データを蓄積し、教訓生かせ―新型コロナウイルスによる失業が健康や自殺に与える影響―(3) 茂木洋之
ポイント
✓必要な人に行き届くような支援策が必要。またより良い政策のためには、平時からのデータ蓄積が重要。特に官民協働で精度の高いデータをリアルタイムで取得できるシステムの構築が急がれる。
第1回と第2回では、新型コロナウイルスの感染拡大が多くの失業を生むことを確認した。また失業はその人のみならず、周囲の人の健康状況まで悪化させることや、最悪の場合、自殺を誘発することを説明した。自殺は負の外部性をもち、単にその人を失う以上の損失を生むため、そのコストは一般的に認識されているよりも大きい。これらを防ぐために、政府がとるべき対策を第3回目では考えたい。
政府がとるべき対策とは
緊急事態宣言を延長し経済が縮小し続ければ、失業者が増加し健康が損なわれる結果、長期的な医療費用が増加する。また自殺者増加により、その人が失われる以上の多大な社会的コストが発生することは上述した通りだ。一方で現状を甘くみて外出制限の緩和を急ぎ、二次感染が拡大すれば、コロナウイルス自体で人命が失われる可能性がある。新型コロナウイルスは未知の存在であり、不確実性が極めて高いことも判断を難しくしている。一見トレードオフにみえるこの関係を両方防ぐにはどうすればいいのだろうか(※1)。
まずはコロナウイルスの感染拡大を防ぐために、不要不急な外出を防ぐことは当然だが、特に就業者以外の外出を優先的に制限するという手があるだろう。例えば年金で生活している高齢者に外出制限を設けるなどだ。大きなダメージを受けている飲食・宿泊業などは、サービスを享受する消費者にとっては余暇だが、そこで働く人にとっては就業であり重要である。よって、一律自粛というのは悪手であると思う。予約システムなどを上手く適用し、人数制限をして三密状況を避けながら運営するべきであろう。三密、つまり混雑を防ぐという意味で、スーパーやレストランの入店・入場にピークロードプライシングを導入するという案もある。つまり混雑する時間にスーパーに行くと、物品の購入費以外にも、追加的なコストを支払うシステムだ。あくまで就業者に限定して、必要な場合に限り、労働の外出制限を徐々に緩和し、インセンティブに基づいて、三密を避ける状況をつくることが鍵となる。もちろんテレワークなどはフルに活用し、これを機に生産性を高めるような働き方を推進するべきだ。ただこれらがどうしても難しい場合に限り、業種や店舗規模を限定して自粛を要請し、追加的な補償をすることも選択肢としてあり得る。コロナウイルスの特性上、飲食・宿泊業への需要を刺激するような政策はとることができない。とすれば、後はやはり補償になるであろう。
所得が著しく減少した人に限り、政府はさらなる追加的な所得補償をするべきだろう。失業が自殺や健康に与える影響のメカニズムは複雑だが、一つは将来的な生活不安に起因するうつ病などが考えられることは上述した通りだ。その生活不安を和らげるためにも、補償金はあまり惜しむべきではない。特に、コロナウイルス拡大前に非正規雇用で働いていた人などは、所得の落ち込みが激しい可能性が高い。そのような人から優先して補償するべきだろう。East and Kuka (2015)によると、失業率が高くなる不況期において、失業保険は食料品支出への消費の円滑化(consumption smoothing)に非常に重要であると考えられている。衣食住の、特に食の確保については失業保険の有用性は実証的に確認されている。
一番難しいのはこれらの財源だ。補償を声高に叫ぶことは容易だが、そのお金は空から降ってくるわけではない。お金が支払われるということは、誰かが負担しなければならない。所得補償により便益を受けるのは、低所得層であるため、本来は応益負担であるべきだ。一方で所得水準を正確に把握することは難しいため、今回は応能負担とし所得に応じて負担した方が良いのではないか。コロナ終息後に一時的に所得税率を引き上げることなどが一案である。また自殺が、将来世代の遺族を生む場合がありうること、また(まだ生まれてもいない)将来世代の健康資本を毀損する可能性を考慮すると、将来世代を含めて財源をシェアすることも一つの候補と言えるかもしれない。プライマリーバランスの均衡という視点からは望ましくないが、追加的に国債を発行することはやはり一案であると思う。
また、メディアの報道の在り方も注意を促すべきであろう。第2回で説明したウェルテル効果によると、今のところコロナウイルスによる著名人の自殺の報道はないが、あまり過剰な報道をすることなどは避けた方がいいだろう。さらに、日本はOECD諸国の中で特に失業率と自殺率の関連が強い国である。今は100年に1度の非常時であり、失業や倒産など別に恥ずかしいことではないと訴えることも、当たり前だが重要だ(※2)。一方で、自殺対策相談窓口の存在などを粘り強く伝えていくこと、また地域自殺対策緊急強化基金の拡充も必要だろう。
平時からデータの蓄積を
このような緊急事態において、的確な政策を打ち出すためには、常日頃から良質なデータを蓄積しておくことが非常に重要である。コロナウイルスの影響で、今年の「国民生活基礎調査」は史上初の中止となった。今年は簡易調査ではあるが、雇用や仕送りの状況など重要な情報の調査を予定していた。もし調査されていれば、2020年のデータは、新型コロナ影響下で国民の雇用・生活状況がどう変わったかを分析できるため、非常に貴重な資産となったに間違いない。次に同様のパンデミックが起きた時に、どのような政策を実行するかを判断するために、貴重な情報を提供できるからだ。中止の理由としては、調査業務を担当する保健所が新型コロナへの対応を最優先しなくてはならないこと、統計調査員と対象世帯の方の長時間接触を避けるためなどが挙げられている(※3)。致し方ないことではあるが、やはり残念ではある。官庁に統計業務のみを扱う部署などをつくり、非常時にあっても、確実に統計調査ができるようなシステムをつくるべきであろう。
また、データのIT化も促進するべきだ。所得補償についての議論が難しい理由として、各個人の正確な所得把握が難しいことがある。キャッシュレス化などを進め、個人の消費状況がリアルタイムでわかれば、消費が特に落ち込んだ個人に対して補償するといった方法が考えられる。消費は恒常的な所得に依存するため、消費動向を追えば、各個人の長期にわたる所得が推測できる。2020年4月の月例経済報告では、消費行動については、ナウキャストがまとめたJCBカードの購買データが利用された。民間のデータの方が、速報性が高い場合もあり、官民のデータを柔軟に組み合わせていくべきだろう。場合によっては官民協働で新たなデータ収集に取り組むことも考えられる。
最後に、政府はせっかくのマイナンバーを上手く活用するべきだ。マイナンバーと納税データ、銀行口座を識別し、紐づければ、必要な人に必要な額が行きわたるような給付ができたはずだ。今回の給付策は、2008年のリーマンショックの時からほとんど変わっておらず残念である。経済危機などは今後も起こるのだから、これを機により良いシステムを構築し、教訓としたい。
全3回のコラムでは、コロナウイルスによる失業が自殺を含む多くの問題を誘発する可能性があるという視点から、対策を論じてみた。重要な論点を見落としていることはほぼ確実であるが、この緊急時の一助になれば幸いである。
参考文献
East, C. N., & Kuka, E. (2015). Reexamining the consumption smoothing benefits of Unemployment Insurance. Journal of Public Economics, 132, 32-50.
茂木洋之
※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。
※本論は2020年4月28日時点の情報を使用して執筆されている。日本経済研究センター田原健吾氏からコメントを頂戴した。感謝を申し上げたい。ただし、本論に誤りがあった場合はすべて筆者に帰する。
(※1)第1、2回を読まれた方は、実はこの問題は命VS経済ではなく、命VS命、または経済VS経済の問題であることがわかったと思う。希少資源をどのように最適配分するかが重要である。
(※2)平常時であっても恥ずかしいことではないが。
(※3)福祉事務所も調査している。