありのままの自分でいられる」と「共通の目的を目指す仲間がいる」人間関係こそが、人生を充実させることがわかっています。「マルチリレーション社会 ―多様なつながりを尊重し、関係性の質を重視する社会―」で、人間関係が個人にもたらすものを分析した図表2をご覧にください。
人間関係のつながりを通じて個人が得られる「安心」「喜び」「成長」「展望」は、「ありのままでいられる&共通の目的がある」が最高で、逆に「どちらもない」が最低になっています。
「ありのままでいられる&共通の目的がある」人間関係が望ましいなか、ここまで紹介してきた共助の活動への参加は、まさにこのような人間関係をつくる行為です。共助のコミュニティに参加することで、わたしたちは良質な「人とのつながり」を得ることができるのです。これがキャリア形成における共助の中核的なパワーです。
図表2 つながりが個人にもたらすもの
リクルートワークス研究所(2020)「マルチリレーション社会」
まず、共助によって、わたしたちは「人とのつながり」を得ることができます。しかもそのつながりは、単なる知り合いではなく、「共通の目的」を共に目指す仲間としてのつながりです。また共助のコミュニティは、職場のように直接の利害関係がなく、合わなければやめることもできる「安心の居場所」でもあります。
共助によって、キャリアの「希望」が「現実」になる
共助がもたらすパワーは「人とのつながり」だけではありません。「視野の拡大」「自身の成長」「選択肢の発見」「新たな仕事機会」をもたらすこともあります。
Tさんのエピソードには、日々の閉塞感からの脱却や、それによって仕事に対するスタンスが変わり、実際に他事業所の取り組みを職場に持ち帰る様子が語られています。これは「視野の拡大」や、「自身の成長」です。
一方、Mさんのエピソードでは、自営で働いている人の話を聞くことで、Uターン後、自営のライターになることができると思えたことが決め手になっています。これは、漠然と抱いていた希望を現実のキャリアにできるという「選択肢の発見」に他なりません。また、Mさんは、地域アルムナイを通じ、仕事の協働「新たな仕事機会」が起きているとも語っています。
いずれも、何となく抱いてきた希望が、他者との関わりを通じて、現実のものに変わっています。共助のコミュニティにおける他者との関わりには、個人の希望を現実に変える力があるのです。
素の自分でいられて、将来のために行動を起こすことができる。そんなコミュニティへの参加が、未来のキャリアをひらいていきます。
中村天江
※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。