失業による健康悪化は家族にも派生する―新型コロナウイルスによる失業が健康や自殺に与える影響―(1) 茂木洋之

2020年05月14日

ポイント
✓雇用情勢はマインドを中心に、統計指標以上に悪化しつつある。特にアルバイト・パートと派遣が厳しい状況。今後、失業者は増加する。
✓失業は人々の健康を悪化させる。乳幼児に影響する可能性すらあり、長期的な医療コスト増加が懸念される。

新型コロナウイルスの感染拡大が日本経済及び雇用を脅かしており、多くの失業を生む可能性が高い。本論では全3回にわたり、失業が健康や自殺に与える影響をレビューして、その対策を論じたい。まずは足元の雇用状況の確認から始めよう。

雇用情勢は統計指標以上に、悪化しつつある

新型コロナウイルスの感染拡大が雇用に与える影響をみてみよう。まず総務省「労働力調査」で失業率をみると、2020年3月は2.5%となり2019年12月から比較して0.3%ポイント上昇した(図表1)。失業率は上昇しつつあるが低水準にとどまっており、コロナウイルスが雇用に与える影響はまだ深刻ではない。

図表1 失業率(季節調整値)
1-1.jpg出所:総務省「労働力調査」

図表2 新規求人数の伸び率(前年同月比)
1-2.jpg注:新規学卒者を除きパートタイムを含む
出所:厚生労働省「一般職業紹介状況」

次に雇用指標の先行指数である、新規求人数をみてみよう(図表2)。すると2020年1月は-16.0%と、2013年以来最低水準の落ち込みをみせる。また2・3月も同様の落ち込みだ。景気に敏感である派遣雇用に関する統計をみても、コロナウイルスの雇用への影響が徐々に顕在化し始めていることがわかる。ジョブズリサーチセンター「派遣スタッフ募集時平均時給調査」によると、2020年2月の派遣募集の平均時給は前年同月比-3.8%と低下した(図表3)。これは2013年以来で最大の落ち込みだ。さらに3月も同-3.0%と2月に続く落ち込みをみせた。派遣社員の需要が大幅に減少したことによって賃金が下落したと言える。特に派遣業界は5月末に契約更新を終える場合が多く、予断を許さない状況となっている。

図表3 派遣スタッフ募集時平均時給の推移(三大都市圏)
1-3.jpg注:掲載された求人情報の延べ件数である53万8951件を集計対象としている。
出所:ジョブズリサーチセンター「派遣スタッフ募集時平均時給調査」

このように先行指標のハードデータ(生産数量や価格など、実際の経済活動の結果を表す客観的な統計)を除くと、統計から読み取れる雇用指標の悪化はまだそこまで深刻ではないとも解釈できる。ソフトデータ(アンケートによる業況見通しなど主観的な統計)はどうだろうか。2020年4月に公表された、日本銀行「全国企業短期経済観測調査(短観)」(3月調査)の雇用人員判断DIをみても(図表は割愛)、3月時点で人手不足と回答する企業は多い。ただ宿泊・飲食サービスは2019年12月時点と比較してDIが35ポイント上昇するなど、雇用が過剰となるシグナルを発している。また業況判断DIについても、宿泊・飲食サービスを中心に、多くの業種で大幅に悪化している。
さらに、全国求人情報協会「求人広告ウォッチャー調査」をみると、求人意欲の現状は2020年3月期に大幅に低下していることがわかる(図表4)。特にアルバイト・パートについて前期と比較して、-21.3ポイントと落ち込みが大きい。ソフトデータについては、ハードデータ以上に指標は悪化していると言っていいだろう。

図表4 求人意欲の推移
1-4.jpg注:3ヵ月ごとに全国求人情報協会の会員である求人メディアの営業担当者や編集担当者が、その業務を通じてウォッチングした企業の求人意欲を5段階で評価した。求人意欲ポイントは各段階別に点数(下記)を与え、構成比に乗じて算出している。
5段階:高い(+1.00)、やや高い(+0.75)、 どちらとも言えない(変わらない)(+0.50)、やや低い(+0.25) 低い(0.00)
出所:全国求人情報協会「求人広告ウォッチャー調査」

また各メディアによるヒアリングなど、定性調査でも雇用は悪化しているという情報が多い。マインドは統計指標以上に振るわず、失業率など経済厚生に直接影響を与える指標もこれから悪化するだろう(※1)。失業の負の側面は、国のGDPを低下させるといったことにとどまらず広範囲にわたる。ここからは失業が人々に与える影響を、既存文献を紹介しながら考える(※2)。

失業は様々な疾病を引き起こす

雇用の悪化は、人々の健康を大幅に低下させることがこれまでの経済学の研究で知られている。海外の研究になるが、例えばSullivan and von Wachter (2009)では、アメリカの勤続年数の長い男性の場合、企業倒産などにより失業すると、失業後1年間の死亡率が、失業しない場合と比較して50~100%も高いことが知られている。またBrowning and Heinesen (2012)によるデンマークでの研究では、企業倒産による失業は、循環器疾患による死亡率、アルコール関連疾患を増加させ、メンタルヘルスを悪化させる。Eliason and Storrie (2009)でもスウェーデンのデータを使用し、失業により男性の4年以内の死亡率が44%上昇するという結果を見出している。失業すれば所得が減少し、自由にモノが購入できなくなるうえ、自尊心が損なわれるという精神的ダメージも受ける。その影響は甚大であり、この結果は納得だろう(※3)。

さらに最近の研究では、失業の影響は、失業した本人のみにとどまらないことも指摘されている。例えばMarcus (2013)によるドイツの分析では、失業により、失業者の配偶者のメンタルヘルスも悪化するなど、その影響は家族にまで及ぶという。日本のデータを使用した研究もある。Kohara, Matsushima and Ohtake (2019)は1990年代までの分析では、失業は乳幼児の健康状況を悪化させ、また2000年以降は派遣雇用といった不安定な条件での雇用が特に重要であると報告している(※4)。失業はその人のみならず、将来世代にも影響を与えるわけだ。今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、多くの失業や悪条件の雇用を生む可能性が高い。これらの研究結果に従うと、うつ病など健康を害する人も多く出ると予想される。また本人の失業は家族全体にも影響するなど、長期的な医療コストが増加する可能性もある。

健康やメンタルヘルスは医学が発達すれば、回復できるかもしれない。しかし人の命はどんなに医学やテクノロジーが発達しても、取り返せない。コロナウイルスはそれ自体も人命を奪うものであるが、ウイルスによる経済活動の停滞が人を自殺に追い込む可能性すらある。次回は雇用と自殺の関係について考察し、どうすればいいか処方箋を探ってみたい。

参考文献
Browning, M., & Heinesen, E. (2012). Effect of job loss due to plant closure on mortality and hospitalization. Journal of Health Economics, 31(4), 599-616.
Eliason, M., & Storrie, D. (2009). Does job loss shorten life?. Journal of Human Resources, 44(2), 277-302.
Kohara, M., Matsushima, M. and Ohtake, F. (2019). Effect of unemployment on infant health. Journal of the Japanese and International Economies, 52, 68-77.
Marcus, J. (2013). The effect of unemployment on the mental health of spouses–Evidence from plant closures in Germany. Journal of Health Economics, 32(3), 546-558.
Ruhm, C. J. (2000). Are recessions good for your health?. The Quarterly Journal of Economics, 115(2), 617-650.
Ruhm, C. J. (2015). Recessions, healthy no more?. Journal of Health Economics, 42, 17-28.
Sullivan, D., & von Wachter, T. (2009). Job displacement and mortality: An analysis using administrative data. The Quarterly Journal of Economics, 124(3), 1265-1306.

茂木洋之

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。
※本論は2020年4月28日時点の情報を使用して執筆されている。日本経済研究センター田原健吾氏からコメントを頂戴した。感謝を申し上げたい。ただし、本論に誤りがあった場合はすべて筆者に帰する。

(※1)もっとも2019年半ば以降、日本の雇用統計は多くが悪化する傾向にある。この状況をトレンド的な景気減速からくるものと、コロナウイルスによるものに識別することは難しい。
(※2)基本的に、筆者の専門である経済学に限定して紹介するが、心理学や公衆衛生学でも同類の文献はある。
(※3)一方で、この研究をリードしてきたChristopher Ruhmバージニア大学教授の一連の研究によると(Ruhm, 2000など)、マクロレベルでは失業は健康を改善するという報告もある。理由として、不景気になると、金銭的な理由から贅沢な暮らしができなくなり、肥満が改善されたり、余暇時間が生まれるため運動するようになるからである。彼は州レベルのデータを使用して分析している。①コロナウイルスでは、あくまで企業の業績悪化や倒産による失業が増加する可能性があること、②ミクロデータを使用していること、③Ruhm(2015)による最近のデータを使用した分析では、失業率と死亡率の相関が弱まっているという報告もあることから、Ruhm教授の議論より本文に挙げた研究について議論している。
(※4)ここでは、低体重出産が健康指標に使用されている。

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