自助でも公助でもなく、足りないのは「キャリアの共助」―独りぼっちでは頑張れない― 中村天江

2021年04月28日

1. 7割が仕事を辞める時代、キャリアは自己責任

VUCAで人生100年の時代

わたしたちは今、VUCAの時代、そして、人生100年の時代を生きています。こうやって書くと、何だかよくわかりませんが、要は変化が激しく、何が起こるかわからない環境のなかで、充実した長い人生を願う時代になったということです。
では、どうしたら充実した人生を送れるのでしょうか?筆者らが行った5カ国調査によれば、どの国でも、「仕事が楽しければ人生が楽しい」という人が、「仕事の時間が短いほど人生が楽しい」人よりも多いことがわかっています(※1)。
個人にとって仕事は、収入を得たり、学んだりにとどまらず、自分が役割を発揮できる居場所であり、共通の目的を目指す仲間がいるということでもあります。仕事を失うと、収入や肩書を失うだけでなく、仕事によって得ていた居場所や仲間とのつながりも失います。働くとは、人生においてとても大切なことなのです。

雇用流動化、キャリアは自己責任に

ところが、もはや正社員でさえも「終身雇用(=生涯1社)」を期待できなくなってしまいました。働く人全体の約7割、最も雇用が安定している正社員男性でも5割以上の人が、一度は会社を辞めた経験があり、すでに雇用は流動化しています(※2)。テクノロジーやグローバル化の進展、さらには新型コロナウイルス感染症の流行やリーマンショックのような雇用を揺るがす事態は、今後も起こるでしょう。
このように雇用が流動化すると、「1つの企業が、社員を生涯サポートする」という社会の仕組みは成立しません。経営の論理だけなら、「そのうち辞める社員に投資したくない」という判断もありえます。よって雇用の流動化が進むにつれ、「キャリア形成は自己責任で」と個人の自立(自律)が求められるようになりました。
しかし、本当にキャリアは自助努力でつくっていけるのでしょうか。

自助努力を過剰に求めすぎている

なぜなら、キャリア形成において自助努力は必要不可欠ですが、自助努力だけでキャリア形成はできない、という現実があるからです。
例えば、パワハラ上司の理不尽なマネジメントのもとで鬱病になり、昇進機会を絶たれたのは本人のせいとはいえません。子育てや介護を行っている夫婦で、夫が転勤になったために、妻が仕事を辞めざるをえないのも、妻の努力だけではどうにもなりません。
確かに、華々しいキャリアを築いている人のなかには、休日にも情報収集やスキルアップに余念がなく、仕事で高い成果をあげてきた方もいるでしょう。しかし、仕事で成果をあげられたのは周りの人が協力してくれたからであり、それを評価してくれる上司がいたから、今の状態があるのです。すべてが自分の力によるとものだと考えるのはあまりに傲慢です。
実際、「就職氷河期」や「非正規雇用」では、周囲からのサポートや機会に恵まれなかった人が、その後も長い期間にわたってキャリア形成に苦労していることが社会問題になっています。キャリア形成は自助努力だけでは、決してできないのです。

2.理想は「キャリアの自立」、現実は「キャリアの孤立」

日本は、個人の主体性も周囲の支えも弱い

長期雇用が根付いていた日本では、雇用が流動的な海外には見られない特徴があります。個人のキャリア形成のあり方を考えるにあたり、最初に現状を整理しておきます。
まず日本では、キャリア形成に対する個人の主体性が十分に育っておらず、発展途上にあります。雇用保障のかわりにキャリア形成の主導権を企業がもっているため、「キャリアは自分が決める」という意識が、日本はアメリカや中国に比べて2割以上低くなっています(※3)。
また日本では他の国に比べて、人間関係が家族や今の職場に集中していて、「以前の仕事仲間」や「一緒に学んだ仲間」との交流が少なく(※4)、さらには周囲の人間からキャリアの挑戦に対する後押しを受けていません(図表1)(※5)。
つまり、人間関係が家庭と職場に閉じていて、新しい挑戦への後押しもないため、キャリアの選択肢が限られ、新たな世界に一歩踏み出すことが難しいのです。「キャリアの自立」というより、「キャリアの孤立」に陥っているのが、今の日本なのです。

図表1 周囲からのキャリアの支え

図表1.jpg出所:リクルートワークス研究所(2020)「5カ国リレーション調査」

共助には、公助以上のパワーがある

そのうえ、日本では、個人のキャリア選択を支える社会の仕組みも脆弱です。職業紹介や職業訓練に関する公的支出の規模は、17カ国中、下から2番目です。単に順位が低いだけでなく、フランスやデンマークとは10倍近い開きがあり、欧州各国との差は歴然としています(図表2)。
しかし、少子高齢化と人口減少が続いている日本では、必要だからといって公的支出を無尽蔵に増やせない厳しい現実があります(※6)。

図表2 GDPに占める労働市場政策への公的支出(2016年)図表2.jpg出所:労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2019」
注:「積極的措置」は、公共職業サービス、職業訓練、雇用インセンティブ、保護および援助雇用とリハビリテーション、直接的雇用創出、創業インセンティブから、「消極的措置」は失業または無業所得の補助・支援、早期退職からなる。

まとめると、日本では、雇用が流動化し、自助努力によるキャリア形成が期待されるようになっているものの、キャリア形成に対する個人の主体性も、周囲の支えも、公的な仕組みも脆弱というのが現在の状況です。

 

(※1)リクルートワークス研究所(2020)「5カ国リレーション調査」
(※2)リクルートワークス研究所(2020)「全国就業実態パネル調査2020」
(※3)リクルートワークス研究所(2014)「五カ国マネジャー調査」
(※4)リクルートワークス研究所(2020)「5カ国リレーション調査」
(※5)リクルートワークス研究所(2020)「5カ国リレーション調査」
(※6)『日本経済新聞』2020年11月29日付朝刊「コロナ下、揺らぐ雇用保険 雇調金支払いで財源急減 22年度保険料、労使負担1兆円増も」など

3.突破口は、自助・共助・公助の「共助」

家族や企業、地域、組合の支え合い

自助も公助も不十分な日本で、個人が不確実な環境を乗り越えキャリアを築いていくためにできることはあるのでしょうか。
結論を先に述べると、その突破口は、自助・共助・公助の「共助」にあります。ここでいう共助とは、家族や企業、地域、組合など、個人の私的領域で行われる支え合いのことです。
家族や企業以外のキャリアの共助には、さまざまなものがあります(図表3)。共助として意識していないだけで、共通の問題意識をもつ他の会社の知人と行う勉強会(職業コミュニティ)や労働組合、NPOなどは、身近なものだと思います。
仕事の勉強会に参加するうちに、視野が広がり、新たな仕事の取り組みを知り、そこでの人脈がきっかけとなり転職することもあるでしょう。地元の友人とのイベントがきっかけで、同じ地元出身の知人が増えていき、「こんな生き方もできるんだ」とロールモデルに出会うこともあります。
このように、共助のコミュニティへの参加は、キャリアの未来をひらいていくことがあります。日本ではこれまで、個人の自助努力や公助の重要性に比べると、キャリアの共助に対しては十分に関心がはらわれてきませんでした。

図表3 キャリアの共助図表3.jpg出所:リクルートワークス研究所(2021)「「つながり」のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」より作成

共助には、公助以上のパワーがある

なぜ、個人のキャリア形成を共助が支えるといえるのか。「未来のキャリアに対する主体性」に関する分析結果(図表4)をご覧ください。
これは、未来の自分に自信をもち肯定的に展望する姿勢(未来自信)、キャリアにつながる情報収集や機会探索を積極的に行う姿勢(好奇心)、キャリアを自ら決定しようとする姿勢(自己決定)が、共助や公助とどのような関係があるのかをプロジェクトで分析したものです。
もしも「企業からのキャリアの支えあり」が失われたとしても、「企業以外の共助あり・公助なし」であれば、未来のキャリアに対して前向きに臨めます。逆に「企業以外の共助なし・公助あり」は、自己決定のスコアが低く、共助を上回る効果があるとはいえません。
最もキャリアに対する主体性が高まるのは、「企業以外の共助あり・公助あり」の状態です。個人の自助努力と公的な支援に加えて、共助が充実すると、個人は今よりもずっと前向きにキャリア形成に臨めるようになります。

図表4 未来のキャリアに対する主体性
図表4.jpg※「未来自信」「好奇心」「自己決定」は、北村(2021)(※7)を参考に作成したキャリア・アダプタビリティの尺度
出所:リクルートワークス研究所(2021)「『つながり』のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」より一部改編

キャリアの共助がもつパワーの源

共助がこれほどまでにキャリア形成にポジティブな影響を与えるのは、共助のコミュニティには、キャリア形成を促す5つの機能が埋め込まれているからです。
勉強会や企業アルムナイ、県人会といった共助の活動に参加することで、個人が得ている共通項を図表6にまとめました。
まず、共助の活動に参加することで、「人とのつながり」を得ることができます。人とのつながりは、幸福度を高め、新たな仕事のきっかけになります(※8)。しかも共助は、単なる知り合いをつくるのではなく、共通の目的がある仲間を増やす活動です。そのような「ありのままの自分でいられて、共通の目的を追求する」人間関係は、そうではない人間関係に比べて、喜びや成長など、人生を大いに充実させることがわかっています(※9)。
さらに、活動を通じて、新たな情報に触れて「視野の拡大」や、同じような仕事をする人に刺激を受けて「自身の成長」が起こります。加えて、共助の知人たちがきっかけとなり、転職やUターンなど、これからの人生における「選択肢の発見」や「新たな仕事機会」を得ることもあります。

図表6 図表6.jpg出所:リクルートワークス研究所(2021)「『つながり』のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」

個人の自助を強くするために共助が大切

以上の議論をまとめると、現在、個人のキャリアを取り巻く環境はますます不確実になり、個人のキャリア自立(自律)や、公的支援の拡充が求められるようになっています。しかし、個人の自助努力を過剰に求めることは、すでに精一杯の努力をしてきた人にとっては極めて残酷です。また、公的支援も無尽蔵に拡充できるわけではありません。
このように自助にも公助にも限界がある日本社会において、個人がしなやかにキャリアを築いていくための突破口は、キャリアの支え合い、共助にあります。しかも、キャリアの共助は発展の余地が大いにあります。
内閣府の調査によれば、5割近い人が「今後、共助・支え合いの活動に参加したい」と答えています(※10)。インターネットの発達により、同じ場所に集まらなくてもコミュニケーションを取れるようになったことも、共助の活動を行いやすくしました。また、NPO法や労働者協同組合法の整備により、法的にも共助の環境が整い始めています。
自助の力を強めなければならない時代だからこそ、共助もまた真剣に広げていくべきなのです。

02_04-illust.png

 

 

(※7)北村雅昭(2021)「大学生を対象としたキャリア・アダプタビリティ尺度の開発」『ビジネス実務論集』No.39
(※8)中村天江(2020)「『人とのつながり』が未来のキャリアをひらく」『Works Review 「働く」の論点2020』
(※9)リクルートワークス研究所(2020)「マルチリレーション社会」
(※10)内閣府「平成30年度 NPO法人に関する世論調査」

4.これからの日本の自助・共助・公助

「独りぼっちで頑張れる」人ばかりではない 

最後に、個人のキャリア形成における伸びしろが、「自助・共助・公助」の共助にあると、筆者が考えるようになった主な理由をまとめておきます。
第一に、個人のキャリア自立(自律)がいわれて久しいものの、そう簡単に個人の主体性が高まらないことを知っていたからです。自分自身の経験に照らし合わせても、「キャリア形成に自助努力は必要だし、自己責任が求められるのも当然だけれども、独りぼっちで頑張れる人ってそんなに沢山いるんだろうか」というのが率直な思いでした。 
例えば、これだけ環境変化が激しくなっているなかで、「学ぶ人が少ない」ということがよく問題になります(※11)。ですが個人的には、将来いつか役に立つかもしれない、しかし今の仕事に直結するわけではない勉強は、なかなか続かないと感じてきました。
また、「将来のキャリアチェンジに備えて情報収集や行動を」ともいわれますが、日々すべきことは山ほどあり、今すぐしなければ他の人に迷惑をかけるわけでも、したところで誰かに喜んでもらえるわけでもないことは、どうしても後回しになりがちです。
一方で、誰かと一緒に何かをしているうちに、新たな気づきがあったり、いつのまにか行動を起こしていたりと、他者との関わりが行動を喚起するという経験は、筆者自身は何度もしてきました。そのような視点をもって先行研究を見ていくと、やはり、学びにおいても、職探しにおいても、さらには人生の幸せのためにも、人との関わりは非常に重要という研究結果が数多く存在しました(※12)。

企業という共同体が揺らぐなら、他の共同体を

第二に、企業がこれまでのように社員の雇用や生涯賃金を保障できなくなったからといって、公的な仕組みの拡充には限界があると考えていたからです。少子高齢化と人口減少が進む日本では、財政の制約が非常に大きく、ただ必要というだけでは費用を無尽蔵に捻出できない厳しさがあります。よって、「キャリア形成のための公助を充実するべき」という政策方針だけでは現実味が乏しいのです。
個人にさらなる自助努力を求めることも、公的な支援を拡充することも容易ではない。第3の道はないのかと思案して至ったのが、働く人にとって最大の共同体であった企業との関係が揺らぐのだから、企業がこれまで果たしてきた役割に代わる共同体を考えるべきだというアイデアでした。
企業は個人に、仕事や収入だけでなく、居場所や人とのつながり、学びの機会など、多種多様なものを提供しています。よって、企業が個人のキャリア形成にもたらしてきたものを、脱構築・再構築することが突破口になるはずだ、そんな風に思うようになりました。

コロナ政策への不満も同じ構図

2020年の春には、「個人のキャリア形成を支える突破口は共助。なぜなら共同体である企業との関係が揺らぐなか、公助の拡充には限界があるから」と認識し、それをプロジェクト内で伝えるようになりました。  
ところで、自助・共助・公助は一般的な用語なので、筆者は筆者なりの思考プロセスを経てキャリア形成における共助の重要性にたどりついたのでが(※13)、2020年の秋ごろから日本中で、自助・共助・公助という言葉が飛び交うようになりました。
というのも、2020年9月の自民党の総裁選挙において、菅義偉現総理大臣が「自助・共助・公助、そして絆 〜地方から活力あふれる日本に!〜」という政策方針を掲げたからです(※14)。
新型コロナウイルス感染症の流行以降、生活に困窮している人たちのためにNPOなどが熱心に支援を行っていますが、未曾有の危機に、NPOそのものも存続の危機にあり、困窮者への支援は足りていません。公的な補助も不足しており、一層の自助努力が求められる事態に、国民からは不満や批判の声があがっています。
この状況は、「共助が不十分なまま、自助と公助だけでどうにかしようとするのには限界がある」というキャリア形成と同じ構図だと思うのです。すでに医療分野では「地域包括ケア」、暮らしでは「シェアリングエコノミー」など、共助が広まる兆しはあります(※15)。今後は、より広い分野で、共助の拡充が期待されます(※16)。

しなやかで豊かな社会に向けて

現在、日本社会では、日々の生活や老後の暮らし、将来のキャリアに不安を抱いている人がたくさんいます。このような個人の閉塞感を打開するのが、キャリアの共助です。キャリアの共助によって、個人は自助の力を強くすることができるのです。
共助は、個人の人生を豊かにし、社会のレジリエンスを高めます。自助・共助・公助の共助に着目することで、これまでにはない新たな日本の針路が見つかるはずです。
プロジェクトメンバーと共に創った「『つながり』のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」 が、そのような議論の一助になれば、とても嬉しく思います。

 

(※11) リクルートワークス研究所(2018)「40代男性、学んでいない人はなぜ学ばないのか?」『労働政策から考える「働く」のこれから』
(※12)リクルートワークス研究所(2018)「キャリアは、自分と、『人的ネットワーク』の2つでつくられる」『労働政策から考える「働く」のこれから』、中村天江(2020)「『人とのつながり』が未来のキャリアをひらく」『Works Review「働く」の論点2020』、「コロナ時代の失職リスクを乗り越える以外な切り札とは?」Business Insider など
(※13)筆者が共助に注目したのは、ボランティアの研究がきっかけである。なお、本稿では、共助と互助を包括する用語として共助と表現している。共助や公助の定義は、論者によって異なることがある。
(※14)菅義偉公式ブログ2020年9月5日「自民党総裁選挙:政策発表」
(※15)NPO法の成立過程など、これまでも、行政コストの削減を目的とした共助の活用に対しては、強い懸念や批判が示されてきた。公的サービスの不足を共助に転嫁することは手放しでは認められない。個人の人生を豊かにするために共助を拡充していくことが肝要である。
(※16)政府は2021年2月に孤独・孤立対策室を設置し、2021年4月13日の経済財政諮問会議で「共助の促進」を議論している。

中村天江

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。